Culture / Post

テーマパークっていったい何?[後編]/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.16

富士急ハイランドのホラーハウス「最恐戦慄迷宮 暗黒病棟」
I「日本の伝統芸能である三河万歳にしても、かつては演者はふだん農業をやっていて、万歳の時期だけ江戸の町を回って芸を披露するんですよね。こういったテンポラリーなエンターテインメント、そしてテーマパークといえば思い出すのが、古い話になって申し訳ないのですが、秋田県には種苗交換会というものがあるんです。本来の目的は、各地から集まってきた人々が種や苗、そして農業の情報を交換することなのですが、昭和30年代には周囲に見世物小屋や大道芸もやってきて、屋台や夜市も開かれるなど、本来の名目を完全に外れた遊芸の場にもなっていましたね。こういったシステムは古くからずっと日本にあるんですけれど」
K「他にも切手、鉱石ラジオや伝書鳩など、いろいろな情報交換会があったんですよね」
I「伝書鳩は流行りましたね。少年時代には僕も真面目に飼育していましたよ(笑)」
──先生は伝書鳩を飼っていたんですか!?もしかして菊地さんもですか?
K「いえ、僕は世代が違うので(笑)。でも、当時からいまのコミケに至るまで、こういった場は何らかの形で連綿と続いているんだと思いますよ」
──同じテーマを共有して集まると盛り上がるということなんでしょうか。花園神社の酉の市にもいまだに見世物小屋がありますよね。
K「へび女は代替わりしながらも続いていますよね。やりたがる女の子がいなくならないそうですよ」
──ところで、見世物小屋ってお化け屋敷に通じるものがあるのでしょうか?
K「どうでしょうね。富士急ハイランドなんかにある廃墟系のモダンお化け屋敷は、かなりヤバいですよ。いわゆるお化け屋敷や観覧車みたいなアトラクションはチープ、キッチュなものとされて廃れていき、その後モダンにリニューアルしますが、そのうちにまたチープ、キッチュに興味が出てくる人が現れて、というのを繰り返していますよね。1990年代には廃墟の写真を撮って歩く人もたくさんいたじゃないですか。あるいは秘宝館のようなキッチュさは全国各地にまだまだ残っていますから、たとえば都築響一さんのように、追いかける方にとってはもう一生の仕事になりますよね。ラブホテルばかりを研究している人によれば、最近は誰もがイメージするようなゴテゴテの内装はもう少なくなっていて、普通のシティホテルと変わらないらしいですよ」
【新宿歌舞伎町も見方によってはテーマパーク!?】

Photo(portrait):Yuji Namba Text:Misho Matsue

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