松尾貴史が選ぶ今月の映画『バックルームズ』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『バックルームズ』

1990年、家具販売員のクラーク(キウェテル·イジョフォー)はショールームの地下で不気味に輝く「異空間への入り口」を発見する。その先に広がっていたのは、見覚えのある部屋や廊下が無限に続く、巨大な迷宮だった……。映画『バックルームズ』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年10月号掲載)

「不安」を楽しむ新しいホラー

私たちは防災用具でも防犯システムでも傷害保険でも安眠枕でも、安心を得るために出費を厭わないものですが、なぜか「不安」というものを娯楽化して対価を払うという不思議なことをやるものです。

ホラー映画やお化け屋敷に入場料を払うことの論理的な理由を思い付かないままで随分と生きてきましたが、人間というものは不思議な動物です。ただ、「恐怖」はエンターテインメント化できるという理由は何となく想像できるのですが、「不安」を商品として買い求めるという酔狂な流れがあるのは面白いものです。

このケイン·パーソンズ監督の『バックルームズ』はまさに、不安をここまで面白く興味深いものにしてしまった珍品のひとつとなりました。導入から前半部分の、「何か変だ」という感覚から「明らかにおかしい」「絶対に狂っている」と深まる不安感は、身の危険無しに覚えられる不思議な娯楽になっています。黄色と白の中間のような壁紙で覆われた殺風景な部屋、時折明滅する蛍光灯、いたって無機質な廊下など、ありふれた日常の何ということもない環境の中で、何でもない場所が怖くなっていく増大する不安感がすこぶる魅力的なのです。

人がいて当然の場所なのに誰もいない、いわゆる「リミナル·スペース」での違和感を恐怖に変貌させていく手腕は至芸ともいえましょう。家具店の地下から「どういうわけか」つながっている不思議なスペースが物語の舞台です。同じような地味な部屋が延々とつながっているのですが、ウロウロする間に方向感覚や距離感が役に立たなくなってしまうなか、何かが襲ってくるわけでもなく、しかし何かに襲われるかもしれないという恐怖を、冒頭の「誰かが撮ったのだろう」というふうなビデオ映像で、ほぼノーカットの状態のままグイグイと引っ張り込んでいくのです。画角が限られる中、フレームの外側に何が忍び寄っているのかというイメージがどんどんと膨らんでいきます。

異空間、出口のない場所、正体不明の存在、そこが何であるかが不明、誰が「造った」のかなどでは、30年近く前の『CUBE』や、最近の『8番出口』なども共通する要素を持っていますが、そこで主要な登場人物が脳裏で思い描く哲学的な存在理由についての考察が、物語に深みを増しているように感じます。

不安が探究心となり、深みにはまるにつれ逃れられなくなって戦わざるを得なくなる段階の見せ方は巧みです。

渋谷では「リアル·イカゲーム」というアトラクションが開設され活況ですし、あちらこちらの街に「脱出ゲーム」の遊戯施設もあるようですが、社会の閉塞感を疑似的な物でも打破したいというニーズの表れなのかもしれません。

『バックルームズ』

監督:ケイン·パーソンズ 
出演:キウェテル·イジョフォー、レナーテ·レインスヴェ、マーク·デュプラス
公開中
https://a24jp.com/films/backrooms/

© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.
配給/ハピネットファントム・スタジオ

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史 Takashi Matsuo 俳優、タレント、創作折り紙「折り顔」作家など、さまざまな分野で活躍中。最新刊に毎日新聞のコラムの書籍化第6弾『違和感気質』。最近の出演作に映画『開戦前夜』など。カレー店「パンニャ」店主。@Kitsch_Matsuo
 

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