街全体が美術館!? フランス西部の街・ナントで現代アートを巡る旅 | Numero TOKYO
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街全体が美術館!? フランス西部の街・ナントで現代アートを巡る旅

フランス西部の都市ナントが、今世界中から注目を集めています。一度は廃れてしまった海運や造船の街にふたたび息を吹き込んだのは、アートの力。毎年開催されるアートの祭典「ヴォワヤージュ・ア・ナント」で盛り上がるナントの街を訪ね、アートのパワーを体感しました。難しいことは抜きにして、街全体が遊び場って面白い!

ナントの歴史を紐解くと……隆盛と衰退、そしてアートによる復活劇!

今から150年以上前に書かれた小説『海底二万里』や『八十日間世界一周』の著者であり、 “SF小説の父”と呼ばれる作家ジュール・ヴェルヌ。その奇想天外な発想は今でも色褪せることはなく、作品はワクワクのてんこ盛りです。そのジュール・ヴェルヌの生まれ故郷にして、シュルレアリスム揺籃の地、フランス西部のナント。

大西洋から内陸へ約50キロメートル入ったロワール川沿いに広がる、フランスで6番目に人口の多い地方都市です。中世の頃にはブルターニュ公国の首都だったこともあり、文化の中心的存在でした。今も街はブルターニュ公城が街の礎となり、中世香る一面が残っています。

大西洋に注ぎ込むロワール川の河口に位置するロケーションから、ナントは18世紀、アメリカ大陸への貿易の母港でした。西アフリカの奴隷をアンティル諸島の農園へ運び、砂糖や香辛料を仕入れて戻る、“三角貿易”で富を築いたのです。やがて産業革命によって造船業の基地となり、ナントは隆盛を極めます。

また、今もフランス全土で愛されるビスケット「LU」の発祥地でもあります。旧生産工場は現在、アートや食の複合施設となり、新しい姿で市民に愛されています。

1970年代になると、造船業は大西洋により近い河口のサン=ナゼールへ役割を移し、斜陽の道をたどっていきました。暗澹たる空気が立ち込めるナントに、新風を吹き込んだのが1989年に就任したジャン=マルク・エロー市長。教育や文化に予算をかけ、クリエイターを招いてアートによる街おこしを仕掛けるなど、数々の変革を行いました。

打ち出した施策が功を奏して、2004年にはタイム誌の「ヨーロッパでもっとも住みやすい都市」に選ばれ、2016年には欧州の文化と観光を推進する組織「ヨーロピアン・ベスト・デスティネーション」によるランキングでパリを押さえて4位にランクイン。見事なまでの復活劇です!

「Jardin des Plantes」Jean Jullien
「Jardin des Plantes」Jean Jullien

イベントのみならず常設も130点以上! 季節を問わず、楽しめる!

もともとジュール・ヴェルヌを育んだ地、感性に働きかける何かがこの街にはあるのでしょう。世界中から芸術家、建築家、ランドスケープデザイナーなど、あらゆるクリエイターが集まり、作品を生み出しました。その数、130以上にも及びます。

「L’Homme de bois」Fabrice Hyber
「L’Homme de bois」Fabrice Hyber

そして毎夏に開催される「ヴォワヤージュ・ア・ナント」では約60点もの作品が持ち込まれ、そのうち何点かが常設されます。2012年から毎年開催され、こうして街を彩る作品が増えていきました。

「Le rêve de Fitzcarraldo」Henrique Oliveira
「Le rêve de Fitzcarraldo」Henrique Oliveira

ナントはブルターニュ公城がそびえるブッフェ地区、18~19世紀の都市計画の名残がうかがえるグララン地区、ロワール川に浮かぶナント島などにエリアが分かれます。あちこちにアート作品がわかりやすく、あるいは、さりげなく展示されています。

「Feydball」Barré-Lambot Architects
「Feydball」Barré-Lambot Architects

「Éloge de la transgression」 Philippe Ramette
「Éloge de la transgression」 Philippe Ramette

それを案内してくれるのが、道路に描かれたグリーンライン。この緑のラインをたどっていけば、アート作品や美術館、名所などにおのずとたどりつける、というわけです。スポットには説明板も掲げられています。

ナントでは自分のペースで歩きながら、アートを見つけ、説明を読み、好きなだけ鑑賞できるのです。街は歩けるサイズで、その6分の一が緑地や公園、川なので、散策もごきげん。ちなみに、ナントは住民一人当たりの緑地の割合がフランスで一番広いとか。

エリアごとに、気になったアート作品を紹介していきましょう。

中世の雰囲気が漂う、路地歩きが楽しいブッフェ地区

ロワール川の北に位置するブッフェ地区は、路地を抜けるとブルターニュ公城やセントポール大聖堂がそびえる、中世香るエリア。路地にテーブルを並べたカフェやショップが並ぶ一方で、百貨店のギャラリー・ラファイエットも構えています。

このエリアで見かけたアートは、路地の奥に隠された生い茂る雑草の作品や、ドームを掲げることから逃げ出そうとする水飲み場の彫刻の女性の作品など。見逃してしまいそうなところにも、アート作品があります。

「Jungle Intérieure」Evor
「Jungle Intérieure」Evor

「L’Évasion- chapter 1」Cyril Pedrosa
「L’Évasion- chapter 1」Cyril Pedrosa

「Éloge du pas de côté」Philippe Ramette
「Éloge du pas de côté」Philippe Ramette

ブルターニュ出身の兄弟が切り盛りする“ヘルシー”という名のレストラン「SAIN」。地元の有機栽培の食材を使い、おいしくてバランスの取れたメニューを目指しています。柚子や味噌など和の食材も掛け合わせ、素材本来の味が楽しめる料理です。デザートはナントの伝統的なスイーツをチョイス。

店内ではジャムやスパイス、コーヒー、自然派ワイン、そして野菜などの生鮮食品まで、幅広い地元産品も販売しています。

SAIN
住所/93 Rue Maréchal Joffre – 44000 NANTES
TEL/+33 2 40 72 82 48
URL/https://sain-nantes.com/

近世の都市計画が引き継がれた、住みやすそうなグララン地区

18世紀と19世紀に行われたナントの都市計画がいかにすぐれていたかがかわるグララン地区。洗練されたショップやグルメなレストランが並ぶストリートは、市民の憩いの場である広場や公園へと導くようにレイアウトされています。

「Le rêve de Fitzcarraldo」Henrique Oliveira
「Le rêve de Fitzcarraldo」Henrique Oliveira

荘厳なオペラ劇場のあるグララン広場からスタートし、地元の人も訪れるジャック・ドゥミ監督の映画『ローラ』の舞台の屋根付きアーケイドの「パサージュ・ポムレ」を歩き、極めて細いホテル(アート作品とは!)を潜り抜け、ショップが連なる小道を抜けると、ロワイヤル広場へ。

「Micr’Home」 Myrtille Drouet
「Micr’Home」 Myrtille Drouet

「L’Enfant Hybridu」 Jean-François Fourtou
「L’Enfant Hybridu」 Jean-François Fourtou

周辺にはアート作品が並ぶ公園も多く、ナントが住みやすい街に選ばれたのに納得です。今年の「ヴォワヤージュ・ア・ナント」は木材がテーマ。グララン広場近くの公園にも木材を使った作品があります。

「Escalier belvédère」 Barreau Charbonnet
「Escalier belvédère」 Barreau Charbonnet

グララン地区のおすすめレストランは、グララン広場に面した「ラ・シガール」。1895年に開店以来、愛され続けるブラッセリーで、1960年代にはシュールレアリストたちがテーブルを囲んだこともあったとか。向かいに劇場があるため、講演後の俳優が訪れる場所になっています。

モットーは「親切」「新鮮さ」「品質」。厳選した生産者による四季折々の新鮮な食材を使い、丁寧に調理した料理は、もちろん美味。

1964年には歴史的建造物に指定され、店内はまるで宮殿のようなきらびやかさ。広場に面したテラス席はカジュアルなムードで、朝食を楽しむ地元の人もいます。

La Cigale
住所/4 place Graslin – Nantes
TEL/+33 (0)2 51 84 94 94
URL/https://www.lacigale.com/

ナントの拠点の宿に選んだのは、グララン広場に近い(ほぼ接している!)「オセアニア・ホテル・ドゥ・フランス」。18世紀に建てられた個人宅を改装した、クラシカルなデザインホテルです。パサージュ・ポムレをはじめ、どこへ行くにも徒歩でOKの便利なロケーションが魅力です。

72室のゲストルームの中でも、画家ジャスティン・ワイラーがデザインした客室「107」が狙い目。様々な濃淡の“黒”で構成される客室は、部屋全体がまさにアート作品。1室しかないので、予約は激戦です。

Oceania Hôtel de France Nantes
住所/24 Rue Crébillon, 44000 Nantes
TEL/+33 (0)2 40 73 57 91
URL/https://www.oceaniahotels.com/oceania-hotel-de-france-nantes

橋で結ばれたナント島にお目当てのジャイアント・エレファントが!

ロワール川に浮かぶナント島は12の橋で両岸と結ばれ、歩いて気軽に渡れます。アートの街として“ナント第2章”を始めるには、かつて海軍造船所と商船の基地だったこの島を生まれ変わらせることが、何より大きな意味を持ちました。

そのためナント市が招聘したのは、ジャン・ヌーヴェル、ニコラ・ミシュラン、ラカトン&ヴァッサル、クリスチャン・ド・ポルザンパルク、フランクリン・アッツィなど、フランスの権威ある建築家たち。いわばドリームチームが島の再開発に取り組みました。

ナント島が目指すのは「デザイン、建築、視覚芸術など、クリエイティブ産業が常に互いにコミュニケートする地域」。新しいエリア特有の勢いがあり、大学や研究機関、アミューズメント施設の間に、おしゃれなカフェやパン屋さんも見かけます。

「In a Silent Way」Nathalie Talec
「In a Silent Way」Nathalie Talec

「Mètre à Ruban」Lilian Bourgeat
「Mètre à Ruban」Lilian Bourgeat

「Les Anneaux」Daniel Buren & Patrick Bouchain
「Les Anneaux」Daniel Buren & Patrick Bouchain

そのひとつが「デリカテッセイヌ」。ナチュラルな砂糖のみ、100%オーガニックの小麦粉を使用。スーパーフードを使ったヘルシーなスイーツが並んでいます。見た目もクリエイティブ!

Delicatessaine
住所/2 rue sourdéac 44200 Nantes
TEL/+33 (0)2 40 74 33 13
URL/https://www.delicatessaine.fr/

ナント島の目玉は、「レ・マシン・ド・リル」。シュールなアミューズメントパークとでもいうのでしょうか。作家ジュール・ヴェルヌの“フィクションの世界観”×レオナルド・ダ・ヴィンチの“機械仕掛けの宇宙”×ナントの近代産業史を融合したような空間になっています。

一番の呼び物は「グランド・エレファント」。高さ12メートル、重さ48.4トンもの巨大な機械仕掛けの象が練り歩きます。しかも、鼻から水しぶきを放ち、まぶたを開いたり閉じたりする姿は、まるで意思をもっているよう。50人まで乗ることもでき、30分ごとに周回します。一見の価値あり!

個人的にハマったのが、海底世界のメリーゴーランド。海の深度によって三層になっていて、低層にはダイオウイカやノーチラスなど深海生物、上層にはマンタなどの人気者の乗り物があります。迷うことなくダイオウイカをチョイス!

グリーンラインをたどってナント島から船に乗り、シャントネー地区へ。

バナナの木や南国の植物、水草など、様々な植物が一堂に介した庭園「エクストラオーディネール」を散策し、121段の階段を上って丘の上へ。丘の上にもグリーンラインは続き、川俣正氏の鳥の巣のような展望台など、6つの見晴らし台からは、ロワール川やナント島を望みます。

「Un Pinus Pinea en l’an 2252」YUHSIN U CHANG
「Un Pinus Pinea en l’an 2252」YUHSIN U CHANG

「L’Observatoire」Tadashi Kawamata
「L’Observatoire」Tadashi Kawamata

おすすめレストランはシャントネー地区の「リトル・アトランティック・ブリュワリー」。19世紀の製油工場をリノベートした、醸造所を併設するレストラン&ビアバーです。かつての工場の風情を残した屋内のテーブル席と、ロワール川に面したテラス席があります。

人気メニューはフィッシュ&チップス。ボリューム満点かつシンプルな見た目だけれど、クリスピーかつジューシー! バーは夜遅くまで営業しているのもポイントです。

Little Atlantique Brewery
住所/23 boulevard de Chantenay – 44100 Nantes
URL/https://little-atlantique-brewery.fr/

両岸にアート作品を眺めながらサン=ナゼールへのロワール川くだり

ナントからロワール川の船着き場でボートに乗り込み、大西洋へそそぐ河口のサン=ナゼールへ。「エスチュエール ナント<>サン=ナゼール」は、ロワール川のナントとサン=ナゼール間に現代アート作品を配置したアートフェスティバル。期間終了後も恒久的に残された作品群をボート上から鑑賞する、ライド感覚で楽しめるアトラクションです。

川辺には常設のアートが33点を数えます。作品の場所を記した地図とガイドの指さす方向で、作品を発見! どこかゲーム感覚です。

「Serpentine rouge」 Jimmie Durham
「Serpentine rouge」 Jimmie Durham

「Misconceivable - (Méconcevable)」 Erwin Wurm
「Misconceivable - (Méconcevable)」 Erwin Wurm

「Villa Cheminée」 A view between nature, industry and art
「Villa Cheminée」 A view between nature, industry and art

ナントを出発してから約2時間。港町サン=ナゼールに到着。巨大なタンカーやキリンのようなクレーン、工業プラントなどを見上げていると、かつて造船業がナントからサン=ナゼールに移行した歴史も、川の流れとともにイメージが重なってくるのです。

取材協力:
エールフランス航空
フランス観光開発機構
ナント観光局

Photos & Text: Chieko Koseki

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MAY 2025 N°185

2025.3.28 発売

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