アーティスト市川孝典が綴る、創作の記録
Numero TOKYO 5月号『モノトーンの表現者たち』にて紹介しているアーティスト市川孝典。線香を使い和紙を焦がしながら描く「Scorch Paintings(線香画)」など独自の手法で自身の体験と記憶を表現してきた。自身の言葉で語られた作品への想い、創作活動の断片を覗く。
彼の緻密な線香画を精巧に複製した版画作品をNumero CLOSETにて抽選販売する。詳しくはページ末尾をご覧ください。
変化する環境の中で感じること
今も昔も自分にとって至極ありふれた日常を淡々と過ごしています。誰もが環境は変化するし時間の流れは止まりません。他人にとって非日常のことであっても自分自身にとっては普通のことなので、日常を丁寧に過ごすことを心がけているだけです。それは子供の頃から何も変わっていません。とにかく今を丁寧に過ごすことを必死に繰り返しています。
何気ない日常について思うこと
このことは私の作品のテーマにも少し通じることです。誰しもが時間の経過により、ただ淡々と過ぎ去っていった何気ない日常にとても感情が揺さぶられることに気がつきます。その一歩遅れて感じる感情をとても大切に描いています。そのなんとも言い難い感情の揺れを掴みたくて制作を続けています。
表現、作品を通して伝えたいこと
私の作品は記憶や体験が主なモチーフとなって、描かれています。作品からみえてくるものは各鑑賞者の経験や体験により作品が補完されて、変化していくようにコントロールしてつくられています。私のすべての作品にはそのための余白、余地を残しています。それが私と他者との少しの繋がりになり私の安心となります。これは決して鑑賞者が好きなようにみて感じてくれと言っているのではないです。正反対のことを言ってるのです。要するに、鑑賞者にとって幸せな1日になれば嬉しいです。
焼き付ける、削るという技法を選んだこと
描くことが必ずしも最善の方法ではないということです。あらゆる芸術、美術作品はいろいろな方法を使って制作されています。木彫や石彫は削ります。版画も削ります。フィルム写真は焼き付けます。要はつくりたいイメージを明確に持つ、その後イメージによりフィットする方法を考える。それはあらゆる分野の先人たちが創り上げ、私たちに繋げてきてくれたことでもあります。
主な作品のモチーフについて
古城に忍び込み泊まることを繰り返していた10代の数ヶ月、毎日のように見ていたマグライトで照らされたヨーロッパの森。10代の不安や好奇心や葛藤をマグライトに照らされた森を通して描いています。 忍び込んだ手付かずの古城の中では、もう使われていないシャンデリアを無意識に寝そべりながら マグライトで照らしていました。
そして幼少期に祖父のコレクションの時計を何度もバラして、何度も組み直していました。動かない時計を作り出すのが好きだったんです。 それは標本箱の昆虫やドライフラワーなどの永遠の美しさを手に入れた昆虫や花に生を感じるのと似ていました。
人の抜け殻のようなvintageのジャケットからは、確かにそこにいた人の痕跡を辿って気配を感じて服を通して人を描いています。 子供の頃に住んでいたジャズクラブの屋根裏では演奏が始まると、寝ている私の横の壁に踊るように照らされていた管楽器の影をみて以来、楽器を描くときは影を描いている。
時が経って自分が経験した気になっている好きな音楽、映画、小説、漫画、写真、他者の作品、雑誌、 ノイズの中に浮かび上がる映像などは、私の偽りの記憶の体験として紙上に再現しています。 これらのモチーフのすべては、私が、そして鑑賞者の目の端でみていた何気ない日常に出会った 私だけが忘れても良い事柄として捉えています。
版画制作との出合い
そして今回Numero CLOSETでも販売する版画ですが、版画制作への興味のきっかけになったのは、アパレルブランドとの協業でした。それ以前の私はアパレルブランドとの協業は避けてきたことでもありました。自分の作品が服などにプリントされて大量に消費されていくことをとても毛嫌いしていました。けれど、ブランドとの協業によって一つ私の中で変化がありました。パリでのランウェイショーをみたり、他人が着てるのをみたり、世界中のバイヤーが買い付けている様子や世界中の様々なお店に並んでいるのをみたときに面白く感じたんです。
いつもはオリジナル作品が私の手を離れるけれど、オリジナル作品が大量に複製プリントされて、コピーされてファッションと共に拡散していく様子がとても新鮮で楽しかったんです。着ている人は私の作品を知らない人が大半で、それがすごく面白く感じたんです。そのことで複製への興味が湧いてきて版画制作が始まりました。そこで、あらゆる版画を試した中で、コロタイププリントに出会い制作を開始しました。
Photos:Ai Miwa Text:Kosuke Ichikawa Edit:Masumi Sasaki