川村元気、南仏「シャトー・ラ・コスト」の旅 | Numero TOKYO
Life / Feature

川村元気、南仏「シャトー・ラ・コスト」の旅

初監督作となる『Duality』(邦題『どちらかを選んだのかはわからないが どちらかを選んだことははっきりしている』)が、2018年の第71回カンヌ国際映画祭の短編部門にノミネートされた川村元気。ここでは2018年7月27日発売の『ヌメロ・トウキョウ』9月号の特集と連動し、忙しいカンヌ滞在中に半日を絞り出し足を伸ばしたエクス・アン・プロヴァンスの「シャトー・ラ・コスト」の旅を独占レポート!

映画プロデューサーとして『告白』『モテキ』『君の名は。』をはじめ日本映画の歴史を塗り替える意欲作を次々と生み出し、「世界から猫が消えたなら」「億男」と小説家としても躍進を続ける川村元気は、高校時代からバックパッカーとして一人旅を続けてきた「旅人」としての顔も持つ。

「ある場所を隅から隅まで歩くと、まだあまり知られていないけど、みんなが興味を持ちそうな面白い場所が見えてくる。僕は仕事でもそういうことを映画や小説にしている」――旅と仕事の相互関係をそう語る川村が、そのスケールに惹かれ、初めてのカンヌに絡めてどうしても訪れたかった場所が「シャトー・ラ・コスト」。アイルランドの不動産投資家で知られるパディ・マックランが所有する200ヘクタールものワイナリーの野外に、2002年からこれまで名だたるアーティストによる31の建築と現代アートが作られ、2011年から有料で一般公開されている。

カンヌからチャーターした車で高速道路を飛ばすこと2時間強。途中にセザンヌが度々描いたサント=ヴィクトワール山を眺め、インターチェンジを下り長閑な田舎道をしばらく進むにつれ、ブドウ畑が広がり始める。程なく到着したコンクリート建築の1階に設けられたパーキングに車を停め、ささやかな階段を上がると、窓越しに人工池を望むドラマティックなアプローチが現れ、池の中央に設置されたルイーズ・ブルジョワの蜘蛛の彫刻「Crouching Spider」(2003)、さらに“キャラメル”という名前の看板猫に出迎えられた。ベストセラーとなった初小説「世界から猫が消えたなら」というタイトルの通り、猫好きの川村はこの表情。

なお、「シャトー・ラ・コスト」の母屋ともいえるコンクリート建築は「アートセンター」と称され、安藤忠雄の設計。どおりで先のアプローチで感じたサプライズと五感に訴える建築的演出にも納得。さらに建物の正面にまわると、今度は小さな池の中央に杉本博司の名作「Mathematical Model 012」が鎮座。杉本は2014年に出版された対話集『仕事。』の対談を通じて出会って以来、「杉本さんが小田原に誕生させた江之浦測候所をはじめ、作品のスケールの大きさに圧倒され続けている」と語る存在。その作品をしみじみと眺める。

続いてレセプションでチケットを購入、選書から土産物までショップをくまなくチェックした後、いざ、ワイナリーへ! ひょんなやりとりから川村が『君の名は。』のプロデューサーであることを知った女性スタッフが案内役を申し出てくれ、厚意に甘えることに(『君の名は。』英題『Your Name.』は宮崎駿作品などを通じて日本のアニメーションにファンが多いフランスでもヒットを記録)。

まず初めに案内されたのは、普段は解放されていないというオーナーのプライベートコレクションが設置された一角。出始めのルバーブやアーティチョーク、各種ハーブをはじめ、数十種類の野菜が伸び伸びと育つ畑の中を歩いていくと、ジャン・プルーヴェのプレハブ建築に辿り着いた。窓越しに内部を覗き込むと、名作のヴィンテージ家具も収められている。「自宅の机や椅子もプルーヴェ」という川村は、他にプルーヴェのドアを再利用した納屋にも静かに興奮。

オーナーの宝物を特別に見学した後は、いよいよ通常のルートへ。まず目に飛び込んできたのは見るからにフランク・O・ゲーリー建築、野外音楽シアター「Pavillon De Musique」(2008)。毎年6月~7月にはジャズ、ソウル、ポップフォークといった様々なジャンルのコンサート(有料)も開催されるというこのシアターは、シカゴの野外音楽堂ジェイ・プリツカー・パビリオンや、ウォルト・ディズニー・コンサートホールなどを手がけてきたゲーリーが、ワイナリー環境での音響にこだわって設計した。

近年の企画・プロデュース作でも、音楽にサカナクション(『バクマン。』※2016年日本アカデミー最優秀音楽賞受賞)、坂本龍一(『怒り』)、RADWIMPS(『君の名は。』)を起用。普段から「映画より音楽の方が好きだと感じるときもある」と話す川村は、建築の細かいディテールまで興味津々の様子。

続いて川村が目に留めたのはトム・シャノンの「Drop」(2009)。手動で回転させると、ふらふらと傾きながら浮遊するUFOさながらの動きをするアートと戯れ、しばし童心に帰る。

体験型のアートとしては、こちらポール・マティスの「Meditation Bell」(2012)にもトライ。振り子のベルを鳴らし、響きわたる音に目を瞑って耳を澄ます。

次の作品に向かう緑の散歩道もまた、季節や天候によって揺らぐ自然のアート。

やがて辿り着いたのは、この日2つ目の安藤忠雄建築「Pavillion“Four Cubes To Contemplate Our Environment”」(2008-2011)。安藤建築としては珍しい木造建築内には、4つのキューブ型アートが展示されている。

ところで前述のパディ・マックランは、旅で訪れた直島からインスピレーションを受け「シャトー・ラ・コスト」のプロジェクトをスタートさせたそうで、全体のマスタープランも安藤忠雄が手がけていることもあり、「シャトー・ラ・コスト」には他にチャペルとベンチも含め4つの安藤建築が存在。アーティスト別では最多となっている。

こちらは去年できたばかりのレンゾ・ピアノ設計によるアートギャラリー「Pavillon D’Exposition」(2017)に向かうアプローチ。今夏は8月15日までソフィ・カルの個展が開催中。

なお、他に現代アートではリチャード・セラ、リ・ウーファン、アイ・ウェイウェイ、アレキサンダー・カルダー、建築ではジャン・ヌーベル、隈研吾の作品などもまだまだ点在するが、あろうことか、ここで時間切れに! 「今回見れなかった部分は次回カンヌ映画祭にノミネートされたときに」と自らを鼓舞する方向で潔く諦め、予約しておいた敷地内のレストラン「The Salon」でのランチへ。

「The Salon」は2016年から営業がスタートした敷地内の宿泊施設「Villa La Coste」内にあるセカンドレストランで、南仏マルセイユにあるミシュラン三つ星レストラン「Le Petit Nice」のスターシェフ、ジェラルド・パセダが監修する施設のメインダイニング「Louison」の料理をプリフィクス&アラカルトで提供している。

例えばこの日のプリフィクスでは、独創性を感じるタコのカルパッチョに自家製オリーブオイルを、ジェノベーゼソースをかけていただく季節野菜のラタトゥユなど、上述の畑で収穫した食材を活かしたアーティスティックで土地の滋味に富んだ味わいは、川村が咄嗟に「今回の滞在でこれ以上の料理に出会うのは難しそう」と口にするほどのクオリティ。「シャトー・ラ・コスト」を訪れたらもれなく堪能を!

「The Salon」というだけあって、セカンドレストランはまさにサロンとして、ライブラリーも併設。知の刺激も存分に満たしてくれるのと、壁には「シャトー・ラ・コスト」に多大な貢献をした安藤忠雄を描いたこんなペインティングも発見。

さらに忘れてはならないのが主役のワイン! 最新設備により生み出された土地のテロワールに忠実なビオワインは2009年にフランスのオーガニックラベルの「AB」を取得。現在までに泡、赤、白、ロゼなど10種以上がプロデュースされている。2棟の醸造所はいずれもジャン・ヌーベル建築という贅沢さで、事前に予約すれば建築探訪も兼ねてのワインテイスティングツアー(有料)への参加も可能。

なお、冒頭で触れた母屋こと「アートセンター」には「Tadao Ando Restaurant」と名付けられたカジュアルなブラッスリーも併設されているのと、この建物、上から眺めるとなんとVinyard(ブドウ畑)の「V」の形をしているのだそう。

というわけで、帰り際は看板猫キャラメルに再会し、愛らしい姿に時間配分のミスを癒されつつ、名残惜しさ全開で「シャトー・ラ・コスト」を後に。ちなみに2時間のアート&アーキテクチャーウォーク(有料)も事前予約できるが、「本当に素晴らしいところだったので、1日かけて自分のペースでゆっくりと、あわよくばVilla La Costeへの宿泊、そこからエクス・アン・プロヴァンスを巡る旅も正解な気がします」(川村)

Château La Coste

シャトー・ラ・コスト
住所/2750 Route De La Cride, 13610 Le Puy-Sainte-Réparade,France
TEL/+33 4 42 61 92 92
URL/chateau-la-coste.com

川村元気が語る「現代男女のリアルな恋愛論」を読む

Photos & Edit:Yuka Okada

Profile

川村元気(Genki Kawamura)映画プロデューサー・小説家。1979年、神奈川県横浜市生まれ。『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』『怒り』などの映画を製作。2011年、優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年『世界から猫が消えたなら』で作家デビュー。140万部のベストセラーとなり、映画化もされる。他に著書『億男』(佐藤健・高橋一生出演により映画化され10月19日公開)『四月になれば彼女は』、対話集『仕事。』『理系に学ぶ。』、『超企画会議』など。17年は『映画ドラえもん のび太の宝島』で脚本家デビュー。18年の企画・プロデュース作に『未来のミライ』(7月20日公開)『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(8月31日公開)『来る』(12月7日公開)がある。

Magazine

JANUARY / FEBRUARY 2025 N°183

2024.11.28 発売

Future Vision

25年未来予報

オンライン書店で購入する