ニセ情報が渦を巻き、社会の分断が窮まって、不安と嘆きが絶えない時代。無力感を覚えるリベラル界隈の一方で、新たな兆しが芽生えていた。偉ぶらず、論破せず、より明るく軽やかに、知そのものを楽しもう――。哲学者・谷川嘉浩を監修に迎え、この新たな知の動向に光を当てたい。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年7・8月合併号掲載)
Supervision:Yoshihiro Tanigawa Edit:Miyu Kadota, Keita Fukasawa
ある「企業内哲学者」の肖像
近年、ビジネス界で哲学への関心が高まっている。哲学者を正規雇用する企業も現れ、彼らは「企業内哲学者」と呼ばれている。哲学者・朱喜哲がこれまでのキャリアを振り返りながら、哲学がビジネスに求められるようになった背景をたどる。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年7・8月合併号掲載)

働きながら学び、学びながら働く
2011年4月、東日本大震災の影響が色濃く残る東京で、広告会社の社員として働き始めた。修士卒だが、そういう枠はなく学部卒に交ざってのいわゆる新卒一括採用だった。二カ月の研修を経て配属されたのは、「マーケティング·アナリティクス」を掲げるチーム。当時いよいよビジネスにおいても各種データを用いて、計画立案から効果検証まで一気通貫でやる「データドリブン·マーケティング」が台頭し始めていた。数年前から始動したそのチームは、アメリカで工学分野の博士号を持つ部長がリードし、理系の修士卒の先輩たちが鎬を削る「最先端」の雰囲気がある場だった。
文学部から文学研究科に進学し、20世紀アメリカの哲学史についての修士論文で学位を得た「ド文系」の私が、どういうわけかそのチームに配属される。いや、たぶん「わけ」は推測できる。エントリーシート以来、自身の専門を「分析哲学」と書いていたのだ。それは半ば戦略的だったのだけど、「分析(アナリティクス)」というワードは、自分が思っていた以上に、当時のビジネス界では好意的に響いた。たぶん(ほぼ同じ分野を指すのに)「言語哲学」や「現代アメリカ哲学」とでも書いていたら、このキャリアパスではなかったかもしれない。

まったく専門性と異なるチームに配属されて、必死に学びながら働いた。エクセルを入り口に統計ソフトを触り、統計学を基礎から学んだ。大量のローデータを加工し、集計し、分析する。そこから意味を読み取って提示し、クライアントの意思決定を助ける。データ分析は面白かった。単に統計の知識やテクニックだけでなく、ある変数がどんな「意味」を有しているのか、そしてそれはそもそも「介入」可能なのか、というデータが表すビジネスの営みについて、実質的で実際的な知識を要することだった。
データにも「存在論」や「意味論」があり、それを駆使してクライアントの意思判断の「理由」となるかどうかが変わってくる。これなら哲学で培ってきた勘どころや思考トレーニングが生きるかもしれない。翌日の分析手法を吟味し、翌週のプレゼンで専門家然と振る舞うために必要な統計学·データサイエンスを学びながら、そんな自分独自の強みを見いだしつつ働いた。
13年には西内啓『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)がベストセラーになる。私たちの分析対象となるデータも、ますます普及するスマートフォン由来の位置情報や購買·決済履歴など「行動」をくまなく計測したものになっていく。日進月歩のデータ動向とデジタル·プラットフォーマーの台頭は、その環境下でマーケティングに勤しむ私たちに、いま自分は確かに時代の最先端に参加しているという感覚を与えてくれていた。

──さて、これはもう「昔話」だ。いま最盛期だと業界の末端にいる現場の人間が感じているとき、それはすでに斜陽にある。あまりに圧倒的に世界を覆ったアメリカ資本のプラットフォーマーは、人類単位の警戒対象となり、野放図な「データ利活用」にも待ったがかかる。なにしろ、ここでのデータとは、私たちの一挙手一投足であり一言一句なのだ。それらがサービス利用と引き換えに大企業に独占され、産業の礎となる。国家をもしのぐ存在になりつつあるプラットフォーム企業にこそ、枷をかけなくてはいけない。
こうして16年にはEUで一般データ保護規則(GDPR)が制定される。統計学が「覇権」を握っていた時代は終わり、企業に対しても社員に対しても「哲学·倫理」こそが重要だとうたわれるようになる。企業は「パーパス(存在意義)」を掲げ、理念に照らしてコンプライアンスを徹底した経営が求められる。米企業が世界を席巻するなか、国内プラットフォーマーも西洋基準のプライバシーポリシーやデータ倫理指針などを設ける必要に迫られていく。自分たちが奉じる「価値·理念」について言葉にしなければならない。それは、まさに哲学が得意とする領域だ。18年にベストセラーになったのは山口周『武器になる哲学』(KADOKAWA)だった。
19年(ちょうど「令和元年」だ)、私がビジネス色の欠片もないアメリカ哲学史に関する博士論文で学位を取得した頃、ビジネス界では哲学に追い風が吹いていた。私自身は倫理学の専門ではなかったが、少なくとも「正しさ」にまつわる「価値·理念」の言葉遣いを分析した哲学者たちの文献を読むという専門性は有しており、その市場価値は今後上がる気配があった。
かつてのデータアナリティクスのチームはすでに発展的解消しており、私が初期には統計学の教科書を横目で見ながらやっていた分析は出始めの生成AIに投げるべき典型的な作業になりつつあった。自分が学んだスキルや知識が無駄だとは思わない。いまでもAIより気の利いた分析や、その報告プレゼンをできる自信はある。しかし、もはや生身の人間が時間と労力をかけて分析することは、採算の合わない不合理なことだ。

かくして、哲学分野の学位を持ち、データサイエンスについて学問ならずとも実地で手を動かし続けた私にとっては、「哲学」を前面に出すことはむしろビジネスパーソンとして最善の打ち手であると思われた。ビジネスにおいて大事なのは「信頼」だ。そのためには、ライセンスとしての学位は重要だし、誰がどう言おうと、アカデミアの権威もちゃんと通用する。人文系アカデミアに根を張りながら、その専門性をビジネスに架橋することは、対象ビジネスを知っていればこそできる。二つの文化を行き来するから、その間に開かれ得る「市場」がわかるのだ。そうして、いまも学びながら企業で働いている。
ここまであえてn=1の、日本のビジネス界に何人いるかわからない「企業内哲学者」が学び続けながら働いてきた経緯を書いた。就業して15年で、必要な専門性も熱い視線を注がれる分野も一変した。しかし、無駄なことはなにもなかった──と少なくとも自分の場合には言える。哲学書を一冊も開けず統計とデータサイエンスを学んだ時期も、ずっと「タウマゼイン(*)」というべき喜びと共にあった。それが哲学でなくて、なんだろうか。
*古代ギリシア以来、哲学的探求の始源にある「驚き」のこと。
Text:Heechul Ju Edit : Miyu Kadota
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