谷川嘉浩×田村正資×向坂くじらがひもとく令和人文主義とは|“新しい知”の楽しみ方 vol.1 | Numero TOKYO
Culture / Feature

谷川嘉浩×田村正資×向坂くじらがひもとく令和人文主義とは|“新しい知”の楽しみ方 vol.1

ニセ情報が渦を巻き、社会の分断が窮まって、不安と嘆きが絶えない時代。無力感を覚えるリベラル界隈の一方で、新たな兆しが芽生えていた。偉ぶらず、論破せず、より明るく軽やかに、知そのものを楽しもう――。哲学者・谷川嘉浩を監修に迎え、この新たな知の動向に光を当てたい。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年7・8月合併号掲載)

Supervision:Yoshihiro Tanigawa Edit:Miyu Kadota, Keita Fukasawa

 

座談会:今を生きるための “知のあり方”

教養を振りかざすのはもうたくさん。そんな時代傾向を感じ取り、「令和人文主義」と名付けた谷川嘉浩。この共有感覚、ありや? なしや? 同じく哲学者の田村正資、詩人の向坂くじらを交え、率直なところを話し合った。

【参加者プロフィール】

谷川嘉浩(たにがわ・よしひろ)
哲学者。1990年、兵庫県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。専門はアメリカ哲学、プラグマティズム。京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。著書に『スマホ時代の哲学』(ディスカヴァー携書)、『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(ちくまプリマー新書)など。共著書や翻訳書も多数。社会時評やカルチャー評論、エッセイなど幅広く活動するほか、企業との協働も行う。

田村正資(たむら・ただし)
哲学者・作家。1992年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門はメルロ=ポンティと知覚の哲学。2010年、伊沢拓司らと第30回高校生クイズで優勝。現在はYouTubeチャンネル「QuizKnock」の運営会社batonで新規事業開発などを手がける。著書に『問いが世界をつくりだす』(青土社)、『独自性のつくり方』(クロスメディア・パブリッシング)、『思考のストレッチ』(講談社)などがある。

向坂くじら(さきさか・くじら)
詩人。1994年、名古屋市生まれ。「国語教室ことぱ舎」(埼玉県桶川市)代表。クマガイユウヤ(ギター)とのユニット「Anti-Trench」朗読担当。著書に詩集『アイムホーム』、エッセイ集『犬ではないと言われた犬』(ともに百万年書房)、小説『いなくなくならなくならないで』『踊れ、愛より痛いほうへ』(ともに芥川賞候補/河出書房新社)ほか共著などがある。(Photo:かくたみほ 写真提供:河出書房新社)

時代の流れでひもとく「令和人文主義」

──谷川さんは、書評家の三宅香帆や本企画にも登場する哲学者の朱喜哲など、知的コンテンツを発信する現代の人々に共通する特徴を見いだすことで「令和人文主義」という言葉を提示していますね。

谷川嘉浩(以下、谷川)「一般向けに人文知を語り伝える潮流として、これまでとの違いは複数あります。まず、マルチチャンネル化。旧来のように雑誌や新聞だけでなく、動画やポッドキャストなど多様なメディアを使う。さらに、議論はするが論破的ではない。そして、知を誇示する教養主義とも、ビジネスに役立つ知をうたう『ファスト教養』とも異なり、知ること自体の楽しさを強調する。2020年前後から出てきたこうした言説の特徴を『令和人文主義』と名付けました。この対話では、これからの知や言葉のあり方を考えるにあたり、向坂さんと田村さんをお呼びしました。

お二人とも、比較や競争、規範や空気のような圧力に対して、一人になることを尊重していますね。田村さんは、どこにでも競争が入り込む時代だから、あえて『自己満足』が大事だと説き、向坂さんは、他人の規範に飲み込まれやすい時代だからか、自学自習法の本で『孤独』の重要性を強調している。さらに共通するのが、領域横断性です。お笑いの世界でもバカリズムや又吉直樹は、脚本や文芸で『芸人の割にいい』と枕詞ありきで評価されていたのが、コロナ禍前までには個として評価を確立しました。お二人をはじめとする現代の作家はこの延長にあって、メディア横断的に活動しても『〇〇の割にいい・悪い』とは言われない時代になったと思います」

谷川嘉浩の発信活動より、身近な物事に光を当てるポッドキャスト『To The Lighthouse – 視点と生活のラジオ –』。特定メディアに縛られずに発信手法を使い分けるのも「令和人文主義」の特徴といえる。なお、作家の渡辺祐真(スケザネ)と運営するポッドキャスト『Ink and Think』には、田村正資と向坂くじらも個別にゲスト出演している。

田村正資(以下、田村)「確かに僕自身も、従来の研究者のように大学に所属して言論活動を行うのではなく、フルタイムで企業に勤めながら人文的な著作を発表しており、似たようなスタンスの方が増えていると感じます。企業で働く以上は関係者と友好的な関係を築いて合意を導く姿勢が求められますが、そのバランス感覚が言論にも反映されているのかもしれない。上の世代のリベラル論者に対しては、政治とアイデンティティを過度に結びつけ、主張のために全身全霊で戦う姿勢を取りがちなところに、傍目から見ても息苦しさを感じてきました。そうではなく、意見が違ったとしても友好的に話そうという時代感覚があるのは確かだと感じます」

向坂くじら(以下、向坂)「私も、詩や小説を執筆するのと並行して『国語教室ことぱ舎』を運営しています。ただ、これについては消去法で追い込まれた結果という感覚が強いです。詩を書くだけでは経済的に自立できず、会社に勤めようと思ってもうまくいかず、教えることと書くことだけが残った。ただこれは私個人の問題ではない気がします。私たちを取り巻く環境として、その人がどういう人間かという全人的な要素、私なら“詩人でありながら国語塾もやっている人”という人格全体を消費したい欲求があるのではないでしょうか」

谷川「炎上も考察もそうですが、作品や活動自体より、その周辺情報のほうが話題を呼ぶ時代ですね。文筆に話を絞ると、文芸誌なども部数減や休刊が続き、大学院生数は拡大しているが就職先はない。メディアや大学が活躍の場を示せないなかで、発信のあり方や生計の立て方が多様化するのは当然のことだなと思います」

田村「今や文芸誌でもどこの誰だかわからない人の文章を載せることはほぼないですよね。最近出版されたオードリーの若林正恭の小説『青天』を例に取れば、才能が認められた彼自身のこれまでの活動というコンテクストがまず存在した上で、多くの人が興味を抱く。逆にいえば、人格への興味という文脈がなければ気に留めてもらえない。僕自身も『あのQuizKnockの会社にいる田村さん』と言われることに対して、一抹のもどかしさを感じてしまいます」

向坂「文芸界隈では今、詩と小説よりも短歌とエッセイが話題ですが、その背景として、フィクションを通して世界のありようを考えるというより、同じ現実にリアリティを持って生きている他人がいることを感じたい、という欲求の高まりがあるのかもしれないと思います」

谷川「日記や生活史が人気を集めているのも、その傾向の一端ですね。知らない人の生活の細部に触れたいのか、他人のキャラクターをも消費したい欲求の表れか、どちらともいえる。ただ、キャラありきで言葉を消費する動向は、文筆でいえば、私の知る限り1980年代頃にさかのぼります。そのあたりから、表紙のイラストや写真は添え物になり、特集テーマと著者、あるいは著者の組み合わせを前面に押し出す雑誌ばかりになる。キャラありきで文章に触れたがる傾向は、この頃からずっと続いている。であれば、この傾向が急に変わる未来は見えづらいです」

田村「そうした消費側の動きを踏まえつつ『令和人文主義』という言葉について考えるなら、発信側にも“主義”たり得る要素がもう少し必要で、より踏み込んだ議論をしていけるといいと思います。個人的には三宅香帆さんと谷川さんがこの動向の二大巨頭だと思っていますが、新しい主義の集団が登場したというよりは、時代に対応して広く読まれているのがこのお二人、という感じでしょうか。他方で、SNSで数多くの炎上を観測してきた結果、どう切り取られても問題になりにくい書き方を身に付けてきた世代であるということは、確実にいえることだと思います」

 

“正しさ”や競争から離れ、世界との関係を深めるために

『群れから逸れて生きるための自学自習法』向坂くじら、柳原浩紀/著(明石書店)2025年 画一化された一斉授業に困難を抱える中高生から、学び直しを求める大人まで。向坂が自身の学びの師で教育者の柳原とともに綴る勉強論。群れず、つるまず、自分自身でいるための学び方を通して、他者を理解し、世界を歪みなく捉える方法が語られる。https://www.akashi.co.jp/book/b659012.html

──かつてはメディア業界関係者のスキルだった“多方面に配慮した物言い”が、SNSを通じてあらゆる人の仕草になった。しかし向坂さんの共著書『群れから逸れて生きるための自学自習法』の冒頭には、あえて強い言葉が出てきます。「勉強をしなさい。と言われたら(中略)死ね、と思うだろう」。これは今や、書籍だからこそ成り立つ表現ではないでしょうか。

向坂「確かに、SNSでは書きにくいかもしれないですね。この本、通称『群れはぐ』のうち私の執筆パートは、ある一人の教え子に語りかけるつもりで書いたものです。いろんな理不尽を感じて不登校という選択をせざるを得なかった子たちが、勉強の機会を失ったまま社会からドロップアウトしていきかねないことに対して、怒りを感じているときに書いた文章でした」

田村「僕は冒頭の一文、いいなと感じました。本である以上『死ね』と書いて終わらず、『勉強しなさい』という言葉が私たちから自由を奪っている事情について、しっかり読ませていくことができるわけですから」

向坂「ありがとうございます」

田村「どこまで読み込んでもらえるかは本やSNSなどメディアごとに信頼性が違っていて、それに応じて書き方を変えるのも、この世代の重要なスキルです。けれども今や、こうした表現が許される場自体がほぼ失われていますよね。コンプライアンスの高まりの半面、心に溜まったモヤモヤを発散する文体が刈り取られてきたともいえる。同時に思い出したのは、ヒップホップユニットゆるふわギャングの楽曲『Dippin’ Shake』の『ビジネスがなんだ全員死ね』というパンチライン。世の中には『勉強しなさい』とか『お金を稼げ』とか、自立した生活を送ることと引き換えに無自覚に押しつけられている“正しさ”があふれているけど、そのなかで自分を完全に明け渡さずに生きていくにはどうすればいいか。『独自性のつくり方』では、それを『自己満足』という言葉で論じています」

『独自性のつくり方』田村正資/著(クロスメディア・パブリッシング)2025年 SNSをはじめ、何をするにも自分を上回る才能を見せつけられる現代。誰かとの競争や比較ではなく、自分の中に眠る独自性の種を見つけ出すにはどうすればいいか。自らの日常を「自己満足」の視点で捉え直し、社会とつながり直すためのヒントがここに。https://book.cm-marketing.jp/books/9784295411178/

谷川「媒体ごとに言葉を調整できる人は、自分を明け渡さない方法の必要性にも気づいているでしょうね」

向坂「『独自性のつくり方』で印象的だったのは『社会にポジティブな影響を与える』『世界を楽しめるようになる』といった言葉遣いです。この世の中でまだかろうじてあらゆる人に共通する言い方を探っていくと、こういう表現になるのかなと感じました。その意味で『群れはぐ』は正反対。学校に適応できず苦しんでいる子に向けて『楽しいから勉強しろと言う大人の話は信じるな』と書いています。十代でモヤモヤしている子たちに向けて、モヤモヤしたまま生きていたっていいじゃん、と伝えたかったところもありますね」

田村「僕自身、SNSに焚き付けられた誰かとの競争ではなく、何かをすることを“自分のため”に引き戻そうというアプローチであの本を書きました。つらいことでも、それを自分の中で受け止めて、時には言葉にしていくこと……『群れはぐ』では『暗い楽しみ』と表現していますが、読者に向けて、その先に楽しいことがあるかもしれないという予感を植えつけたかったんです。学校の勉強では同じ土俵で競争させられ、それを勝ち抜いて大学へ行ってようやく、一人一人が気になったことを学べるようになる。この順序をひっくり返したいという思いも込めています」

谷川「文学研究者の高田里惠子さんが、大正時代と現代を重ねながら、抑圧された感覚を抱く人が何かを学んだ先には『しみじみとした自由の感覚』があるんじゃないかと言っていました。いわば自分で自分自身をつくっていく自由です。『スマホ時代の哲学』で語ったように、全面的に自由であることはできないけど、規範や正しさにモヤモヤさせられる状態と向き合う術はある。孤独と自由を重視するところもまた『令和人文主義』に共通していそうです」

『増補改訂版 スマホ時代の哲学』谷川嘉浩/著(ディスカバー携書)2025年 スマートフォンがもたらした「常時接続の世界」で、なぜ私たちは「つながっているのに寂しい」と感じるのか。哲学を入り口に、メディア論、村上春樹や『エヴァンゲリヲン』まで。押し寄せる刺激の奔流から距離を置き、失われた孤独と向き合うための一冊。https://d21.co.jp/book/detail/978-4-7993-3142-2

消費の快楽を超えて続く自分だけのリアリティ

向坂「私が『楽しいから勉強しろと言う大人の話は信じるな』と書いた理由の一つに、何かを学ぶことはいわば長距離走の楽しみであって、それをショート動画のような短距離走的な楽しみと比べることへの危惧がありました。楽しさにすぐつながらないから『自分には勉強する才能がない』と思い込むのを防ぎつつ、どうすれば長距離だからこそ得られる楽しみがあることを伝えられるか。詩と小説、短文と長文を書いている立場としても、とりわけ身につまされるところです」

田村「僕もなんとか長期戦に引き込もうとして書いているところはあります。説明パートで深い話をしすぎると離脱されるというのはYouTube的な考え方かもしれませんが、“惹き”になる言葉を投げかけつつ、いかに長く話を聞いてもらえる環境をつくるかを試行錯誤しています。『群れはぐ』でも、与えられた問題をただ解くのではなく、つらくても最初に基礎的な法則を覚えることで世界に対する感性が変化し、味わえる要素が増えると説いています。これは自分と世界の関係を変化させ、いかにリアリティを獲得していくかということだと思いました」

谷川「田村さんは以前、クイズとは人生で覚えたことを別の仕方で並べ直すことであり、それが魅力の一つだと言っていましたね。それも、リアリティの話に該当しそうです」

田村「僕も高校生の頃はクイズに勝つため、ひたすら固有名詞を覚えていたわけですが、それを続けていると、今度は覚えた固有名詞が興味のフックになるんですよね。例えば、覚えた固有名詞を大学のシラバスで見かけて気になる。それが次のアクションにつながるかもしれない」

展覧会「『チ。―地球の運動について―』×東京シティビュー ~世界の見方が変わる体験を、展望台で~」展示風景。中世ヨーロッパにおいて禁じられた地動説をめぐる人々の探求と葛藤を描く、魚豊の人気マンガ作品より、“信念”や“感動”にまつわる台詞やシーンを谷川嘉浩の監修のもとに抽出し、伊藤亜和らの言葉とともに展示構成。今年4月10日(金)〜6月8日(月)まで東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52階)にて開催された。©魚豊/小学館 https://tcv.roppongihills.com/jp/exhibitions/chi-event/

新刊『思考のストレッチ』田村正資/著(講談社)2026年5月28日発売 何でもAIでできる時代、思考する楽しさは自分だけのもの。文芸誌『群像』の連載エッセイ「あいまいな世界の愛し方」を書籍化。フラれて哲学講義に身が入らなくなった経験、『ちいかわ』『葬送のフリーレン』を読んで考えたこと…。誰かが考えた正解ではなく、自分だけの「?」を探す遠回りの思考法。https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000426610

谷川「今の時代は『あれを得るためにこれを消費する』というように、短距離走的な楽しさをベースにしすぎることで関心のフォーカスが狭まりますよね。そこで大事になるのは“関心をにじませる”ことです。例えばBTSにハマると、ついでに彼らが食べているものや彼らの言葉、韓国の歴史や政治など、関心が派生することがあり得る。BTSを単に聴くだけならいらないんだけど、ここには長距離の楽しみ、学ぶことの楽しさがある気がします」

向坂「私もことぱ舎の本棚に、あえて子どもが読まないような本を置いて、生徒たちが目にすることで引っかかりが増えてくれればいいなと思っています。今や本を一冊読むのも大変な子どもたちに向けて、長く息を保ち続けることのハードルをいかに下げられるか……自分の知らないことと、知っていることのアクセスポイントをいかに増やすか。両者を結びつける回路をいかに鍛えていくかを、日々考えています」

田村「学習指導要綱で導入が進む『探究学習』では『好きなものをきっかけに問いを立てよう』というアプローチが定番のものになっていますが、好きなもの=短期的な楽しみで満足しているとすると、なぜそんな面倒くさいことをと思いかねません。どうにか、見方そのものを楽しんでもらえないか。僕が中高生向けの講演でよく言及するのは、見方によってウサギにもアヒルにも見える騙し絵です。ウサギにもアヒルにも見える絵が、もっと角度を変えると足に見えたりする。それと同じように、物事の見方によって新しい楽しみが広がることを、どう伝えていくか。推し活にしても、決められた作法をなぞる形が主流で、本当に楽しめているのかと思えてしまう。いわばフォーマット化された考え方にどうやって楔を打ち込んでいけるのか、考えているところです」

同じ形がウサギにもアヒルにも見える多義図形。20世紀を代表する哲学者、ルードヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)が人間の知覚を論じる際にこの図を引用し「同じ……にもかかわらず、同じではない」と述べた。写真は、田村正資が所属するbaton社の通販サイト「QurioStore」で販売中の「Same? Tシャツ」の絵柄より。(図版提供:QurioStore)https://quriostore.com/products/same-shirt

谷川「今や好きであることのなかにも“正しさ”が忍び込んでしまっているわけですね。みんなと同じように楽しまなければいけないという規範が。確かに、一つのことをいろんな視点で楽しめるんだと知ることで、そこから逃れられるかもしれない」

 

押し寄せる情報に流されず、自分を知り、世界を学ぶ

──その姿勢は、従来のリベラルの言説では“主体性を取り戻す”と表現されますが、闘争的な姿勢で社会分断を招いたと指摘される旧リベラル的な言い方を避けるならば、どのような表現になるでしょう。

谷川「そもそも取り戻すべき“主体性”があるかどうか、自明ではない気はしますが、世間で正しいとされる学びや働き方、消費に自分が適応できていないと感じる人はいるのかなと。そこで“正しさ”を訴える誰かの声に飲み込まれないためには、まず孤独になることですよね。連帯というか、仲間とのつながりも、その先にあるんじゃないでしょうか」

向坂「この間、芝生に座って絶対にスマホを見ないと心に決めて、ぼーっとしようとしたんです。なのに、どう見られるかを意識しながらしか座れない自分に気づいて、忸怩(じくじ)たる思いで帰ったんですけれども。本や小説で孤独について書いている一方、まったく一人であることはできないとも思っています。そこで希望のように思えたのが、世界と自分がどう作用し合っているかに目を向けて、それを人に伝わる言葉にするという『独自性のつくり方』の話です。さっきのクイズやBTSの話がそうですけれど、他人と共有しようとすることで、ある経験を深化させることができるということですよね。AのようにBをするとか、Bを考えるときのやり方でCを考えるというのは、考えることや知ることを広げる契機にもなると思いました」

田村「僕たちは今や、見出しやサムネイルなど、人のアテンションを惹き付ける刺激の強さや『勉強しろ』『お金を稼げ』といった言葉に、あまりにも搦め取られてしまっています。それでも、自己満足を通して自分なりの領域をつくることはできるはず。自分がどんなふうに形作られ、どう自己満足する人間かがわかれば、それを糸口に他人についての見方を広げていくことができるし、強い刺激や言葉から距離をとることもできるんじゃないか」

谷川「今回は“教える人”としての話が主でしたが、向坂さんの詩集『アイムホーム』は、比喩や固有名詞で視点人物の孤独な世界を描いたり、読者と世界の関係を読み解く言葉を示したりする、広がりのある本だなと感じました」

『アイムホーム』向坂くじら/著(百万年書房)2025年 家や部屋、身体、生活などについて書かれた全47編からなる詩集。版元の百万年書房がかつて入居していた建物が取り壊される際、空っぽになった部屋と向坂が向き合い、人間の痕跡が残る壁や床、家具などに即興で記していった詩が、細川葉子による写真とともに収録されている。https://millionyearsbookstore.com/works/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/

詩集『アイムホーム』収録の写真より。下書きをせず、もぬけの殻となった空間に直接、文字をペンで書きつけていった。このときに紡ぎ出された詩の一部は、建物のドアや鏡、棚などとともに保存され、「向坂くじら展 アイムホーム」としてDAIKANYAMA GARAGE(東京・代官山)を皮切りに各所で展示されている。(Photo : 細川葉子)

向坂「詩人としてどう生きるかを考えると、自分が知らない世界を知っている言葉でたとえる行為には、他人とつながるための美しさと同時に自閉的な面もあることに思い至ります。『独自性のつくり方』でも、比喩を使って自分の自己満足を他人と共有する話がありましたが、比喩のほうにこそ現実の姿があるとも思います。その狭間にいることを大事にしたいです」

谷川「世間の規範から逃れることはできないけれど、そのなかで自分のとらわれ方に気づき、自分なりに自分を組み立てようとする自由はあるし、与えられた楽しみ方に反発して、別の視点に立ちながら新しい楽しみを編み出していくこともできる。“新しい知のあり方”の重要な仕事はここにあるのかもしれませんね。お二人とお話しできてよかったです。ありがとうございました」

Edit:Keita Fukasawa

 

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