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People Interview

女優と監督、プロデューサーの3役をこなす
世界へと羽ばたく映画人 杉野希妃

日本だけでなくアジアを中心にボーダレスに活躍する映画人、杉野希妃。女優、監督、プロデューサーと3つの役をこなす彼女にインタビュー。

Photos:Yuri Manabe 
Styling:Megumi Yoshida 
Hair & Make:FUMIKO HIRAGA for SENSE OF HUMOUR
Direction & Interview:Tomoko Ogawa 
Edit:Yukiko Shinmura

cointreau #07 杉野希妃

慶応義塾大学在学中に韓国へ留学し、『まぶしい一日 ”宝島”編』にて主演で女優デビュー。キム・ギドク監督の『絶対の愛』にも出演を果たすなど並外れた行動力と実現力を持つ彼女。デビューから11年、美しく華奢なその体にはおさまりきらないほどの熱量で、既成の価値観にとらわれず、自ら手を伸ばし、掴み、我が道を切り開いてきた彼女の想いと、走り続ける先に待つ未来とは?

自分にしかできない女優のあり方を探して

──女優やものづくりに目覚めたきっかけから教えていただけますか?

「もともと演劇には興味がなかったんですけど、中学の演劇部にはすごく個性的な子が多かったんですよね。オタクっぽい子もいればおしとやかな子もいる、多種多様な個性に混じりたいなと、二年生の時に入部しました。周りの影響で宝塚が好きになって、舞台を観に行ったりビデオを貸してもらったりしているうちに宝塚に入りたいなと思い始めたところが最初。宝塚を目指すものの、両親は猛反対(笑)。宝塚を否定する意味ではなく、もっといろいろな世界を見たうえで、自分の道を選択してほしいという想いがあったみたいで。それ以降は好きなことをしていいから、ひとまず大学には行ってくれと懇願されました」

──大学で映画の世界へどっぷり浸かるようになったとか?

「広島から上京して一人暮らしを始めてから、映画好きな父親から大量のDVDが送られてくるようになったんです。成瀬巳喜男やフランソワ・トリュフォーなど、ここだけは押さえとけというものが定期的に届いて。父なりの監督特集としてセレクトされたDVDに『父のおすすめ』という付箋が貼ってあったりして(笑)。学生時代の友人はハリウッドもの好きが多かったので、映画を観に行くときはもっぱらひとり。時間があれば、1日に4本観る日もありました。そうこう観漁っているうちに、映画の中で演技をしたいと思うようになっていたんですよね」

──女優を本格的に目指し始めたのはその頃?

「当時は『女優になりたい』とは恥ずかしくて言えなかったんです。自意識過剰だと思われるのも嫌でした。なれるかどうかもわからないし、なろうとしたところで自分自身には何もないと自信もなかった。周りがどんどん就活するのを横目で見ながら、絶対に就活はしないとだけは決めていた。でも、女優になるために自分が誇れるもの、人より一歩進むために必要なものは何だろうと考えたときに、もっと広い世界を見ないと駄目だなって思ったんですよね。それで韓国留学を決意したんです。新しい世界で、他の人とは違う自分を見つけたいという願いはありましたね。日本で私が人と同じことをしても、埋もれてしまうのはわかっていたので」

──留学をきっかけに、韓国、その後日本で女優デビューと順風満帆にも見えますが、その陰でつまずくことも多かったのでしょうか。

「もう毎回つまずいてばっかりですよ(笑)。帰国して事務所に入ったあとも、何十回オーディションを受ければ受かるのかという世界で、仕事は全然なかったですし。でも、時間と燃え滾るエネルギーだけはあったんです。それを映画を観ることにぶつけるしかなかった。いつかこの人たちみたいに自分もいい演技をして人を感動させられたらいいなという羨ましさと、できない自分がもどかしいという悔しさとで、映画館で毎回泣くみたいな日々を過ごしてました。あの22から25歳くらいまでの、鬱屈とした数年があったからこそ、今の自分があるということはすごく感じますね」

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cointreau #07 杉野希妃

やりたい作品が来るのを待つより、作る選択

──映画をプロデュースすることを考え始めたきっかけは?

「演技という仕事にやりがいは感じるけれど、与えられた役を私が熱望していたのかというと100%そうとは言いきれない自分がいたりする。それがずっともどかしく、だったら自分でやりたい作品や役を作ったほうが時間はかかるかもしれないけれど、エネルギーの使い方としては間違ってないというか効率がいいと思ったんです。この世界は運が大事とも言われますが、運を待つのではなく自分で作ればいいという発想に切り替えました」

──キム・ギドク監督からのアドバイスもあったとか。

「2006年『絶対の愛』を撮影したときに監督から『自分で書いたり作ったりできる役者になればいいよ』と言われましたが、あまりピンと来てなかったんです。でも、鬱屈とした日々を過ごしているうちに実感してきました。それに、映画プロデューサーの小野光輔さんを通じて、故ヤスミン・アフマド監督と出会えたことも大きいですね。彼女の作品を映画祭で観たときに、こんな瑞々しくて、民族や国境や宗教を超えて行ける作品が東南アジアにあるんだということが新鮮で、一緒に仕事がしたくて作り手として参加することになった。彼女が撮影の2ヶ月前に亡くなってしまったので、その作品を手掛けることは叶わなかったのですが。でも、いつももう駄目だと諦めかけたときに、仕組まれたように新しい出会いがあったりして、その積み重ねでやっぱり頑張ろうと思えて今に至ります」

──監督兼女優は海外だと少なくないですが、日本だと珍しい存在。そのマルチに役割を担うという考えは留学やアジアのスタッフとの制作を通じて得たのでしょうか。

「アジアの作り手は、あるときは監督を、あるときは俳優を、あるときはプロデュースまでして、自分の役割をどんどん超えていく。そもそも肩書きがない中でひとりの人間として参加するという映画への携わり方がとても素敵だと思いましたね。留学中に学んだことは、黙っていたら誰も助けてくれないということ。自分からやりたいことや欲しいものを発信することで、絶対誰かが助けてくれる。役者が自分の意志で行動して、仕事をもぎ取ってくるところを韓国で目の当たりにしたことは、少なからず影響していると思います」

目指すのは、日本映画界でも
逸脱した存在

Ms.COINTREAU

Profile

杉野希妃(Kiki Sugino)女優、映画監督、プロデューサー。慶應義塾大学在学中に留学先の韓国で女優デビュー。2006年『絶対の愛』(キム・ギドク監督)に出演後、帰国。10年『歓待』(深田晃司監督)、12年『おだやかな日常』(内田伸輝監督)など女優兼プロデューサーとしての活躍が脚光を浴びる。14年監督第二作『欲動』が釜山国際映画祭で新人監督賞を受賞。また、ロッテルダムをはじめ国内外の映画祭に審査員としても参加している。現在は『マンガ肉と僕』が全国順次公開中。 kikisugino.com

1875年、フランスで誕生したリキュール「コアントロー(COINTREAU)」。ビター&スイートオレンジの果皮を使用した、世界で最も有名なホワイト・キュラソー。“女性のためのリキュール”という創業当時からの信念に基づき、夢を追いかける女性を支援するプロジェクト「コアントロー・クリエイティブ・クルー」を世界的に実施中。日本でも4人の女性をフィーチャーする企画「Ms.COINTREAU」がスタート。

  

www.cointreau.com

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