恋愛感情を持たず他人に性的に惹かれないアロマンティック アセクシュアルを公表する歌人・川野芽生。ロマンティックとは何か?という問いからジェンダー問題について考える。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年5月号掲載)
──「ロマンティック」という言葉をどのように捉えていますか。
「私はアロマンティック アセクシュアルなのですが、そのように名乗るときに実は葛藤もあって、この場合、『ロマンティック』という言葉は恋愛を指します。社会的にも『ロマンティック』と言うと、恋愛にまつわる概念として認知されていると感じます。でも私は『ロマンティック』を恋愛に限定したくないんです。私にとって恋愛は全くロマンティックなものではなくて、もっとロマンティックなものがたくさんある。人間関係よりも、夢見る気持ち、憧れ、ファンタジーに向かう思いに近いものを感じるので、愛しているロリータ服のように好きなものを最大限追求する感じが私にとってのロマンティックだと思います」
──川野さんの原点にあるロマンティックなものとは?
「幼い頃からビーズやガラス製のアクセサリー、ドレス、お花に心惹かれます。特にバラの花が大好きで、小学生のときに自分で決めた部屋の内装はとにかくいちばんかわいいと思ったものを選んだので、カーテンも壁紙も全部バラ模様。姉は『調和が取れてない』と思ったそうですが、出来上がった部屋を見て、一貫して自分の好みで選ばれているがゆえに調和していることに衝撃を受けたそうです(笑)。今もそのお部屋が大好きです」
──好みが形成されたきっかけは?
「本の存在だと思います。小さな頃から本が大好きで、なかでも妖精が登場するお話が大好きでした。『赤毛のアン』のアンが憧れるものに私も惹かれて、お洋服や宝石など言葉から想像してロマンティックな世界を醸造していったのかもしれません」
愛でる気持ちと消費する葛藤、その両面を見つめる
──短歌、小説、エッセイと創作活動をされる川野さんですが、ロマンティックな世界観と性的な視線が近くにあると感じることはありますか。
「作品の感想は読者に委ねる部分ではありますが、小説『無垢なる花たちのためのユートピア』は性的搾取のお話を書いたけれど、ロマンティックに消費されてしまうこともあるのだなと感じました。この小説に限らず、搾取が憧れの視線で覆い隠されてしまうことはよくあります。例えば、恋愛関係のなかでは性暴力的な行為が『愛』として隠蔽され、暴力として認識されなかったり。ただ、憧れを感じるものに搾取的な部分が内包されていることは実際にありますよね。それを、自分が感じているロマンティックは悪いものではないと完全に遮ろうとするとかえって隠蔽に向かってしまうと思うので、善悪の両面があることを自覚するべきではないかと思います」
──美しさを愛してしまうこととその罪深さ、その両面を同時に受け止めることはできるのでしょうか。
「私は自然や動物に対して美しさを感じるのですが、自然や動物に対する人間による搾取の問題は切り離せません。きれいな街並みを前に感動すると同時に、そこで暮らす人たちの営みを侵害している可能性も考えます。美しいものを愛するとき、好きなものを擁護するように事実を見なかったり、自分の気持ちが正しいと思い込んだりするのは違うのかなと思います。ただ、そういう話題においては『自己反省』という方面にばかり話が向かいがちなのですが、動物ならば環境の保護や動物の権利、人ならばルッキズムの構造的な差別など、そもそもの問題は社会にあり、社会を健全にする方向に向かわないと心置きなくロマンティックを愛でることは難しいと思います」
──恋愛のイメージが先行しがちな「ロマンティックな関係」において理想はありますか。
「ロマンティックとは他者の存在が必須ではなくて、一人で生きていくことも十分にロマンティック。恋愛関係であってもなくても全ての人が共にありたい人と一緒に、または一人で生きていくうえで不利益や不自由がない社会であるべきだと思います。そのためには、社会が“あるべき”関係性を決めつけないで、一人で生きていくことにも全く懸念のない社会でないと自由な気持ちで関係を選択できないのではないかと思います。以前ロマンティック、アセクシュアルの友人が『ロマンティックフレンド』という概念を提唱していたことがありました」
──ロマンティックフレンドとは?
「ロマンティックな気持ちや行動を共有できる存在のようなイメージです。私の場合は水族館やプラネタリウムが好きなのですが、世間的にはロマンティックだと思われがちな場所なので、誰かと一緒に行こうとすると恋愛感情があると思われてしまうことがあります。そんな心配をしないで、好きなものを共有できる関係が欲しいなと。自分の好きな要素が恋愛関係に独占されてしまうことが、嫌だなと思います。
特に、恋愛の場合は告白で関係性をはっきりさせることができますが、友達だとそんなふうに好意を明示していいのか悩むことがあります。関係に名称を付けたいわけでも束縛したいわけでもないのですが、自分が好意を持っていて迷惑じゃないかわかりたいし、大事な人が落ち込んでいたり苦しい状況にあったりするときに、自分が手を差し伸べていいかどうかわかりたい。憶測を挟まずにお互いの気持ちを話せて、自分が力になれるときに手を差し伸べられる安心感があることが、私にとってのロマンティックな関係だと思います」
──身近でそんな関係性を感じた瞬間はありましたか。
「よく遊ぶ友人4人組がいて、クリスマスパーティをするためにお家に遊びに行ったら、それぞれのイメージに合わせたバラの花とティーカップを用意してくれていたんです。4人それぞれバラの色が違っていて、私は青みがかったピンク色。プレゼント交換をするときにも、それぞれに合ったタロットカードを配ってくれて、それをシャッフルしてプレゼントを交換しました。その時間や関係は、ロマンティックという言葉がいちばんしっくりきます」
ロマンティックとは反抗
──現代に足りないロマンティックとはなんだと思われますか。
「19世紀のヨーロッパで興った『ロマン主義』という文化・芸術運動がありますが、それは古典主義への反発として、個人の主観や自由を求める気持ちが盛り上がった運動でした。つまり、ロマンティックは『反抗』だと思うんです。ですが、現代のロマンティックは逆を行き、型にハマっている感じがします。
恋愛におけるベタなシチュエーションなど、ある時期にロマンティックだと思われたものの形骸だけが残って、精神が残っていない。ロマンティックとされるものの形は時代によって変わり得ると思っていて、社会にとって良いとされなくても、自分の心が真に求めるものを追求する気持ちがロマンティシズムだと、私は思います。恋愛感情がないなんてドライだと言われることもありますが、『私のほうがあなたよりも遥かにロマンティックだ』と思いますね(笑)」
──川野さんの心が真に求めるロマンティックは、確固たるものとしてあるのでしょうか。
「どうでしょうか……私が心惹かれるものは一般的なロマンティックの概念に重なる一方で、そうではないものもたくさんあります。ロマンティックの語源は、ロマンス語によって書かれた中世の物語からきたもので、恋愛に限らず魔女や空想上の動物、冒険が出てきます。私はその感覚に近くて、自分が今いる場所から離れたらどんな不思議なことが起きてもおかしくない、冒険へと旅立つ気持ちや未知の世界に対する憧れや勇気を内包するものを求めています」
──愛するロリータには、まさにそのような感情を抱きますか。
「ロリータ服は特に自分の好きを追求できるお洋服だと思います。TPOや人にどう見られているかは関係なく、自分の好きを貫く。なかには王子や少年装といったジャンルがあり、ロマンティックを追求していくと性別や年齢にとらわれなくなる感じがあります。袖の形やレースの種類などディティールにも自分の好きを妥協しない。その意味でも憧れや勇気を強く感じます」
Photo:Kisimari Interview & Text:Yoko Hasada Edit:Miyu Kadota
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