Culture / Feature

アイヌ文化×デジタルアートの注目作『ロストカムイ』体験インタビュー(後編)

ヨシダナギ撮影による「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」キーヴィジュアルより。©︎nagi yoshida
ヨシダナギ撮影による「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」キーヴィジュアルより。©︎nagi yoshida

2020年東京五輪に向けて注目が高まるアイヌ文化。その宇宙観をデジタルアートと融合させた作品「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」が話題を呼んでいる。映像を手がけたWOWとともに北海道・阿寒湖を訪れ、アイヌの精神文化に共鳴するクリエイターたちの熱意を体感した。(インタビュー後編)

アイヌの古式舞踊と現代舞踊、最先端のデジタルアートを融合させた革新的作品「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」。を体験するため、デジタルアート演出を手がけたビジュアルデザインスタジオのWOW主催の体験ツアーへ。前編に続いて、制作に関わった阿寒湖アイヌのキーパーソンにインタビュー。

“アイヌ文化×デジタルアートの融合”という革新的な取り組みは、いかにして実現し、どのような境地を切り開いたのか。公演を主催する阿寒アイヌ工芸協同組合で理事を務め、阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」の舞台監督として本作品に関わった床州生(とこ・しゅうせい)氏と、同組合の西田正男 組合長に、WOWのクリエイティブディレクター於保浩介(おほ・こうすけ)とともに話を聞いた。

『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama
『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama

アイヌ文化×デジタルアートの“必然の出会い”

床州生「僕らとデジタルアートの出合いは6年前、札幌の映像会社の社長からプロジェクションマッピングのアイデアをいただいたこと。その時は広場にマッピングをして僕が舞踊を踊ったのですが、見ていた人から『カムイの世界ってああいう感じじゃないか?』という声が上がったんです。それから数年が経って、カナダのデジタルアート集団「モーメント・ファクトリー」が、デジタルアートを使ったナイトエンタテインメントを阿寒湖で実施したいという話になった。ただ、彼らが会場として希望したのはここから少し離れた場所で、熱泥が湧き出る『ボッケの森』。でも僕らとしては、お客さんにイコㇿの公演も見てもらいたい。すると阿寒観光協会まちづくり推進機構の会長が『資金を用意するから、コタンでも新しいことをやりなさい』と言ってくださって。そこからJTBコミュニケーションデザインのクリエイティブディレクター・坂本大輔さんとの出会いがあり、坂本さんが奔走して、WOWやダンサーで振付師のUNOさん、サウンドデザイナーのKuniyuki Takahashiさんなど、クリエイターの方々に声を掛けてくれました」

阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」舞台監督の床州生氏。 Photo: Tomoaki Okuyama
阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」舞台監督の床州生氏。 Photo: Tomoaki Okuyama

於保浩介「最初に『手伝ってほしい』という話を聞いて下見に訪れた時は正直、そこまで深く関わるつもりはありませんでした。でも話を聞いていくなかで、『これは生半可な気持ちでやれるものじゃない』という気持ちが強くなっていった。アイヌの伝統芸能や文化はもちろんそれ自体が立派なコンテンツですが、きちんとした演出とプレゼンテーションで提示すれば、興味を持ってくれる人がもっと増えるはずだと確信したんです。WOWは会社のルーツでもある仙台にも拠点があるので、『BAKERU』など東北地方のお祭りや民俗芸能をモチーフにした作品も手がけています。そのなかで、時代とともに廃れてしまったお祭りや後継者の少ない伝統芸能を、デジタルアートによってみんなで楽しめるコンテンツとして表現することに可能性を見出してきました。今回の『ロストカムイ』にしても、受け継がれてきた文化を変えてしまうのではなく、文化のための舞台を作るのが僕らの仕事だと考えています」

モーメント・ファクトリーが手がけた「阿寒湖の森ナイトウォーク『カムイルミナ』」より、ボッケの森内に投影されたデジタルアート映像。今年7月から11月10日まで開催されている。 Photo: Tomoaki Okuyama (公式サイト)http://www.kamuylumina.jp/
モーメント・ファクトリーが手がけた「阿寒湖の森ナイトウォーク『カムイルミナ』」より、ボッケの森内に投影されたデジタルアート映像。今年7月から11月10日まで開催されている。 Photo: Tomoaki Okuyama (公式サイト)http://www.kamuylumina.jp/

「でも僕にすれば、どんなものができあがるのか、まったく予想がつかなかった。脚本を見てもまだわからなくて、クリエイターの方たちが集まってそれぞれのパーツが組み合わさってきて、初めて『彼らに自分たちの踊りを預けても大丈夫だ』と思えたんです。でも……これまでイコㇿの演出に関わってきて、ここまで脳味噌の奥がヒリヒリするような仕事は初めてでした(笑)。途中で『こんなに大変なら関わりたくなかった』と思ったことも何度もあります。開演してからも、お客さんがたった4人のこともあったけれど『集客を増やすのは俺と組合長の仕事だ。やっていることに間違いは絶対にないから』と言い続けてきました。でも次第に、子どもたちが作中で流れる歌を口ずさんだり、大人の方からも『涙が出た』という言葉をいただいたり。ようやく、『僕らがやりたかったのはこれなんだ』と気が付きました」

ヨシダナギ撮影による『ロストカムイ』キーヴィジュアルより。©︎nagi yoshida
ヨシダナギ撮影による『ロストカムイ』キーヴィジュアルより。©︎nagi yoshida

『ロストカムイ』が開いた、民族共生の新たな展望

「忘れられないのは、ヨシダナギさんの撮影のときのこと。まず、作中に出てこない場面をキーヴィジュアルに持ってくるという話が信じられなかった。坂本さんに『理由は後でわかるから』と言われて衣装集めから始めたんですが、明治時代以前のアイヌが来ていた服を探して、ないものは自分で作りました。靴作りのために皮のサケを探したときも、産卵のために川を遡上して皮が厚くなっているサケが必要なのに、そんなものはどこにもない。諦めかけた時に孵化場で飼育しているサケを見つけて分けてもらい、自分たちで皮を剥いで脂を取るところからやりました。撮影の時も、予想していた山や森ではなく、凍った湖の上がいいということになった。暖冬だったとはいえ、1月の朝4時のことでマイナス25度。それがこんなに素晴らしい写真になって…。今では僕らの宝物ですね」

阿寒アイヌ工芸協同組合長の西田正男氏。 Photo: Tomoaki Okuyama
阿寒アイヌ工芸協同組合長の西田正男氏。 Photo: Tomoaki Okuyama

西田正男「ヨシダさんの写真の魅力は、本当にすごいですよね。あれを見て、わざわざ見に来てくれる人もいるくらいですから」

於保「このプロジェクトに関わった誰もが、実感としては“仕事”というより、“そうせざるを得なかった”感覚だったと思うんです。みんな仕事の範囲を超えて、『もっと突き詰めよう』という熱量を注いでくれた。目的意識をちゃんと共有することができたからこそ、すごく思い入れのある作品になったと感じています」

ヨシダナギ撮影による『ロストカムイ』キーヴィジュアルより。©︎nagi yoshida
ヨシダナギ撮影による『ロストカムイ』キーヴィジュアルより。©︎nagi yoshida

「今日でちょうど『ロストカムイ』の入場客数が1万人を突破しましたが、ここで働きたいという人も出てきましたし、他の地域から来たアイヌの大学生は『阿寒はなんでこんなことができるんだ?』と言ってくれて。今後はぜひ、その子たちに舞台で踊ってもらいたいと考えています。中にはアイヌの人もいますし、アイヌに嫁いだ日本人や、アイヌ文化にリスペクトを持っている韓国人の方もいます。でも、僕は人種を敷居にしたくはありません。だって、アイヌがされてきたことを、今僕らがやったらダメですから」

西田「アイヌにはすごくエキゾチックな顔立ちをしている人が多いからか、踊りを見たお客さんの中には『踊り手がいないから、ロシアから連れてきたんじゃないか』って言う人もいるんですよ(笑)」

「要は、アイヌ文化にリスペクトを持って『やりたい』と思ってくれる人であることが大切だと思うんです。でも、わざわざこの場所まで来て踊ってもらうには、賃金の低さの問題がある。だから僕たちがムーブメントを起こして、歌や踊りの演者さんたちが満足できる対価を支払えるようにしていきたい。若い人たちがここでアイヌ文化を伝えながら、そのことに誇りを持てるようなステージを作ることで、そこからスターといえる存在が出てきてほしい。それが、僕たちの今後の目標ですね」

『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama
『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama

甦った森、失われたもの──自然と人間の未来に向けて

インタビュー翌日、床氏とともに阿寒湖畔に広がる「光の森」を訪れた。この森を守っている「前田一歩園財団」によって、普段は立ち入りが制限されている場所。アイヌにとってはあらゆる場所にカムイが宿る、神聖ともいえる場所──。

その深く生い茂った森の中へ、財団の山本光一氏の案内のもとに足を踏み入れた。氏いわく、この森は元・薩摩藩士の前田正名が明治政府からの払い下げを受けて、一度は牧野として開拓された。しかし前田はヨーロッパ留学で目にした美しい風景をきっかけに、「この森を切ってはならない」と森を残すことを決意したという。それから約130年。財団の人々の手厚い保全活動が実を結び、森は原生林と見間違うほどの再生を遂げた。

「光の森」にて、谷地(やち)と呼ばれる湿原。地形に応じて植生が変わり、豊かな多様性を湛えた森が広がる。 Photo: Tomoaki Okuyama
「光の森」にて、谷地(やち)と呼ばれる湿原。地形に応じて植生が変わり、豊かな多様性を湛えた森が広がる。 Photo: Tomoaki Okuyama

「北海道の森のほとんどは広葉樹が伐採され、針葉樹ばかりが並ぶ状態で、もはや風前の灯火です。でもここは広葉樹と針葉樹がモザイク状に入り混じり、多様性あふれる原生の形を保っている。倒れた木があちこちにありますが、そこにキノコやコケが生えて分解が進み、10年経ってようやく新たな木の苗床になる。それが立派な木に育つまでに、数十年から百年もの月日がかかるわけです。阿寒湖畔は温泉地でもありますが、日本中の温泉地で源泉の枯渇が問題になるなかで、阿寒湖温泉が豊富な湧出量を保っているのは他でもない、この森が豊かな保水力を保っているからです。こうした循環の一部が欠けるだけで、自然のバランスは崩れてしまう。そのことを、私たちはもっと学ばなければならないと思います」(山本氏)

「光の森」にて、樹齢推定800年以上といわれる桂の巨木。 Photo: Tomoaki Okuyama
「光の森」にて、樹齢推定800年以上といわれる桂の巨木。 Photo: Tomoaki Okuyama

森の奥には、『ロストカムイ』の作中でも神秘的なオーラを放っていた、樹齢推定800年以上といわれる桂の巨木がそびえていた。床氏の話によれば、かつてアイヌの人々は弓矢で鹿などを仕留めた際に、「人間の命をつなぐために鹿が矢を受け止めてくれた」と考えたという。そこから対照的に浮かび上がってくるのは、欲望の赴くまま、知能や道具にものをいわせて自然の恵みを剥ぎ取ってきた私たちの姿だ。その結果、『ロストカムイ』にも登場した「ホㇿケウカムイ(狩りをする神)」──アイヌの人々に狩りの仕方を教え、人間を助ける存在として敬われてきたエゾオオカミもまた、永遠にこの地球上から姿を消してしまった。

“日本文化”を語る時、知識人たちは自然を征服・制御の対象としてきた西欧近代の世界観に対し、“日本”の文化には自らを自然の一要素として受け入れ、共生していく知恵が根付いているという話を繰り返してきた。しかしその点において“日本人”は、まだまだ大いに学ばなければならない。自然と人間の間に線を引き、人間同士の間にも線を引く。近年のオリンピック開会式で環境保護や少数民族問題にたびたび光が当てられてきた背景には、そうした歴史が繰り返されてきたことをあらためて直視し、よりよいあり方を考えようという世界的な気運の高まりがある。異なる立場や思想信条の人々が関わり会う以上、問題は非常に複雑に入り組んでいて、とても簡単に解決はできない。でもだからこそ、社会的なレッテルを超え、人間として通じ合う者同士が一人ひとり手を取り合い、共感の輪を広げていくことが大切なのだ。

アイヌ民族の伝統的な祭礼具。 Photo: Tomoaki Okuyama
アイヌ民族の伝統的な祭礼具。 Photo: Tomoaki Okuyama

阿寒湖アイヌの人々が受け継いできた宇宙観をまだ見ぬ人々へ伝え、思いを広げていく試み──「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」。阿寒の地では今日も、“自分たちの作品”への誇りを胸にステージに立つ人々と、共感した人々との出会いの物語が紡ぎ出されている。アイヌ民族とクリエイターたちの小さな共感に端を発する、未来へのユーカラ(叙事詩)。その物語はまだ、始まったばかりだ。

「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」

会期/開催中〜2020年2月(予定)
会場/阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」
住所/北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4-7-84
公演時間/10月までは毎日15:00〜、21:15〜の2公演、11〜2月は毎日21:15〜の1公演
上演時間/約40分
観覧料/大人¥2,200、小学生¥600(当日)
URL/https://www.akanainu.jp/lostkamuy/

 

Edit & Text:Keita Fukasawa

Profile

深沢慶太Keita Fukasawa コントリビューティング・エディターほか、フリー編集者、ライターとしても活躍。『STUDIO VOICE』編集部を経てフリーに。『Numero TOKYO』創刊より編集に参加。雑誌や書籍、Webマガジンなどの編集執筆、企業企画のコピーライティングやブランディングにも携わる。編集を手がけた書籍に、田名網敬一、篠原有司男ほかアーティストの作品集やインタビュー集『記憶に残るブック&マガジン』(BNN)などがある。『Numéro TOKYO』では、アート/デザイン/カルチャー分野の記事を担当。

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