
皆さんは、スタヴァンゲル(Stavanger)という都市の名を耳にしたことはあるだろうか? ノルウェー南西部に位置するフィヨルドの玄関口として知られる港町で、かつてニシン漁や缶詰工業で栄え、1969年に沖合で北海油田が発見されて以降、ノルウェーの石油の首都として名を馳せている。
そんな街がいま、北欧最先端のガストロノミーとスマートなカルチャーが息づく場所として、グローバルなトラベラーたちの視線を集めているのだ。ロンドンやアムステルダム、ヘルシンキといったヨーロッパの主要ハブ空港からの直行便も運航し、日本からもこれらの主要都市を経由してスムーズにアクセスが叶う。混雑や喧騒から離れ、感度の高い大人たちのウェルネスな目的地として機能する、知られざるスタヴァンゲルの魅力に迫る。
ストリートアートが盛んで、カラフルな家々が立ち並ぶ歴史ある港町

スタヴァンゲルの人口は約15万人で、日本でいえば鳥取県の米子市ほど。しかし、エネルギー関連事業のビジネス客や、レジャー目的の観光客など多くの人が訪れる人気の渡航先だ。2024年のデータ(Destinasjonsanalyse Stavangerregionen、Cruise Traffic Levels Off in 2024参照)で年間宿泊数はのべ450万泊、クルーズ船での訪問者は2024年で約60万人におよび、ノルウェー国内においてはベルゲンやトロンハイムと並ぶ主要なハブ都市となっている。

スタヴァンゲルは中心地を歩いて回れるほどコンパクトにできているが、エリアごとに全く表情が異なり、街歩きが楽しい。歴史の記憶を今に伝えるのが、18世紀から19世紀にかけて建てられた170棟以上の白い木造家屋が保存されている旧市街「Gamle Stavanger」だ。石畳の狭い路地と純白の壁、テラコッタの屋根瓦がノスタルジックな雰囲気を醸し出す。

その白い世界との対比を見せるのが、通称「カラフルな通り」と呼ばれる「Øvre Holmegate(Fargegaten)」だ。約22年前に一人の美容師とアーティストのアイデアから生まれたこのエリアは、当時の人気TVドラマ『マイアミ・バイス』からインスピレーションを得て、パステルピンクやターコイズに彩られた建物が並ぶ。

通りには独立系のカフェやバー、ヴィンテージショップが軒を連ね、若者や高感度な人々が集うカルチャーの発信地となっている。

街の記憶を伝える建築もユニークだ。1100年代初頭に建てられ、最近900周年を迎えた「スタヴァンゲル大聖堂」は、地熱エネルギーによる近代的な暖房システムを導入し、サステナブルに進化している。

また、1850年に建てられた火の見櫓の「ヴァルベルグ塔」や、港沿いに佇む「ノルウェー石油博物館」など、歴史と先進的なマインドが同居する街並みは、歩くたびに新鮮なインスピレーションを与えてくれる。

さらにこの街の知名度を上げたのが、2006年から続く国際的なストリートアートフェスティバル「Nuart」の存在だ。街のいたるところで、世界的なアーティストたちの作品を見ることができる。

例えば、覆面アーティスト・バンクシーの初期メンバーとして活躍し、現在はオスロを拠点に活動するDot Dot Dotのアートもその一つ。街の壁の使用許可を得て描かれた作品だけでなく、アーティストがゲリラ的に描いた作品も至る所に隠されており、それらを探し歩くことも街の大きな魅力だ。
1つ星「Hermetikken」で出合う、国際的感性とローカル食材の幸福なマリアージュ

スタヴァンゲルのあるローガラン県は、海、フィヨルド、豊かな森や山々がもたらす最高の食材の宝庫だ。また、スタヴァンゲルは1960年以降、石油産業の拠点となったことで街に大きな富がもたらされ、世界中から多くの労働者やビジネス客が訪れるようになった。

その結果、国際的なビジネス客が多様で質の高い食事を求め、ハイレベルなガストロノミー文化が育まれていき、今や美食都市としての顔も強めている。実際、ノルウェー全土で20軒あるミシュラン星付きレストランのうち、10軒は首都のオスロにあるが、残る10軒のうち4軒はスタヴァンゲルにあるのだ。スタヴァンゲルの人口は15万人のため、37,500人に対して1軒の計算になる。2024年に「Chef’s Pencil」が発表した調査との比較にはなるが、スタヴァンゲルはオスロやコペンハーゲン、東京よりもミシュラン星付き店の密度が高い美食都市とも言える。

その最前線を行くのが、ミシュラン1つ星レストランの「Hermetikken(エルメティケン)」だ。もともとはオーナー夫妻が気の置けないワインバーとしてスタートさせたお店。しかし、旅先のタイで偶然出会った腕利きのシェフを迎え入れたことで、オープンからわずか数ヶ月で『ミシュランガイド北欧』で1つ星を獲得するレストランへと変貌を遂げた。

店内に一歩足を踏み入れれば、そこはまるで友人宅のダイニングに招かれたかのような肩ひじ張らないが洗練された空間が広がる。提供されるのは、地域の豊かな自然と国際的なツイストが融合した見事なテイスティングメニューだ。
訪れた2026年4月にアミューズとして登場したのは、フランス産オイスターを細かく刻み、シャロット、ハラペーニョオイル、青りんごを合わせ、仕上げにシャンパンの泡をまとわせた一皿。さらにノルウェー産スモークウナギに、キャビアの最高峰「N25キャビア」に、美しいエディブルフラワーを添えたスプーン仕立ての一品など、一口ごとに驚きと洗練が満ちている。
続くコースでは、スタヴァンゲルから内陸へ車で1時間半ほどのアシュタランドにある、シェフの母親が営む農場で飼育された、このエリア伝統の仔牛を使ったタルタルが登場。ミッドサマーホットソースという地元産ホットソースに、ブラックガーリックのエマルジョン、リンゴンベリーハニーが深みを与える。
さらに、近海で獲れた野生サーモンにみそグレイズを施し、ベルガモットのジェルや香ばしい蕎麦の実のローストを合わせた一皿や、リーセフィヨルド産のフレッシュな大ひらのパンフライに、洋梨のジェルと魚の骨から出汁をとったリッチなクリームソースを合わせたものなど、地元の海洋資源へのリスペクトが詰まったモダンな料理が続く。

これらに合わされるワインのセレクションも実に見事だ。フランス・ロワール地方アンジューのピエール・バザーズによるフレッシュでミネラル感溢れるシュナン・ブラン「Anjou Anthonic」や、ラングドック地方で最高の造り手の一人と称されるマリア・フレスカの端正なドライ・リースリング、さらには英国の気鋭「Chalkdown」が手がける、バッカス(Bacchus)種のブドウを用いたブルゴーニュスタイルの白ワインが、料理のテクスチャーや味わいを完璧に引き立てていく。

コースの締めくくりには、ローカルなリンゴンベリーのシロップにジンジャーとローズマリーを利かせた爽やかなデザート、そして伝統的なブラウンチーズ(ミルクのホエイから作られるノルウェー特有のチーズ)のキャラメルやピスタチオのマカロンなど。美しいプティフールたちからも、モダンに再解釈した北欧の伝統文化が感じられる。
Hermetikken(エルメティケン)
住所/Niels Juels gate 50, 4008 Stavanger, Norway
URL/https://hermetikken-restaurant.no/
歴史を再生した最旬ブティックホテル内に位置する、3つ星レストラン「RE-NAA」

ノルウェーでミシュラン3つ星に輝くレストランは2軒のみ。うち1軒はオスロにあり、もう1軒がスタヴァンゲルにある。それが中心部から徒歩3分の港近くに佇む「Eilert Smith Hotel(エイラート・スミス・ホテル)」内の「RE-NAA」だ。

「Eilert Smith Hotel」は、ホテル版ミシュランガイドのミシュラン・キー獲得ホテルであり、世界有数のホテルブランドグループであるスモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールド(以下SLH)の加盟ホテルだ。SLHは平均約50室という小規模かつ、独自の理念を持つラグジュアリーブティックホテルのみが加盟を許されており、世界100カ国以上、700軒を超える独立系ラグジュアリーブティックホテルが名を連ねている。

「Eilert Smith Hotel」の建物は元々、1930年代後半に地元の著名な建築家エイラート・スミス氏によって設計された、美しい丸みのあるラインと幾何学的な形状が特徴の倉庫だった。当時は機械部品やドッグフードなどを扱っていた歴史ある建物を、2019年にシグネ・アンネとクリストファー・ステンスルド夫妻が、12室のラグジュアリーなブティックホテルへと生まれ変わらせた。

芸術家気質で、デザインの美しさを何よりも重視した建築家エイラート・スミス氏の精神を受け継ぎ、館内は大理石、真鍮、上質な木材といった、未来の世代まで受け継がれる堅牢でクラシックな素材で構成されている。

12の客室はそれぞれ広さやレイアウトが異なり、北欧ならではの家具や調度品が配され、温かみと洗練が共存したインテリアがゲストを迎える。

特にアイコニックなのが、最上階の2フロアを占める250㎡のペントハウス「Eilert’s Residence(エイラート・レジデンス)」だ。直径3メートルの美しい螺旋階段と円形の天窓から差し込む自然光、スタヴァンゲルの街と海を360度見渡すパノラマビューが素晴らしい。

そして、このホテルの1階に位置するのが、ミシュラン3つ星レストランの「RE-NAA」だ。わずか21席のスタジオ空間で、数々の賞に輝くスヴェン・エリック・レナー(Sven Erik Renaa)シェフが、地元の風景や自然に着想を得て、最高品質の天然食材のみを使用した約25品のコース料理を提供する。
Photos by Eilert Smith Hotel
「RE-NAA」が手がける朝食が食べられるのも、このホテルに宿泊する醍醐味の一つだ。朝食メニューはゲストが選択するスタイルで、作り立ての料理が客室に届けられる。

ノルウェーの豊かな海が育んだサーモン、大自然で育ったフレッシュなリンゴジュース、そして平飼い卵のスクランブルエッグや、香ばしい焼きたてパン。生ハムやチーズといった馴染み深いメニューばかりだが、その純度の高い味わいは、わざわざこの港町を訪れて味わうに値する。
喧騒から離れて心を満たす、新しい北欧旅のかたち

世界中の人気観光地がオーバーツーリズムに頭を悩ませる中、大都市のような混雑や騒々しさから切り離されたスタヴァンゲル。治安の良い街を散策し、人々と会話を交わすだけで、心身がほどけていくようなストレスフリーな時間が流れる。

しかも、どこへ行くにも徒歩で巡ることができるので、一人旅や女性同士の旅にも打ってつけだ。

雄大なフィヨルドに抱かれ、モダンアートが潜むストリートを散策し、世界最高峰の美食とデザインコンシャスな空間に身を委ねる。混雑から切り離された隠れ家的な港町で、静かに満たされる大人な旅を叶えてみては。

Eilert Smith Hotel(エイラート・スミス・ホテル)
住所/Nordbøgata 8, 4006 Stavanger, Norway
TEL/+47 480 50 800
URL/https://slh.com/hotels/eilert-smith-hotel
取材協力:スモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールド
Photos & Text: Riho Nakamori
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