People / Interview

女優と監督、プロデューサーの3役をこなす
世界へと羽ばたく映画人 杉野希妃

日本だけでなくアジアを中心にボーダレスに活躍する映画人、杉野希妃。女優、監督、プロデューサーと3つの役をこなす彼女にインタビュー。

慶応義塾大学在学中に韓国へ留学し、『まぶしい一日 ”宝島”編』にて主演で女優デビュー。キム・ギドク監督の『絶対の愛』にも出演を果たすなど並外れた行動力と実現力を持つ彼女。デビューから11年、美しく華奢なその体にはおさまりきらないほどの熱量で、既成の価値観にとらわれず、自ら手を伸ばし、掴み、我が道を切り開いてきた彼女の想いと、走り続ける先に待つ未来とは?

自分にしかできない女優のあり方を探して

──女優やものづくりに目覚めたきっかけから教えていただけますか?

「もともと演劇には興味がなかったんですけど、中学の演劇部にはすごく個性的な子が多かったんですよね。オタクっぽい子もいればおしとやかな子もいる、多種多様な個性に混じりたいなと、二年生の時に入部しました。周りの影響で宝塚が好きになって、舞台を観に行ったりビデオを貸してもらったりしているうちに宝塚に入りたいなと思い始めたところが最初。宝塚を目指すものの、両親は猛反対(笑)。宝塚を否定する意味ではなく、もっといろいろな世界を見たうえで、自分の道を選択してほしいという想いがあったみたいで。それ以降は好きなことをしていいから、ひとまず大学には行ってくれと懇願されました」

──大学で映画の世界へどっぷり浸かるようになったとか?

「広島から上京して一人暮らしを始めてから、映画好きな父親から大量のDVDが送られてくるようになったんです。成瀬巳喜男やフランソワ・トリュフォーなど、ここだけは押さえとけというものが定期的に届いて。父なりの監督特集としてセレクトされたDVDに『父のおすすめ』という付箋が貼ってあったりして(笑)。学生時代の友人はハリウッドもの好きが多かったので、映画を観に行くときはもっぱらひとり。時間があれば、1日に4本観る日もありました。そうこう観漁っているうちに、映画の中で演技をしたいと思うようになっていたんですよね」

──女優を本格的に目指し始めたのはその頃?

「当時は『女優になりたい』とは恥ずかしくて言えなかったんです。自意識過剰だと思われるのも嫌でした。なれるかどうかもわからないし、なろうとしたところで自分自身には何もないと自信もなかった。周りがどんどん就活するのを横目で見ながら、絶対に就活はしないとだけは決めていた。でも、女優になるために自分が誇れるもの、人より一歩進むために必要なものは何だろうと考えたときに、もっと広い世界を見ないと駄目だなって思ったんですよね。それで韓国留学を決意したんです。新しい世界で、他の人とは違う自分を見つけたいという願いはありましたね。日本で私が人と同じことをしても、埋もれてしまうのはわかっていたので」

──留学をきっかけに、韓国、その後日本で女優デビューと順風満帆にも見えますが、その陰でつまずくことも多かったのでしょうか。

「もう毎回つまずいてばっかりですよ(笑)。帰国して事務所に入ったあとも、何十回オーディションを受ければ受かるのかという世界で、仕事は全然なかったですし。でも、時間と燃え滾るエネルギーだけはあったんです。それを映画を観ることにぶつけるしかなかった。いつかこの人たちみたいに自分もいい演技をして人を感動させられたらいいなという羨ましさと、できない自分がもどかしいという悔しさとで、映画館で毎回泣くみたいな日々を過ごしてました。あの22から25歳くらいまでの、鬱屈とした数年があったからこそ、今の自分があるということはすごく感じますね」

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やりたい作品が来るのを待つより、作る選択

──映画をプロデュースすることを考え始めたきっかけは?

「演技という仕事にやりがいは感じるけれど、与えられた役を私が熱望していたのかというと100%そうとは言いきれない自分がいたりする。それがずっともどかしく、だったら自分でやりたい作品や役を作ったほうが時間はかかるかもしれないけれど、エネルギーの使い方としては間違ってないというか効率がいいと思ったんです。この世界は運が大事とも言われますが、運を待つのではなく自分で作ればいいという発想に切り替えました」

──キム・ギドク監督からのアドバイスもあったとか。

「2006年『絶対の愛』を撮影したときに監督から『自分で書いたり作ったりできる役者になればいいよ』と言われましたが、あまりピンと来てなかったんです。でも、鬱屈とした日々を過ごしているうちに実感してきました。それに、映画プロデューサーの小野光輔さんを通じて、故ヤスミン・アフマド監督と出会えたことも大きいですね。彼女の作品を映画祭で観たときに、こんな瑞々しくて、民族や国境や宗教を超えて行ける作品が東南アジアにあるんだということが新鮮で、一緒に仕事がしたくて作り手として参加することになった。彼女が撮影の2ヶ月前に亡くなってしまったので、その作品を手掛けることは叶わなかったのですが。でも、いつももう駄目だと諦めかけたときに、仕組まれたように新しい出会いがあったりして、その積み重ねでやっぱり頑張ろうと思えて今に至ります」

──監督兼女優は海外だと少なくないですが、日本だと珍しい存在。そのマルチに役割を担うという考えは留学やアジアのスタッフとの制作を通じて得たのでしょうか。

「アジアの作り手は、あるときは監督を、あるときは俳優を、あるときはプロデュースまでして、自分の役割をどんどん超えていく。そもそも肩書きがない中でひとりの人間として参加するという映画への携わり方がとても素敵だと思いましたね。留学中に学んだことは、黙っていたら誰も助けてくれないということ。自分からやりたいことや欲しいものを発信することで、絶対誰かが助けてくれる。役者が自分の意志で行動して、仕事をもぎ取ってくるところを韓国で目の当たりにしたことは、少なからず影響していると思います」

目指すのは、日本映画界でも逸脱した存在

Ms.COINTREAU

目指すのは、日本映画界でも逸脱した存在

──自らプロデュースし、監督し、出演することによって、日本映画に根付く価値観の壁をすり抜けたものづくりができるという実感はありますか?

「そこを目指したいという想いはあります。固定観念だったり、既成の価値観は打ち砕いていきたい。マジョリティを描くというよりも、マジョリティは存在しなくて、みんなそれぞれマイノリティじゃん、という楽観でも悲観でもないひとつの冷静な目線みたいなものは自分の作品の根底にありますね」

──それは勧善懲悪だったり、極端な描き方をしないということ?

「曖昧な狭間で揺らいで存在しているものが人間であって、映画だなぁと思うので、そういう揺らぎを描いてるんじゃないかなと。自分自身がレッテルを貼られたり決めつけられることがすごく嫌なんです。以前、大学名を答えただけで、『ハングリー精神がないんだね』と言われたんです。逆に自分の出身や生い立ちを話すと、『ハングリー精神があるね』と言われる。なんなんだこれはと(笑)。デビューしたてのときなんて、『馬鹿なふりをしたほうが好かれるから、常にわからないふりをしたほうがいい』とアドバイスをされたこともありました」

──若い女性が男性社会で言われがちなセリフですよね。

「とんでもない!と思った。むしろ自分が無知だということをちゃんと理解したうえで学んで賢くなっていかなきゃいけないし、女性も男性もそうじゃないですか? 知性がない自分に幻滅して、身につけたいと思うことが大事で。そういう偏った常識や慣習に抗いたいという気持ちはすごくありますね。私の一部だけを取り上げて判断されるのが嫌なので、映画についても決めつけたくないという想いもあります」

──ジャンルレスな作品を作られている印象はあります。ジャンル分けする業界に対する疑問もありますか?

「ジャンルがないのが私の欠点と言う方もいます。曖昧って悪いイメージがあるけれど、私は曖昧にこそ面白さがあると思う。曖昧さに未来を感じます。ジャンル分けって、馬鹿らしいじゃないですか。こうした疑問は強く持っていますけど(笑)、でも反逆したいとかではなくて。監督をするときも、できているかはわからないけれど、丸く収めるよりは逸脱した瞬間を捉えたい、逸脱した存在でありたいと思ってます」

──撮影現場でも役者さんの意見に積極的に耳を傾け、変えることも厭わない姿勢が印象的でした。

「傍から見ると、頼りなく思うかもしれない。でもそれでいいんです。自分が100%正しいなんて思ったこともないし、思えない。もちろん脚本はばっちり作るのですが、あくまでガイドラインに過ぎないというか、周りの意見を取り入れながらどんどん変えて進化していきたい。書いている自分も裏切りたいし、そうすることで映画も生き物になり、自分自身も生きてるという実感が湧くんです。ものづくりってそういうことだと信じていますし、それが楽しいんですよね。核はブレずにかたちを柔軟に変えれば、自分も刺激を受けながら絵も豊かなものになっていくという作り方は、マレーシアのエドモンド・ヨウ監督とご一緒したときに教わりました」

──韓国語に英語と語学も習得されていて、努力も怠らない姿勢も素晴らしいですよね。

「英語は全然ダメなので、いずれ語学留学をしたいと思っています。私の場合は勢いというかノリの良さと映画が好きという情熱だけで今まで乗り越えてきてるので(笑)。語学だけじゃなく、ちゃんと演技や演出の勉強もしに行きたいですし、正式な形で学んでないことに対する心もとなさは常に感じています」

残したいのは、目には見えないもの

──映画作りに携わることの喜びは、どこにあるのでしょうか?

「私マゾなんです(笑)。サドの面ももちろんありますが、辛いときこそ楽しいというか、燃えるんです。私自身が、新しい世界に触れたい、新しい自分を見つけたいで埋め尽くされた自我の固まりなんだと思うんですよね。だから、物語を作るときも、予算を削れと言われて新しい案を考えるときも、演じてるときも、みんなと意見交換しているときもすごく楽しい。すべての過程が全部辛くて、全部楽しいんです。でも、常に刺激を求めることは弱点でもあって、たとえるなら、試着しても、着ている自分の姿を鏡であまり見ずに次のものを漁ってしまう。そんなところはありますね(笑)」

──2014年に制作した『マンガ肉と僕』で初の長編監督デビューを果たし、男に嫌われるために女を捨てて太っていく女性・サトミを演じましたが、あの役は自分がやりたいという想いがあったのでしょうか。

「社会と男に翻弄され、翻弄しあうサトミという役に関しては、自分で演じたいと思っていました。役に対する共鳴やもどかしさを全部ひっくるめて演じることで、何かを乗り越えたかったんでしょうね(笑)」


cointreau #07 杉野希妃
cointreau #07 杉野希妃

──2015年1月に映画祭に訪れたオランダで交通事故に遭われて、物の見方が変わったとか?

「目に見える肉体というか外側に囚われていないつもりだったのに、すごく肉体に囚われてたんだなぁと。事故で心身ともに傷はついたのですが、数ヶ月経ち、結局それは大したことないと思えたんです。最終的に自分が残したいものは、映画というかたちのあるものを通してにはなるけれど、感情とか思想とかエネルギーとか目には見えないものなんだということ。そこに気づけたことは良かったです」

辛くて楽しい、だから映画
づくりはやめられない

Ms.COINTREAU

──目には見えないものを、かたちとして伝えるのが映画の魔法ですもんね。

「伝えたい!というおこがましいものではないけど、一緒に掴みたいというイメージですね。観てる人と作り手の自分が漠然としたものを漠然としたまま一緒に受け入れて豊かになりたいという。トルストイの言葉に、現実世界のリアリティと芸術における真実の何が違うのかというと、後者はそこにないものが付け加えられることだというのがあって。それ、すっごく、わかると思ったんです。単純にリアリティを持って演じるということではなく、見えない何かを付け加えたり、物事を新しい視点で捉えることができるのが、いい表現者なのかなと」

辛くて楽しい、だから映画づくりはやめられない

──今年3月まで尾道で最新作『雪女』の撮影をされていましたが、今後の予定は?

「1年以内に、ブルガリア、チリとの合作にそれぞれ女優として出演させていただく予定です。英語でお芝居をしたことがないので、どうなることやら(笑)。監督作としては、記憶に囚われてる人と、逃れたい人にまつわる、どこか人魚姫みたいな寓話のような物語を構想中です」

──どんどん走り続けますが、恐怖心はあるんでしょうか?

「常にすっごく怖いですよ(笑)! でも、それがないと楽しくないんだと思う。今も撮影したばかりの『雪女』の映像と距離を置こうと寝かせているんですけど、すぐ観てしまうともう駄目。あのときの自分はこれ以上のものは撮れなかったという自負はありつつも、もっとできたはず!と悔しくなる。見ているものが高すぎて自分が苦しむタイプだと思います。自分のレベルとのあまりの落差に愕然として吐き気がするし、恐怖心ともどかしさで悶えながら生きてる。それが自分の原動力で、モチベーションなんですよね」

──今後叶えたい夢はありますか?

「いくらでも! 一生満足できない性格なんだと思う。満たされることに対する恐怖感があって。死んでもなお悔しがってるかもしれない(笑)。そんなこと言いながら、大食いなんですけど(笑)。自分の写真を見ても、精神的に余裕がないときのほうがしっくり来るというか、いい顔してるって思うんです。でも幸せになりたいし、余裕は持っていたいんですけどね」

––最後に、自ら道を切り開いてる杉野さんのようになりたいという女性へアドバイスをいただけますか?

「私は叩かれても馬鹿にされても、いつか見ていろと思って雑草のように進んできた人間ですからね。私に言えることがあるとしたら、踏まれても伸びろということかな(笑)。踏まれるのは当たり前なんだから、栄養だと思うこと。それが一番です」

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Works


ほとりの朔子

出演/プロデュース作。大学受験に失敗し現実逃避中の朔子(二階堂ふみ)。叔母・海希江(鶴田真由)の誘いで、旅行で留守にするというもうひとりの伯母・水帆(渡辺真起子)の家で夏の終わりの2週間を過ごすことになった。美しく知的でやりがいのある仕事を持つ海希江と過ごす海辺の街でのスローライフ。朔子は海希江の古馴染みである兎吉(古舘寛治)や娘の辰子(杉野希妃)甥の孝史(太賀)と知り合い、彼らとの距離を縮めてく。そんな小さなときめきをよそに、大人たちは微妙にもつれた人間模様を繰り広げていく…。2013年東京国際映画祭コンペティション部門上映。2014年公開。監督:深田晃司


禁忌

主演/プロデュース作。恋人がいながらも自分を慕う女生徒と関係を持つ女子高教師サラ(杉野希妃)はどこか満たされない日々を送っていた。ある日、幼いころに離別した父親・充(佐野史郎)が暴行事件に巻き込まれたと連絡が入る。入院中の父に代わって自宅を訪れると、そこにいたのは充に監禁されていた少年・望人(太賀)だった。突如はじまった望人とサラの奇妙な共同生活。少年愛者の血が流れていることを自覚するサラと、次第に大人になっていく望人。衝撃の事件の後、サラに対する思いを恋と錯覚する望人が「少年」であり続けるために自らとった行動とは? 2014年公開。監督:和島香太郎


欲動

出演/監督/プロデュース作。勢津ユリ(三津谷葉子)と夫・千紘(斎藤工)は、臨月を迎えた千紘の妹・九美(杉野希妃)の出産に立ちあうためバリを訪れた。異国で出産する九美にとって兄と看護師でもあるユリの存在は心強かったが、一方で心臓に重い病を抱える千紘にとっては危険を伴う旅でもあった。九美の夫・ルークを含めた4人で観光中、何気ない会話から千紘とユリが口論に。千紘の「人の死に慣れたお前が嫌なんだ」という言葉にショックを受け、ユリはその場を去ってしまう。バリの広大なライスフィールドをさまよう彼女が座り込むと、ある日本人男性が声をかけてきて。釜山国際映画祭上映。2014年公開。


マンガ肉と僕

主演/監督/プロデュース作。4月の京都。気が弱く引っ込み思案の青年ワタベ(三浦貴大)は活気に溢れる大学になじめず孤独な日々を送っていた。一方、同大学の熊堀サトミ(杉野希妃)は太っていてみすぼらしい容姿から、周囲の学生に嘲笑されていた。ワタベはそんなサトミを差別することなく接してくれる唯一の存在。その優しさにつけ込んだサトミは彼の自宅に転がり込み、寄生し、やがて奴隷のように支配しようとする。そんな中、ワタベはバイト先で知り合った菜子に惹かれていくことに。そして、ふとしたきっかけからサトミの過去の断片を知ることになって…。東京国際映画祭上映。2016年公開。

オレンジリキュール「コアントロー」が
夢を追いかける女性たちをサポート!

Ms.COINTREAU

Photos:Yuri Manabe 
Styling:Megumi Yoshida 
Hair & Make:FUMIKO HIRAGA for SENSE OF HUMOUR
Direction & Interview:Tomoko Ogawa 
Edit:Yukiko Shinmura

Profile

杉野希妃(Kiki Sugino)女優、映画監督、プロデューサー。慶應義塾大学在学中に留学先の韓国で女優デビュー。2006年『絶対の愛』(キム・ギドク監督)に出演後、帰国。10年『歓待』(深田晃司監督)、12年『おだやかな日常』(内田伸輝監督)など女優兼プロデューサーとしての活躍が脚光を浴びる。14年監督第二作『欲動』が釜山国際映画祭で新人監督賞を受賞。また、ロッテルダムをはじめ国内外の映画祭に審査員としても参加している。現在は『マンガ肉と僕』が全国順次公開中。 kikisugino.com

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