ベッドに横たわる全長6.5メートルの女性の姿、あるいは数十センチのカップル像……。真に迫った生命感、孤独や不安の表情が私たちを揺さぶり、思索を促す。素顔を見せない才能による、深遠を湛(たた)えた彫刻群が、ここ東京に初集結する。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年6月号掲載)



代弁者が語るロン・ミュエクの輪郭
取材を受けず、滅多(めった)に姿を現さないアーティスト。代理人の言葉を通して、創造の背景に光を当てる。
ディティールが生む圧倒的な存在感
ロン・ミュエクの彫刻ほど、実際に「見る」または「出くわす」ことが重要となる作品も、またとない。イギリスを拠点に活動するミュエクは、毛穴や浮き出た血管、皮膚のたるみなどディテールを執拗に表現した人物像で知られる。なぜそこまでするのか。アーティスト本人は取材に応じず、個展オープニングにも顔を出さない方針ゆえ、代理人で共同制作者のチャーリー・クラークにコメント取材を行った。
「ロン・ミュエクはとても彫刻家らしい彫刻家であると私は考えています。粘土などの可塑性のある素材を自在に操り、光の当たり方に応じて変化する素材の性質を巧みに生かしながら、フォルムやテンション、個性、表情を表現します。ミュエクの彫刻は、観察に裏打ちされた驚くほど緻密なディティールと共に、深い洞察による(対象物の)内面性をも描写しているのです」
ロン・ミュエクは寡作だ。一体の完成に一年以上を要することもあり、作品総数は50点ほど。長い創作時間は、作品がアイデンティティを獲得するのに必要とクラークは言う。
「制作に非常に長い時間をかけるからこそ、発見があり、理解が深まる。そして、作品が個性を帯びて語りかけてくるようになる。作品が展示のためにスタジオを離れるときには、作品と作者はすでに多くの経験を共に分かち合っています。作品が実際に設置され、彫刻が自らの足で展示空間に立つ姿を見て、ようやく完成したと感じられることもあります。
異なる建築空間や、異なる作品群のなかで展示を重ねるうちに、作品が成長し、違った側面を見せ、予測しがたい反応を示してくれるようになる。その一つ一つの機会が、作品のアイデンティティのなかに折り畳まれていくように感じます。作品は機会を重ねることで成長していく。それこそが、鑑賞者に豊かな出合いを創出しようと試みる我々を後押ししてくれるのです」

彫刻に時間が宿る理由
ミュエク作品の前に立つオーディエンスの多くは、像をためつすがめつ眺めながら、その場に長くとどまる。クラークがこう続ける。
「ミュエクの作品は、人々が足を止めて見入り、思考を巡らせ、やがて彫刻が語りかけてくるのをゆっくりと待つ、そんな時間をもたらしてくれます。画像を瞬時に見て判断し、すぐに次へと移っていく現代において、彫刻は絵画と同様に、ある種『時間に基づく体験』であると私は信じています。それは、人と出会い、親しくなっていく過程に似ています。第一印象があり、人柄に触れ、その人を知るにつれて、個人的なつながりが育まれる。ミュエクの彫刻の鑑賞には長時間を費やすことになりますが、作品自身が、自らが何かを明かすことでその労に応えてくれます。
鑑賞者はそれぞれ作品に異なるものを見いだし、自身を投影したり、自らの経験を覗き込む窓として捉えたりします。また、見知らぬ人同士が互いに感想を語り合う場面もしばしば見受けられます。ミュエクは自身の経験とヴィジョンに忠実に作品を制作していますが、作家自らの解釈を添えずに作品を提示することで、鑑賞者は『正解』探しに縛られることなく、自由に思考を巡らせることができるのです」

スケールの操作が生む「もう一つの現実」
今回の展覧会はカルティエ現代美術財団を皮切りとした世界巡回の一環で、キャリアを通覧する大規模なもの。作品が網羅的に見られる機会はまれであり、各地で話題の的だ。
実際にミュエク作品を体験するにあたって、スケールの問題にも着目したい。ミュエクの作品は常に巨大か極端に縮小されており、等身大は意図して避けられているようだ。この点に関してクラークの見解は?
「ミュエクの彫刻は鋭い観察とディティールの描写に基づいていますが、それは決して鑑賞者を欺こうとするものではない、と私は考えています。彼の作品はそれ自体で完結した独自の世界を提示しています。作品全体に貫かれたディティールの描写ゆえ、鑑賞者は自然とこれを受け入れ、『もう一つのリアリティ』に誘われるのです。彫刻を鑑賞することは心の旅のようであり、見る人を引き込む要素の一つが、スケールの変化です。実物よりも大きな肖像は、通常ならためらわれるほど近くまで鑑賞者が歩み寄ることを可能にします。
一方で、小さなスケールの彫刻は異なる視点をもたらし、大人が子どもと同じ目線で会話するために屈み込むように、覗き込むことを鑑賞者に促します。どの彫刻も、それが紛れもなく『正しい』スケールで、それ以外のサイズであることはもはや考えられないほどです。彼はスケールを作品の本質的な要素と考えており、スタジオの壁に図面を描いて、自身の身長とのサイズ感を図りながら微調整を重ねています。スケールの変化は大小にかかわらず、没入感を高めてくれます。今回のような個展では、鑑賞者は展示室から展示室へと移動するたびに意識を絶えず集中し、作品と対峙することになるのです」

せっかくの大規模個展なので、作風の変化もたどってみたい。出品作の一つ『マス』は2017年の制作で、100個の巨大なドクロの彫刻を積み上げたインスタレーション。それまでのキャリアで長らく個の存在感を追究してきた作家が、より集合的で抽象的な存在のありようを探ろうとシフトするさまを、実作を通して感じ取れるだろう。本展ではフランスの写真家による制作風景も公開され、創作への理解をより深められそうだ。




クラークは、ロン・ミュエク作品と関わる喜びをこう語る。
「世界中の美術館でミュエクの彫刻を展示する仕事に携わることができたのはこの上ない光栄でした。そして、幅広い層の観客の反応を目の当たりにできたことが、最大の喜びとなっています」
ロン・ミュエクの彫刻は、作品と対峙したオーディエンスが何かを感じ、受け取ったとき完成する。大いなる驚きを体感しに会場へ向かおう。
「ロン・ミュエク」
寡作で知られるロン・ミュエクの作品を初期から近作に至るまで紹介する、日本で18年ぶり2回目の大規模個展。カルティエ現代美術財団(パリ)を起点に、ミラノ、ソウルを経て、同財団と森美術館の共催により全11作品が東京へ上陸を果たす。フランスの写真家・映画監督ゴーティエ・ドゥブロンドによる、作品の制作過程を記録した写真と映像作品も併せて公開。最新情報はサイトを参照のこと。
会期/4月29日(水・祝)~9月23日(水・祝)
会場/森美術館
住所/東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
URL/www.mori.art.museum/jp/exhibitions/ronmueck/
Text : Hiroyasu Yamauchi Edit : Keita Fukasawa
