ウェス・アンダーソンの映画に隠された美意識の法則
公開中の映画『犬ケ島』が話題の映画監督ウェス・アンダーソン特集パート2。ウェス作品の中に記号的に何度も登場するお気に入りのモチーフに注目! 物語の重要な鍵を握るものから、意外な効果を発揮するおかしみのあるものまでさまざま。(「ヌメロ・トウキョウ」2015年10月号掲載)
1. トレードマークのタイポグラフィ
futuraフォントはタイトルだけでなく、劇中でも頻繁に使用。ただし、『ファンタスティックMr.FOX』ではHelvetica、『グランド・ブダペスト・ホテル』ではArcherなど、最近は変化球フォントも登場。2. 時代考証に基づく古き良きもの
現代を舞台にしていないシーンが多く、またアナログな質感に愛情を持っているため、『天才マックスの世界』のタイプライター、『ライフ・アクアティック』の音声レコーダー、『ムーンライズ・キングダム』のレコードプレイヤー&双眼鏡など撮影小道具にも抜かりなし。
3. キャラクターを雄弁に語るユニフォーム
登場人物の服装は、キャラクターを観客に伝え、同時にパーソナリティを剥ぎ取る重要な役割を持っている。そのため、登場人物は劇中ほぼずっと同じ服装でいたり、ユニフォームを着ることもしばしば。ホテルマン、軍警察の制服、ボーイスカウト、強盗団のジャンプスーツをはじめ多岐にわたる。
4. 作品世界の奥行きを感じさせる地図
あえて特定の場所を舞台としないことの多いウェス作品の中では、自ら作り上げた世界を丁寧に地図で案内することが多く、地中が舞台になる『ファンタスティックMr.FOX』では地底の断面図まで登場。インテリアの要素として地図、地球儀が飾られていることも多い。
5. 登場人物は本がお好き
ウェスが生み出すキャラクターたちはとにかく本が好き。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』では著作を持つキャラクターがなんと5人も登場。『ムーンライズ・キングダム』のスージー、『ダージリン急行』のジャックは、旅のトランクにも詰めるほどの本の虫。『グランド・ブダペスト・ホテル』も、語り部である作家とミスター・ムスタファとの交流によってストーリーが幕を開ける。
6. 自己主張の強い絵画やドローイング
壁にかけられた絵はオリジナルで用意されたものが多く、ウェスの弟エリック・アンダーソンをはじめお気に入りのアーティストが手がけている。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のイーライの部屋に掛けられた絵は、ミゲル・カルドロンの作品で、実際にウェスが所有。『グランド・ブダペスト・ホテル』のキーアイテム「BoywithApple」はMichaelTaylorというアーティストの描き下ろし。マダムDの屋敷はクリムトの複製で溢れている。また登場人物の肖像画が多く登場する点にも注目。
7. 隠れドレスコードはパジャマ?
登場人物たちはあまり着替えないのがウェス作品のルールながら、チーム・ズィスー(『ライフ・アクアティック』)、ホイットマン三兄弟(『ダージリン急行』)、フォックス一家(『ファンタスティックMr.FOX』)はおしゃれなパジャマ姿を披露してくれる。
8. 「神の目」アングル
左右対称のカットだけでなく、俯瞰からのビューも多用するのがウェス作品の特徴。これによって観客はオブジェクトや人物、監督の意図をじっくり確認することができる。
9. トレードマークのアイウェアがキャラを強調
どこかウェスの少年時代を想像させるような『天才マックスの世界』のマックスや『ムーンライズ・キングダム』のサムは、かつてのウェスと同じメガネ少年。また、父の死を悼み遺品のサングラスを肌身離さず持ち歩くピーター(『ダージリン急行』)にとっては、単なるアイウェア以上の存在になっている。ちなみに、実際に考古学者になった自分の母をモデルにした『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のエスリンがかけていたメガネは、その母の持ち物だそう。
10. スタイルも用途もさまざまな帽子
チーム・ズィスー(『ライフ・アクアティック』)のトレードマークでもある真っ赤なニット帽はなかなかいい既製品が見つからず、イタリアとドイツの国境にある、ドミニコ教会の修道女による手編み。マックス(『天才マックスの世界』)&スージー(『ムーンライズ・キングダム』)の赤いベレーなど、ウェス映画の住人は頭部のおしゃれにも余念がない。
11. シュールで不思議な世界を演出する剥製
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』ではイノシシの頭やリッチーの部屋のドアにかけられた虫の標本、『ムーンライズ・キングダム』でサムがスージーにプレゼントするスカラベのピアス、鹿に熊と剥製だらけのマダムDの屋敷(『グランド・ブダペスト・ホテル』)など、あるだけで存在感抜群のシュールな小道具として活躍。パリの剥製店・デロールはウェスのお気に入りスポット。
Illustration:Yuko Saeki Text:Minami Mihama Edit:Masumi Sasaki