【2025年春夏東京コレクション】服に咲かせた「花」の意味とは | Numero TOKYO
Fashion / Editor's Post

【2025年春夏東京コレクション】服に咲かせた「花」の意味とは

さまざまなアプローチで発表された2025年春夏東京コレクション。そのなかでも、数々のブランドで見られたのが「花」のモチーフ。その花に込められた意味を紐解けば、ブランドのクリエーションの原点が見えてきた。デザイナーたちが服に咲かせる、それぞれの想いとは。

VIVIANO

会場に到着すると、客席には小さなシャベルが置かれていた。幼い頃、土を掘り、大事に種を植え、毎日わくわくしながら花を育てた記憶が思い浮かぶ。ヴィヴィアーノ(VIVIANO)の今回のコレクションは、そんな植物を作る過程こそに意味があるものだった。

デザイナーのヴィヴィアーノ・スーは、「植物を育てることと服作りはとても似ていると気付いた」と語る。適切な形で愛を与えていくと、必ず良い答えを返してくれる花。それは服にも共通することであり、花咲く瞬間のために情熱と愛を注ぐ。「My Garden」と謳うショー当日は、彼が作り上げた服という花々がついに満開に咲き誇る、そんな日だった。

ルックにはラッフルやチュールを花びらに見立てたものや、同ブランドでは珍しいアースカラーを採用したものなど、花のシェイプやカラーを生かしたアイテムが多く登場した。また鮮やかな花のイメージとは対となる黒を基調としたジャケットやドレスにはサテンの薔薇が縫い付けられ、花をモダンなエレガンスへと昇華させる。そしてショーの終盤には、これまでより時間をかけて大切に育ててきた、3体のクチュールドレスが姿を現した。8色の異なるグリーンのチュールを使用し、木々や葉のグラデーションを表現したガウン、そこに浮かび上がる一輪の薔薇を表したピンクのドレス、人間と自然の調和を祝福する白のチュールで覆われたドレス。そのどれもが、花束のように豪華でありながらも、特別な儚さを纏っていた。

だがその花たちは枯れずに、次は私たちの手に渡る。デザイナーの愛が沢山注がれて作られた花を身に纏えることの喜びを感じた。

FETICO

フェティコ(FETICO)の今期のテーマは「The Secrets」。これまでセンシュアルで美しい女性像を映し出してきたフェティコの“秘密” ──。その響きを聞くだけで、胸が高鳴る。

本コレクションの出発点は、デザイナーの舟山瑛美がパリのビンテージショップで見つけた1980年代のアイテムとの出会い。80年代のデザインに魅了される理由を、当時の雑誌や資料を集めて探っていったという。その中で見つけたのが、ピーター・グリーナウェイ(Peter Greenaway)監督による88年公開のサスペンス映画「数に溺れて(Drowning by Numbers)」。イギリスを舞台に祖母、母、娘の3世代の女性たちがパートナーを溺死させる過程を描いたサスペンス作品だ。そんな同作の、淡く脆い空気感やクラシカルなファッションの要素をコレクションに落とし込んだという。80年代のスタイルを象徴するボディコンシャスなシルエットとブランドのシグネチャーであるランジェリーライクなディテールが融合されたアイテムや、ライムグリーンやブルーなどのペールカラー、絶妙なシアー素材からは、ミステリアスな色気が放たれていた。

さて、前述した映画の作中に出てきた花が、今回モチーフに使われていた薔薇。ビーズ刺繍を乗せたベストやかぎ編みのニット、コサージュやチョーカーとして、さまざまなルックに登場した。身体を曖昧に覆った透け感のある薔薇や、片方の肩に置かれたノスタルジックな花々は、どこか謎めいた、言葉にできない魅力を内包しているように思える。掴みどころのない女性が身に付ける花は余計に存在が際立ち、その意味が知りたくなってしまう。そんな謎に包まれた美しさこそ、人の心を惹きつけ、虜にするのかもしれない。フェティコらしい女性像が映し出された、印象的な花だった。

TELMA

「JFW ネクスト ブランド アワード 2025」のグランプリを受賞し、ブランド初のランウェイショーを行ったテルマ(TELMA)。毎シーズンコレクションの起点となっていたインスピレーション源は今回はなく、ショーのテーマとなるものを掲げなかったという。だからこそ、そこに映し出されるのはブランドの根幹にある思想や、作り手にとって大切なものなのではないだろうか。

美しいドレープやカッティング、グラフィカルなテキスタイルが次々と登場していくなかで、アイコニックな花のモチーフは一際目立つ存在感を放っていた。輝くひまわりのブローチ、鮮やかなコスモスのプリント、そしてモデルが動くことで初めて花びらのようなシェイプを見せるスカート。それらの花は、多くの「人」の力があってこそ咲いたものであった。ひまわりのブローチは職人によりアルミホイルで作られ、プリント生地は京セラとの協業により環境負荷低減のためほぼ水を使わないインクジェット捺染プリンター「FOREARTH」を一部のテキスタイルで使用して制作。コートやジャケットにはこんにゃく加工を施した擬麻を用いるなど、日本が誇る手仕事と最新の技術が随所に見られる。

また同ブランドの本質である「人が着て初めて完成する服」を表現したかったという今回は、ランウェイだからこそ体感できた美しさがあった。骨格がクセとしてでるようなシルエットや動くことで弾む軽快なリボン、風になびく生地や足を前に出した時に見える繊細なデザインなど、動きと一体化して唯一無二の美しさを生み出した。

デザイナーの中島輝道がこれまで培ってきたデザインセンスと日本の技術が詰まった今回のショー。「人」とのつながりが、彼が表現したかった美しい花を咲かせた。

MURRAL

「花はなぜ美しいのか」そんな問いかけをされたとき、何を思い浮かべるだろうか。色?形?はたまたその存在自体…?

毎シーズン、コレクションのメッセージを花へと投影してきたミューラル(MURRAL)。デザイナーの村松祐輔と関口愛弓にとって、花とは常に彼らの美しさを映し出すものであった。そんな花と美の関係を追求していく中で、ドイツの植物学者・写真家、カール・ブロスフェルトによる植物図鑑『Urformen der Kunst』(1928)という1 冊の本と出逢ったという。全編モノクロで撮影されたその被写体は、植物を写しているはずなのにどこか違うもののように見える。とげとげしていたり渦を巻いていたり、多肉質だったり、白黒だからこそ見えてくる植物のシェイプは、エレガントな印象と同時に、ゾクッとしてしまうような奇妙さがあった。彼らはそんな写真を見て、このアンバランスさこそ自分たちの想う美しさの在り方であると気付いたと話す。

「花は美しいけど、それぞれ人によって捉え方は異なる。その“単一ではない美しさ”を表現したいと思った」。こうして、今回のコレクションが作られていく。ブラックやホワイトを基調としたルックの数々は、まるでモノクロの図鑑に映された植物のようだった。抽象的な花のプリントやビーズで編まれたスカート、大胆なアシンメトリーや違和感のあるシルエットは、花を見て感じるやさしさやあたたかさではなく、植物の生命力や力強さを感じた。そんなミューラルらしい花の世界に見惚れ、どんどんと引き込まれていく。

客席には、美しいセロシアの花が置かれていた。その花言葉は“奇妙”。自分が美しいと思うことも、他人にとってはそうではないかもしれない。個性や価値観が投影され、自分の中からでしか生まれない繊細な感情。花を見て美しいと思う理由は人それぞれであり、だからこそ面白い。

pillings

最後に、花を無くすことで大きな意味を持たせたブランドを紹介したい。

ハンドニットを中心とし、遊び心のあるクリエーションを展開してきたピリングス(pillings)。毛糸で繊細に編まれたフラワーモチーフのアイテムを想像する人も多いのではないだろうか。そんなピリングスが今回発表したのは、これまでのイメージとは異なる、シンプルで静かなルックの数々。ベージュをはじめとするヌーディーなカラーパレットにブラウスや薄手のカーディガン、スラックスなどが次々と登場し、ピリングスらしいデコラティブなアイテムは最後まで姿を見せなかった。まさに「花」が消えたのだ。

しかし、そこにはデザイナー村上亮太の繊細な想いが込められていた。それは、日常のなかで、大切なものを見つけるということ。今回のショーについて村上は、「言語化できないような閑かな感情を貴重なものに感じる。携帯電話の華やかな液晶画面ではなくアトリエの窓から見る、毎日変わり映えのない風景から何かを感じたいと思った」と語る。飾られたものではなく、ごく普通の、何もないものから感じ取ることこそ一番幸せなことであるのではないか。そんなメッセージに、強く心を打たれた。

一見シンプルに見えるその服も、カーディガンがずれるように配置されていたり、絶妙にボタンが開いていたり、あるはずのないところにシワが生まれている。日常で目にするものから何かを発見するように、それらの服をじっくりと見つめることによって、見えてくるものがあった。

中盤に登場した、ニットの上から樹脂コーティングを施した透け感のあるドレスは、レースカーテンから着想を得たという。村上にとってレースカーテンの存在は、オブラートのように内と外の曖昧な境界線を引き、自分を守ってくれるものだったと話す。日常に当たり前に存在するものだけれど、自分にとっては大切で愛おしく感じるもの。それを落とし込んだドレスは、見る者までも優しい気持ちにさせてくれる。

花という華があることだけが美しいのではない、そんなことに気付かされた気がする。もっと広い視野で日常を捉え、小さなことに幸せを感じたい、そう思わせてくれたコレクションだった。

 

Profile

松岡真琴Makoto Matsuoka アシスタント・エディター。幼い頃から憧れていた編集者を目指し、大学時代に出版社でのインターンやファッションメディアのライターを経験。傍らスタイリストmidoriに師事し、2024年新卒で『Numero TOKYO』に参加。夢だった仕事ができる今に感謝し、精進の日々。趣味は食べることと日記を書くこと。

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