都築響一presentsぴんから体操新作展&兵頭喜貴個展告知 | Saeborg
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都築響一presentsぴんから体操新作展&兵頭喜貴個展告知

 

 

本日から、銀座ヴァニラ画廊にて都築響一presentsぴんから体操新作展&兵頭喜貴個展が銀座ヴァニラ画廊にて開催されます。オープニングにはサエボーグも駆けつけます!!

以下は都築さんのメルマガによる告知を一部転載させてもらっています~

皆様是非、観にいくことをお勧めします~

 

 

 

 

2014/02/26号 Vol.104(2/2)


art ぴんから体操新作展に寄せて

先週の告知でお知らせしたとおり3月3日(雛祭り!)から銀座ヴァニラ画廊で、『ぴんから体操展 妄想芸術劇場2』と『兵頭喜貴写真展 模造人体シリーズ第5弾 「さらば金剛寺ハルナとその姉妹―愛の玩具たち』という、ふたつのきわめてビザールな展覧会が同時開催される。
本メルマガでもすでに2012年3月21日号で特集した兵頭喜貴の(「人形愛に溺れて・・妖しのドールハウス訪問記」)、2年ぶりとなる新作インスタレー ション展については、前回の展覧会のあと突如として難病や数々の難問に直面し、厳しい日々を送ってきた作家の復活展でもあり、僕も公開対談に参加させても らう予定。同時にこちらも2年ぶりとなる伝説の投稿イラスト職人「ぴんから体操」原画展も、久方ぶりに原画と向き合える貴重なチャンスであり、とりわけア ウトサイダー・アート・ファンには見逃せない企画になるはずだ。
今週はこれまでに書いてきた、この知られざる天才アーティストへのオマージュを再構成しつつ、前回の展覧会以来ヴァニラ画廊や、彼の主戦場である露出投稿雑誌『ニャン2倶楽部Z』に送られてきた、おびただしい数の新作群を紹介してみたい。
妄想の彼方に――ぴんから体操 2014
「露出投稿雑誌」というメディアがあるのをご存じだろうか。「露出」といっても写真の露出=exposureではなくて、「露出狂」の露 出=exhibitionismの露出。つまり野外や公共の場所で、あられもない姿を晒し、それを撮影した画像によって構成される雑誌のことである。そういう写真はほとんどの場合、プロのカメラマンとモデルではなく、シロウトが撮影者となり、モデルとなるのであって、そのリアリティが(クオリティではなく)読者の共感や興奮を呼ぶことは言うまでもない。
日本の写真雑誌が大きな変化を遂げるのは1980年代であり、それは一眼レフなど高性能なカメラ機材が、中高生でも容易に購入できるようになった時代でも あった。1981年には新潮社から『FOCUS』、白夜書房から『写真時代』という対照的な、そして革新的な写真雑誌が世に出たが、それらはまだプロの写 真家による作品によって、ほとんどすべてのページがつくられていた。シロウトによる、しかも「露出系」に片寄ったセクシュアルな投稿によって一冊の写真雑誌がつくられるようになったのは、1984年の『投稿写真』(考友社 出版、のちにサン出版)あたりからだと思われる。高部知子という未成年の清純派アイドルが、性交後のけだるさを漂わせつつベッドでタバコを一服、という 「にゃんにゃん写真」が、当時の交際相手によって『FOCUS』編集部に持ち込まれ、大騒動となったのを記憶している方も多いだろう。あの記事が掲載され たのは1983年だったが、思えばあのころから80年代中期にかけて、写真週刊誌は硬派のジャーナリズムから、芸能を中心とする軟派のパパラッチ路線へ と、急激に転換していったのではなかったか。
それはともかく、高部知子と『FOCUS』によって「にゃんにゃん」が性交をあらわす日本語として認知され、みずからのコンプレックスの代償のように巨大 な望遠レンズで武装したカメラ小僧たちによる、アイドル・パンチラ写真が『投稿写真』をはじめとする各写真誌の誌面を飾るようになったのが80年代後半の 「盗撮ブーム」期だとすると、90年代に入って投稿写真メディアはふたたび大きな転換点に突入する。それは、それまで隠すべき対象だった、だからこそ「盗 撮」という概念が成立した個人的な性行為を、行為者みずからがメディアに投稿するという、画期的な転換であった。90年代のデジカメの急激な普及と見事に歩調を合わせながら、80年代に創刊された投稿写真誌はどんどん内容を過激化させていったのだが、「こんなの普通 の書店で売っていいんですか!」と驚くような写真が、雑誌どうし、投稿者どうしの競い合いのごとく毎号誌面を飾っていたいっぽうで、多くの投稿写真誌には 後ろのほうの1~2ページを「投稿イラスト」にさいていた。そこにはほとんど気に留められることのない、添え物のような投稿イラスト・ページへの掲載をめ ざして、人知れず夜ごと画用紙や葉書に向かう「投稿職人」たちがいたのだった。
投稿写真誌のなかでも、その過激さで他を大きく引き離す『ニャン2倶楽部』という雑誌がある。白夜書房系列のコアマガジンから1990年に創刊された 『ニャン2倶楽部』は(愛読者は「ニャンニャン」ではなく、親しみを込めて「ニャンツー」と呼ぶ)、その後『ニャン2倶楽部Z』『ニャン2倶楽部ライブ WindowsDVD』『ニャン2倶楽部うぶモード』など、姉妹誌を10誌以上に増やしながら、多くの読者と投稿者の支持を受け、創刊20周年を超えた現 在も継続中である(『ニャン2倶楽部』は当局の摘発により2013年4月で休刊)。
『ニャン2』の投稿イラスト・ページを初めて見たのがいつごろなのか、記憶は定かでないが、ひとつの作品がほとんどの場合、名刺にも満たない小さなサイズ で10数点から20点以上もびっしり並べられた誌面を見たときの、異様な印象はよく覚えている。たとえば夕刊紙の挿絵や、エロ漫画誌を飾るプロのイラスト レーターとはまったく異なる荒い、稚拙な、しかし恐るべきオブセッションとエネルギーにあふれた画面。それは名もない表現者たちによるアウトサイダー・ アートであり、苦しいほどの妄想に苛まれる悪夢のパノラマだった。
写真業界ではプロのほうがアマチュアより上とされているのだし、写真雑誌では作家の作品を載せるほうが、投稿作品より上だとされている。シロウトの投稿に よる、それもエロ写真誌という、業界的にはもっとも底辺に位置する(と認識されている)露出投稿誌で、いちばん後ろのほうにちょっとだけページをさいても らっている投稿イラストは、いわばカースト外に位置する存在だ。写真ならいくらでも焼き増しすればいいし、デジカメの時代となった現在ではデータを送ればそれで済む。でもイラストは、そうはいかない。時間をかけて、一 枚ずつオリジナルを描かなくてはならないのだが、この種の雑誌は投稿作品を返却しない。つまりせっかく描いた作品が、編集部に送ったまま失われるというこ とである。
しかも投稿者のなかには作品の裏面に、ときにはびっしりと長文の解説というか物語を書き綴るものがいるのだが、投稿ページではたとえ採用されたとしてもイ ラストが掲載されるだけで、文章まで載ることは基本的にあり得ない。そういうことを全部わかっていて、それでも創刊された1990年ごろから現在に至るま で、20年以上も作品を送り続ける投稿者がたくさんいるというのは、いったいどういうことだろう。自分の作品が掲載されれば、掲載料が微々たるものであっても、それはうれしいだろうが(しかし掲載の喜びをだれと分かちあえるのか)、失われることがあら かじめ約束されていながら、作品を描きつづけ、送りつづけ、そして失いつづけること。僕らが考えるプロフェッショナルなアーティストとは180度異なる創 作の世界に生きる表現者が、それもメディアの最底辺にこれだけ存在していること。それをいままでほとんどだれも認識せず、もちろん現代美術界からも、アウ トサイダー・アート業界からも完全に無視され、投稿写真家たちからさえ「自分たちより変態なやつら」と蔑視されながら、いまも生きつづけ、描きつづけてい ること。そのような投稿イラスト界にあって、『ぴんから体操』は1992年から幾度も作風を変えつつ投稿を続け、現在もハイペースで作品を量産する、きわだって伝説的な存在である。
太平洋に面した中部地方の小さな町に、ぴんから体操は1967年に誕生した。今年47歳になる彼は、いまも生まれ育った町に暮らしている。
中学卒業後に工員として働きながら、ぴんから体操が投稿を始めたのは19歳ごろのこと。最初は『ロリコンクラブ』や『オトメクラブ』、『お尻倶楽部』が 投稿先だったという。ちなみに「ぴんから体操」というペンネームはぴんから兄弟と、大好きな新体操の組み合わせ、だそうだ。
画家ではヒエロニムス・ボスが好みというぴんから体操は、多いときには月産30点ほどもの作品を投稿する生活を、もう27年以上続けていまだ飽くことがない。投稿生活25年となった2012年には、僕も手伝わせてもらって『妄想芸術劇場・ぴんから体操』を文庫版作品集&電子書籍として刊行することができた(BCCKS刊)。

http://bccks.jp/bcck/105448/info
ぴんから体操がニャン2に初登場するのは1992年1月。色鉛筆の繊細な筆づかいを特徴とする現在の画風とはずいぶん異なり、猫耳に大きな瞳の少女たちを主人公にした漫画ふうの作品だった。94、95年と投稿が一時途絶えるが、96年になって復活。しかしその作風は一変していた。90年代初期の漫画タッチは影をひそめ、黒ペンによる点と線だ けで画面が構成された、それはダークなグロテスク・リアリズムであった。漫画家・東陽片岡を想起させる背景の緻密な描線と、点描による人物表現から生まれ る異常な緊張感。突然の作風転換の裏に、いったいなにがあったのだろうか。
おそらくはこの時期、ぴんから氏はニャン2だけでなく、『投稿写真』誌にもイラストを定期的に投稿していたらしく、そのクオリティに驚愕したリリー・フラ ンキーさんが渋谷に小さな会場を借り、『投稿写真』から借り出した作品の展覧会を開催している(『美女と野球』にその顛末が載っているので、興味のある方 はぜひご一読いただきたい)。
2001年、ぴんから体操の作品に色が戻ってくる。ごく短期間、当時黄金期を迎えていた「モーニング娘。」をモチーフにした、淡いタッチのポートレートが あらわれたのに続いて(しかしその背景には、すでに次の展開への不気味な予兆が見てとれる)、2001年から02年にかけてのある日、予想を超えた新しい 画風の作品が、いきなり送りつけられるようになったのだった。「ぬるぴょん」と本人が名づけた、それは形容しがたいぶよぶよとした不定形のかたまりだった。それまで古典的な写実主義にいたピカソが、『アヴィニョンの 娘』で突如としてキュービズムに突入したように、あまりにも唐突な画風の転換であり、裏面のサインがなければ別人としか考えられない、劇的な展開であっ た。時代的には2、3年に過ぎないのだが、2001年から’02年にかけて、孤高のアウトサイダー・アーティストの脳内に、どんな嵐が吹き荒れたのだろ う。
そうして2003年の短い休止期を経て、ニャン2編集部にぴんから体操からの封筒が、ふたたび届くようになる。しかしその中に入っていたものは、またもやがらりと作風を変えた、まったく新しいタッチの膨大な作品群だった。
「うんこ少女期」とも言うべきその新作群で突然、ぴんから体操はふたたび具象に立ち戻る。色鉛筆を使った、淡いタッチの画面。その四角い世界のなかで、女 学生やOLや女子アナや、さまざまに可憐で美しい、しかし垂れそうなほどの巨乳の女たちが、黄土色の糞便をブビブビと盛大にまき散らす。その糞便を下着と して身につけたりもする。「ぬるぴょん」の抽象世界から、このビロウなヒトコマ漫画のようなイラストレーションへの転換は、いったいどうしたことだろう か。
2004年から2005年にかけて集中的に「うんこ少女」シリーズが送りつけられたあと、ぴんから体操は長い休眠期に入るのだが、数年前からまた投稿が再開され、2012年の個展からは投稿だけでなく、展示用として大判の作品が直接、画廊に届くようになった。最初期のフラットな漫画ふうから始まって点描、ぬるぴょん、スカトロまで、過去の画風の変遷をもういちどリミックスしたかのような新たな作品群は、ぴんか ら体操という円熟したアーティストの出現を告げている。あいかわらず画面はカラフルで、おどろおどろしく隠微だが、しかし画面構成から彩色まで技術的には かなり洗練度を増して、創作に向き合うこころの充実をあらわしているようだ。

妄想/オブセッションがあらゆる創作の根源にあるとすれば、妄想に突き動かされて作品を描き続け、失い続ける投稿イラスト職人たちは、投稿を重ねるごとに 表現が露骨になるか、あるいは発散としてのワンパターンに陥るかのどちらかであるなかで、ぴんから体操のように画風を洗練させつつ、妄想と表現のバランス を見事にキープし続ける例は他にほとんどない。「好きなエロ・イラストを描いては送ってるだけで満足」という世界にあって、これだけの集中力と持続力と、新たな表現に挑戦するエネルギーにあふれ、しか も「アーティストとして成功する」というような野心とはまったく無縁の場所にいること。雑誌や画廊との連絡もいまだ郵便のみに限られ、Eメールどころか担 当者も彼の声すら聞いたことがないという匿名性にこだわりながら、これだけ多作なペースをだれにも依頼され、命じられることのないまま保ち続けてすでに四 半世紀を超えること。ときに正視を憚るほどのグロテスクでビザールな画面の、裏面にひそむ純真。そのギャップの痛々しさが、なによりも胸を打つ。
『ぴんから体操展 妄想芸術劇場2』
『兵頭喜貴写真展 模造人体シリーズ第5弾 「さらば金剛寺ハルナとその姉妹―愛の玩具たち』

3月3日~15日
@銀座ヴァニラ画廊
http://www.vanilla-gallery.com/ぴんから体操・兵頭喜貴 展覧会開催特別トークイベント
2014年3月8日(土)17時~
出演:兵頭喜貴 ゲスト:都築響一
入場料1500円(ワンドリンク付き)本メルマガの購読、課金に関するお問い合わせは、contact@roadsiders.com までお願いいたします。

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サエボーグ(saeborg)はラテックス製の着ぐるみ(スーツ)を自作し、自ら装着するパフォーマンスを展開するアーティストです。これまでの全作品は、東京のフェティッシュパーティー「Department-H」で初演された後、国内外の国際展や美術館で発表されている。2014年に岡本太郎現代芸術賞にて岡本敏子賞を受賞。主な展覧会に『六本⽊アートナイト2016』(A/Dgallery、東京、2016)、『TAG: Proposals on Queer Play and the Ways Forward』(ICA/ペンシルバニア大学、アメリカ、2018) 、『第6回アテネ・ビエンナーレ』(Banakeios Library、ギリシャ、2018)、『DARK MOFO』(Avalon Theatre/MONA 、オーストラリア、2019)、 『あいちトリエンナーレ』(愛知芸術劇場、名古屋、2019)、 『Slaughterhouse17』(Match Gallery/MGML、 スロベニア、2019 )など。

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