マルチな才能でジャンルを横断しながら、スタイルを築くクリエイターの存在感が増している。絶え間なく挑戦を続ける3名に、自身を突き動かす原動力やその先に見据える未来を聞いた。vol.1はラランド・サーヤ。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年9月号掲載)
創造は日常から始まる
お笑いコンビ「ラランド」のボケであり、バンド「礼賛」のボーカル、俳優、事務所社長…と数多の顔を持つサーヤ。どんなフィールドに立っても揺るがない彼女らしさの核には、尽きることのない一つの衝動と信念がある。

──子役としてデビューし、現在は芸人、ミュージシャン、俳優…と次々に新しいフィールドで表現を展開していますが、「表現する」ことの原点はどこにあるのでしょうか。
「1歳のときに雑誌のモデルや演技の仕事を始めたんですけど、当時は周囲の人が喜んでくれるのを見るのが楽しいなと思っていましたね。ただ、仕事で幼稚園の運動会に出られなかったのを母親がすごく気にして、学業を優先するために芸能活動から離れることになりました。おかげで子ども時代は自由に過ごすことができたのですが、テレビで同年代の人の活躍を目にすると、どこかフラストレーションを感じていたと思います。だから、中学の学園祭で初めて漫才を披露したとき、溜まっていたものが爆発したんです。先生や友達が爆笑している姿を見て『気持ちいい!』って。あのときの感覚は今もずっとありますね」
──『礼賛』ではCLR名義で、作詞・作曲を担っています。音楽はサーヤさん自身にどんな影響を与えていますか。
「音楽は私にとってメンタルヘルスケアですね。日々苦労や大変なことはたくさんあるけれど、お笑いでそういう裏側を見せるのは、無粋なことだと思っているんです。だけど、それを自分の中だけで抱え込んでいるとやっぱり不健康で。『礼賛』を始めてからは、そういうことも全部曲にして消化できるようになったから無駄がない。今はどんな感情も思いも余すことなく表現に使えるようになりました」
──俳優業はいかがですか。お笑いや音楽とは違う面白さがあるのでしょうか。
「お芝居の場合、人が作ったものをやらせてもらうので、監督や脚本、演出の方、共演者の意図を完全にくみ取る必要があります。お笑いも音楽も、自分で作りだす0から1の作業ですが、演技は自分のやりたいようにできるわけじゃないのが、逆に面白いんです」

人の心を動かすには信用がいる。本気で向き合い、続けること
──お笑い芸人という肩書に逃げることなく、音楽にも演技にも向き合う。そのバイタリティはどこからくるのでしょう?
「お笑いも音楽も演技も、ただ手法が違うだけで、境目はないと思っているんです。全部に通ずるのは“人の心を動かす”ということ。中学の学祭で漫才を披露したあの日を振り返っても、私が追い求めているものって、それなんだと思います。だけど、人の心を動かすには信用がいる。
『礼賛』を始めた頃、メンバーの川谷絵音さんに『最初は色眼鏡で見られることもあると思うけど、続けていたら大丈夫』と言われたことがあって、実際そのとおりになりました。信用を得るには、続けるってすごく大事なんだなとあらためて思いましたね。私はどんな活動も『芸人が片手間でやってます』という見え方はしたくないし、だからこそ、その都度本気で向き合いたい。ちゃんと続けていきたいと思っています」
──そうした多方面での活動がお笑いにも還元できていると感じますか。
「知らない畑に行って、いろいろ教えてもらうことで、自分の表現の引き出しもどんどん増えていく感じがあります。それを実感できたのが、今年のラランドの単独ライブ『夢夢夢』。ハードなスケジュールのなかでネタができるか焦っていたのですが、蓋を開けてみたら、自分でも過去最高と思えるくらい納得のいくものになりました。それは、いろんな現場で吸収したもの、経験のおかげだったと思うんです。周りからも『今年の単独は今のサーヤそのものだった』と言ってもらえて、すごくうれしかったですね」
人間関係で大切にしている義理と人情、正直さ
──個人事務所「レモンジャム」の社長としての顔も持つサーヤさんですが、社長業には人を巻き込む、信頼できる仲間を集めるという力が重要だと思います。サーヤさんはその力をどのように培ってきたのでしょうか。
「大学のお笑いサークル時代は自分たちでライブを打っていたので、スタッフを集めたり、一人一人の動きを見ながら適材適所で仕事をお願いしたり、といった視点が自然と身に付いたところはあるかもしれません。フリーではできない大きな仕事をしたくて事務所を立ち上げたんですけど、マネージャーや作家をはじめ、いま周りには信頼できる人しかいません。
私は人間関係において、不義理をしないことを大切にしているんです。昔から、あっちの友達にいい顔をしながら、こっちの友達とは悪口…みたいなのが本当に嫌で。だからもし不義理をされるようなことがあれば、その人間関係は躊躇なく切るようにしています。でもそういうスタンスを変えないことが、結果的には信用にもつながると思っています。すべては義理と人情ですよ、極道みたいですけど(笑)」
──枠にとらわれず、やりたいことをし続けるには強さも必要だと感じます。落ち込んだり悩んだりしたとき、どのように乗り越えてきたのでしょうか。
「いわれもないことを噂されたり、人の悪意にさらされたときはやっぱり凹みますし、悩みます。年に一回はスーパーバッドなときがあって、そんな日はとことん落ち込みます。でも、それをポンって抜けると、強くなれる感じがするんです。そんななかで学んだのは、人を信じすぎないこと。人を信じるって、善行のようで、実は相手に負担をかけることでもあると思っていて。そういう身勝手な感情を手放すってことも大事だと思っています。あと、私は嫌な人が現れると『私の人生に磨きをかけるために現れた敵キャラだ』って考えるようにしています(笑)。そうするとどんな人も面白く見えてきちゃうんですよね」

日々のモヤモヤを笑いに変えて。それが救いになることも
──ラランドのネタ作りはもちろん、日々のメディア出演やYouTube、ポッドキャスト、音楽制作…とサーヤさんの無限とも思えるアウトプットと表現を支えるものはなんだと思いますか。
「最近、私はメジャーなカルチャーにあまり触れてこなかったんだなって思うことが多くて。映画やアニメの例えツッコミにもあまりピンとこないから、人よりインプットの量は少ないと思っているんですよね。それ以外の、社会人時代の経験や友人との会話から得たものでここまでやってきました。だから、私が表現するものはずっと生活に根ざしている感じがします。
ラランドのYouTubeで、母親がヒステリックな口調で話を飛躍させる、あるいはすり替えて責めてくることを『お母さんヒス構文』として紹介したら、想像以上の反響があったんです。これまで当たり前だと思っていたことをニシダと話しただけなのに、笑いのネタってこんなささいなことでもいいんだと気づきました。でも、そういう日常の出来事をおかしみとして捉えられたら、幸せがちょっと増えるじゃないですか。それが救いになることもあるんじゃないかなって気もするんです」
──ラランド結成から11年、事務所設立から5年。いまのサーヤさんの心を動かす原動力はなんでしょうか。
「今日までいろんなことをクリアして、憧れていた状況を手に入れていたりもするんですけど、やりたいことは尽きません。フィールドが増えた分、やりたいこともどんどん増えているんです。私の大好きな人にジム・キャリーとウーピー・ゴールドバーグがいるのですが、彼らはコメディアンなのに曲を出して映画もやって、それがすごく自然に受け入れられている。日本にはまだそういう表現者は少ないですが、お笑いも音楽も演技も自分がやってきたことが全部集合できるようなことができたらいいなと思っています」
Photo:Chikashi Suzuki Interview & Text:Renna Hata Edit:Miyu Kadota
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