アイヌ文化×デジタルアートの注目作『ロストカムイ』体験インタビュー(前編) | Numero TOKYO
Culture / Feature

アイヌ文化×デジタルアートの注目作『ロストカムイ』体験インタビュー(前編)

ヨシダナギ撮影による「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」キーヴィジュアル。©︎nagi yoshida
ヨシダナギ撮影による「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」キーヴィジュアル。©︎nagi yoshida

2020年東京五輪に向けて注目が高まるアイヌ文化。その宇宙観をデジタルアートと融合させた作品「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」が話題を呼んでいる。映像を手がけたWOWとともに北海道・阿寒湖を訪れ、アイヌの精神文化に共鳴するクリエイターたちの熱意を体感した。(体験レポート+インタビュー前編)

アイヌ文化が今、大きな注目を集めている。2020年東京オリンピック・パラリンピック大会の開会式で、アイヌの踊りを披露する計画が進められていること。今年4月にはアイヌ民族を初めて「先住民族」と名言した「アイヌ新法」が国会で採択されたこと。そして、アイヌ文化をフィーチャーしたマンガ『ゴールデンカムイ』の一大ブーム。同作のコミックス累計発行部数は1000万部を超え、この夏にかけて大英博物館で開催された「Manga展」のキーヴィジュアルにも抜擢されるなど、国内外で旋風を巻き起こしている。 こうした気運の高まりのなか、アイヌ伝統の踊りと最先端のデジタルアートを融合させた作品が公開され、若い世代を中心に新たな共感の輪を広げている。「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」――。世界の少数民族を撮影した作品で知られるフォトグラファーのヨシダナギ、ビジュアルデザインスタジオのWOW、サウンドデザイナーのKuniyuki Takahashi、クリエイティブディレクターの坂本大輔(JTBコミュニケーションデザイン)ら、第一線で活躍するクリエイターたちが集結し、アイヌ文化とのコラボレーションを果たした革新的な作品だ。

『ロストカムイ』のデジタルアート演出の1シーン。
『ロストカムイ』のデジタルアート演出の1シーン。
その世界観を身をもって体感するべく、デジタルアート演出を手がけたWOW主催の体験ツアーに参加。『ロストカムイ』公演の様子から、阿寒湖アイヌのキーパーソンへのインタビュー、守り継がれてきた「光の森」の物語までをお届けする。


「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」のトレーラー映像。

阿寒湖アイヌの文化拠点で、時空を超えた体験へ!

訪問先は、たんちょう釧路空港から北へ自動車で約1時間ほど、北海道東部を代表する観光地の一つである阿寒湖。湖畔には約120名のアイヌが暮らす最大級の集落(アイヌコタン)があり、古式舞踊や音楽、数多くの儀式や伝統工芸など、祖先からの文化を今に伝えている。

そもそもアイヌとは、かつては東北地方から北海道、樺太や千島列島までに及ぶ広い地域で生活を営んでいた北方の先住民族。自然に根差した宇宙観や、日本語とはまったく異なる言葉であるアイヌ語、美しい紋様で知られる衣装やユネスコ無形文化遺産に登録されている古式舞踊など、独自の文化や精神性を育んできた人々だ。

阿寒湖アイヌコタンより、雄阿寒岳を望む。 Photo: Tomoaki Okuyama
阿寒湖アイヌコタンより、雄阿寒岳を望む。 Photo: Tomoaki Okuyama

対するWOWは、2016年のグラミー賞でデビッド・ボウイの追悼パフォーマンスを行うレディー・ガガの顔面にリアルタイム・トラッキングによるフェイスプロジェクションマッピング(※1)を行うなど、領域を超えて革新的な作品を展開してきた精鋭集団。そのデジタルアート表現はいかにして、アイヌ文化との融合を果たしたのだろうか。

(※1)WOW「The Lady Gaga Experience」The 58th GRAMMYs Awards|2016

阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」の外観。
阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」の外観。

公演の舞台は、アイヌコタンの一角に立つ阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」。村の守り神であるシマフクロウの像に迎えられ、ステージを見下ろすシアター内へ。

席に着くと、程なくして空間全体が暗転。闇の中にオオカミの遠吠えが響き渡る。アイヌのカムイ(神/精霊)の中でも「ホㇿケウカムイ(狩猟の神)」と呼ばれ、特別な存在だったエゾオオカミたち──。と、空間上にアイヌの伝統紋様が浮かび上がり、その中から一人の女性が現れる。「アイヌは……この世のあらゆるものに魂が宿ると考えていました」。その姿が光に包まれたかと思うと、立ち昇るオーラを放つオオカミの姿へと変身を遂げた。生身の人間による現代舞踊の表現と3DCGによるAR(拡張現実)空間、7.1チャンネルのサラウンドが融合し、森に息づくカムイたちの放つ軌跡がステージ上をダイナミックに駆け巡る。

『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama
『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama

やがて場面は伝統的な衣装を身に着けたアイヌ男性の剣舞から、燃え上がる炎を中心に歌(ウポポ)を歌い踊る女性たちの輪舞(リムセ)へ。衣服に施された伝統紋様や、それぞれの仕草すべてに意味があるという。おど踊る彼らの動き、炎に照らされた影と映像が、空間上で幻想的に交錯する。

『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama
『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama

最後は、演者たちと観客がともに同じステージに立ち、大きな一つの輪を描いて歌い踊る。反復するウポポのフレーズと移ろう光の中で踊るうちに、不思議な感覚が込み上げてきた。自分は今、アイヌの精神文化の一端をまさに身をもって体験している。そこにあるのは、見せる側と見る側、見られる側と見る側の関係を超えて、ともに手を取り合っていこうとするメッセージだ。思いを声高に主張するのではなく、訪れた人々を温かく迎え入れ、それぞれの心の感じるままにそっと送り出してくれる、時空を超えた体験…。

『ロストカムイ』より、演者と観客が手を取り合って踊る。 Photo: Tomoaki Okuyama
『ロストカムイ』より、演者と観客が手を取り合って踊る。 Photo: Tomoaki Okuyama

阿寒湖アイヌのキーパーソンが語る、『ロストカムイ』制作秘話

シアターから一歩足を踏み出すと、そこは再びの現実世界。でも、訪れた時とは何かが違う。変化は、自分の心の中に生まれていた。歴史的・観光地的な演目には必ず“見せたいもの”と“見たいもの”の意識差の問題が付きまとう。おそらく『ロストカムイ』はその隔たりを、制作に携わったアイヌの人々とクリエイター自らが乗り越えようとすることで、新たな境地を切り開いたのではないか。

そこへ至る道筋を探るべく、アイヌコタンの一角、アイヌの伝統家屋を再現した「アイヌ文化伝承館 チセ」へ。迎えてくれたのは、公演を主催する阿寒アイヌ工芸協同組合で理事を務め、阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」の舞台監督として本作品に関わった床州生(とこ・しゅうせい)氏と、同組合の西田正男 組合長。WOWのクリエイティブディレクター於保浩介(おほ・こうすけ)を交えて、伝統儀式「カムイノミ」にも使われるという囲炉裏を囲んで話を聞いた。

床州生氏(右)と西田正男氏(左)。 Photo: Tomoaki Okuyama
床州生氏(右)と西田正男氏(左)。 Photo: Tomoaki Okuyama

床州生「『ロストカムイ』で伝えたかったことを一言で表すなら、『役割なく天から降ろされたものは何一つない』という言葉に尽きます。人間は生き物を駆逐し、道路のために木を切ったり土を掘ったりしていますが、それらはすべて必要なものだからこそ存在しているというのがアイヌの考え方です。でも、阿寒湖を訪れる人たちのほとんどは、アイヌ文化を求めて来ているわけではない。その人たちに興味を持ってもらうのに、考え方を押し付けるのは一番やってはいけないこと。だからまず何よりも、『楽しい』と感じてもらおうと考えました。そして『みんなでともに生きていこう』というメッセージを込めて、演者とお客さんが一緒になって踊る。後で興味を持って調べてくれる人がいれば、実はそれがアイヌの思想だったということがわかる。それでいいと思っています」

西田正男「実は阿寒湖のアイヌは、北海道のさまざまな地域から強制移住させられてきた人たちの子孫です。僕の曾祖父は釧路アイヌでしたが、街の発展に伴って強制移住させられました。でもこれはアイヌに限らず、世界のどこへ行ってもそういう歴史があるわけですね」

阿寒湖アイヌコタンの町並み。 Photo: Tomoaki Okuyama
阿寒湖アイヌコタンの町並み。 Photo: Tomoaki Okuyama

「僕のルーツも同じく釧路のアイヌです。でも、僕が幼い頃から触れてきたアイヌの古式文化には、知れば知るほどに寛大で、考え方としても驚くほど先進的なところがある。『ロストカムイ』にしても、デジタルアートを導入したことに対して『アイヌ文化はそういうものじゃない』と思っている人も他地域にはたくさんいます。でも今の時代、デジタルは生活の中に普通に存在しているものですから、これを使わない手はありません。それによって、『僕らが考えているカムイの世界はこんな感じだよ』ということを視覚的に表現できたわけですから」

於保浩介「アイヌ文化は口伝の文化ですし、オーラの表現にしても形として表現されたものは存在しない。そこで、アイヌのみなさんと対話しながら、頭の中で思い描いていたものを具現化していった。オーラがオオカミの体を駆け巡る様子や、大木から立ち昇る様子…。それを一つのイメージとして提示し、子どもや外国人にも感覚的に理解しやすいものにできたことが、この作品の一つの意義だと思っています」

後編に続く)

「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」

会期/開催中〜2020年2月(予定)
会場/阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」
住所/北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4-7-84
公演時間/10月までは毎日15:00〜、21:15〜の2公演、11〜2月は毎日21:15〜の1公演
上演時間/約40分
観覧料/大人¥2,200、小学生¥600(当日)
URL/https://www.akanainu.jp/lostkamuy/

 

Edit & Text:Keita Fukasawa

Profile

深沢慶太Keita Fukasawa コントリビューティング・エディターほか、フリー編集者、ライターとしても活躍。『STUDIO VOICE』編集部を経てフリーに。『Numero TOKYO』創刊より編集に参加。雑誌や書籍、Webマガジンなどの編集執筆、企業企画のコピーライティングやブランディングにも携わる。編集を手がけた書籍に、田名網敬一、篠原有司男ほかアーティストの作品集やインタビュー集『記憶に残るブック&マガジン』(BNN)などがある。『Numéro TOKYO』では、アート/デザイン/カルチャー分野の記事を担当。

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