くどうれいん╳染野太朗 対談「わからなくていい。 短歌の自由な楽しみ方」 | Numero TOKYO
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くどうれいん╳染野太朗 対談「わからなくていい。 短歌の自由な楽しみ方」

Numero TOKYOでは、くどうれいんと染野太朗による短歌連載「恋」がスタート! この連載が生まれたきっかけ、二人がタッグを組んだ理由とは。第一回目のお互いの短歌をどう読んだ? 対談を通して、 自由で奥深い短歌の魅力が見えてくる。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年5月号掲載)

人気の二人が手を組んだ経緯

──連載を提案されたのはくどうさんだったそうですが、どのような流れで企画が生まれたのでしょうか。

くどう「そもそも私と染野さんがどう知り合ったかという話でいうと、仙台で東北大学短歌会に入っていた頃、染野さんと仲良くしていた私の先輩に『染野さんが仙台に来るから一緒に会わないか』と声をかけられたことがあったんです。そのときに初めて会ったのでは?」

染野「そうだと思うんですが、いつが初対面だろうと記憶をたどるんですけど全然出てこなくて」

くどう「そうそう、私もなの」

染野「友達とはいえ、そんな頻繁に連絡を取るとかでもなく。でも僕は会うたびに創作意欲を刺激されたり、単純に元気をもらったりしていて」

くどう「染野さんは年上で歌人の大先輩であると同時に『この人はずっと味方である』みたいな謎の自信、読み手としても書き手としてもすごく話が合うような気がするという漠然とした信頼感が私はずっとありました。そんな染野さんが私の作品をけっこう読んでくれていると知ったのが去年『桃を煮るひと』を出したときに大阪で行ったサイン会で。大阪に行くから声をかけようか悩んだんですけど、直接お呼び立てしていいような関係である自信はあまりなかった。そしたら、まさかの本人がサイン会に来てくれたという」

染野「ずいぶん長いことお会いしていなかったし、どうしてもくどうさんに会いたかったんです」

くどう「そこで『明日の朝って時間あります?』って呼び止めて。翌日は京都の恵文社一乗寺店でイベントがあったから、一乗寺駅に朝9時集合みたいな感じで『来られますか?』と聞いたら『行けます』と。それでモーニングをしながら2時間くらいゆっくりしゃべったんですよね」

染野「そうです、そうです」

くどう「ちょうどそのときに出た染野さんの『初恋』が、ものすごい歌集だという話を本人にしたかった。あとちょうど私がそのとき短歌に対して思っていたこと……いまはSNSでのバズみたいな方向に短歌が向いているけれども『自分はもっと孤独に書きたい、誰にもわかられたくない。でも染野太朗にはわかられたい』みたいな話をしたら、思った以上に染野さんが『すごくわかる』と言ってくれたんです。『こんなに同じやり方、救われ方、傷つき方で短歌をやっている人がいるんだな』と思い、そこから猛スピードで私が馴れ馴れしくなったという」

染野「馴れ馴れしくなったのは僕も同じなんですけど、僕は僕で、こちらをワクワクさせてくれる一人の書き手として、くどうさんのさまざまな作品を読んでいた。くどうさんと僕の短歌の共通の特徴の一つは、一首あるいは連作で、一つのシーンを映像的に切り取っているということだと思う。そしてそのシーンというのは必ず、そのシーンだけでは終わらない前後の文脈を背負っている感じがある。京都で話しながら、短歌の内容だけでなく、そういう方法の部分でもこの人とはわかり合えるんだなと、とてもうれしくなった。『わかられたくない』の話も本当によくわかる。そこからますます惹かれていったんです」

くどう「私は『初恋』を読んですごく恋に振り回されたくなったのですが、どこかにずっとあった『短歌でもう一度本気の恋をできないか』というアイデアが『染野さんとならできるかもしれない』という気持ちになって、二人で何かやりたい、やるとしたら恋愛をテーマにやりたいとモーニングをご一緒した段階で言っていたんです。どの媒体に載せてもらうかはわからないけど『やると言ったらやる!』みたいに」

染野「それを聞いたとき、正直なところ『本当に僕でいいの?』とは思いました。でも恋の短歌というのは自分が一人の作者としてこれまでずっと向き合ってきたものだし、しかも相手は、シンパシーを強く感じる尊敬すべきあのくどうれいんなわけで、『だったら僕も全力でやります』という感じでした。とてもうれしいお話でした」

くどう「そのときに『もっと彫刻みたいに短歌をやりたい』という話もしていたんですよね。一本の丸太を『この形になる』と信じながらゆっくりと彫るような向き合い方で短歌をもっとやりたいんだと。恋の『エモさ』でいろんな人の心を一気に動かすことはきっとすぐできるのだけど、そうではなく『私はこの短歌を読んでいるおまえにだけ、私と同じ深さで苦しんでほしいんだ』みたいな。そしてそういうことをするのであれば、バディとして背中合わせにいてほしいのは染野太朗だというところが私の中でばっちりはまったので、正直『これ以上は連載を増やさないように』と決めていたはずなのに『私が企画を通す!』と言って、やることを決めて突き進んだ感じです」

染野「くどうさんのその突き進む感じは本当に一貫していました。じゃあ僕もそこに全力で乗っかるよ、自分のやれることはすべて出し切るよ、となった。くどうさんに応えたかったし、自分の力を試したくもありました。具体的にどういう形になるのかはわからないけど、とりあえず走り出してみよう、と思えました。その『とりあえず走り出してみよう』が、まさにくどうれいんのイメージなんですよね。自分もたぶんそういうタイプであったはずなのだけど、最近はそういう意気込みを忘れていた。そういうアツい部分をくどうさんに思い出させてもらいました」

二人が注目した今作の魅力

──連載第一回目のお互いの歌で特に心に響いた歌は?

染野「1首目の《考えるほどとおくなる》っていろんな解釈があるとは思うんですけど、僕は『自分の中だけで考えているから、自分の価値観や視点の範囲内だけであなたを想像してしまい、それが実態からかけ離れる』という意味かなと思って。自歌自解になってしまうからちょっと恥ずかしいですが、少なくとも僕の1首目にはそういう内容がありますよね。

でも、くどうさんの歌はそれを《うそ》って言っているんですよ。その《うそ》とは何だろうと考えたときに、まず、これは不安を抑え込む強がりでもあるかなと思って。ただ、それだけではなく『かけ離れとか離れないとか、そんなのはどうでもいい。この《恋》とか《あなた》というものと私はとにかく真正面から向き合うよ』という宣言もこの《うそ》という断言には含まれるんだと思った。

その強さにくどうれいん的なものを見たし、5首の中心となると感じたんです。で、僕が一番好きなのはくるぶしの歌なんですよ」

くどう「うん、うん」

染野「ほくろを星座に見立てたりするってよくあると思うのだけど、それもたぶん《うそ》だと言っていて。人との関係も、うまく点と点がつながってきれいな形になるなんてことめったにないと言っていると思ったんです。『既存の星座、つまり、恋人とか家族とか、関係性を表す既存の言葉では、あなたと私の関係性は言い表せないんだ。でもそれでいいじゃん。私が自分で名前を付けてやるよ』というようなことかなと。

そして『そもそも、それぞれが独立した一人の人間なんだから、つながれるだなんて思ってない。それでもいい。一人一人がたった一つの星なんだよ。それを私はくるぶし座と名付けるよ』と、ちょっと強気になって言っているのかなと思いました。

しかもその『くるぶし座』って名前、シリアスになりきらずに、ちょっとかわいらしかったり面白かったりする感じもありますよね。それによって読者としては、重くならずにその宣言を受け取れるというか。このあり方がすごく気持ちいいし、うまいなと思ったし、たぶん強気になるっていうことは、裏側は心細いはずなので……

くどう「つらっ! めちゃくちゃそう!」

染野「……そういったことすべてをひっくるめて、くどうれいんらしい味わいが出ている4首目が僕は好きだなと」

くどう「ああ、うれしいです。私が一番気に入った染野さんの歌でいうと、やっぱり1首目。《おもうだけではあなたはぼくになってしまう》って何度も読んで、『なってしまうよね〜!』となりました。自分の中だけであなたのことを考え続けると……例えば『私がこう言ったら、あなたはこうするだろう』って自分の中で想定しているから、結局その想定した相手の正体は自分なんですよね。考えれば考えるほどあなたの像が、自分の中から出てくるあなたになってしまう。だから《あなたはぼくになってしまう》感じってすごくわかるなって。

私の1首目は『そんなの噓だ。もっとちゃんと考えればおまえは私に近づく!』みたいなことを言い切りたくて言い切ったのだけど、染野さんはそれに対して《触れたいのだと何度も気づく》と気づきのほうに舵を切っていて。頭ばっかりで、その人と会っていないのに会っているみたいな感じになる感覚がとてもわかるなって。

あとあなたがぼくになってしまうほど考えた末に『違うこれ、触れたいんだ』と腑に落ちて、『そうか触れたかったんだ』と思うのって、めちゃくちゃ恋だなと感じて。私は染野さんの短歌の中で突然われに返るみたいな瞬間がけっこう好きで、今回は1首目の『触れたかったのか、そうか』って自分に言い聞かせるみたいに何回も気づくところがいいなと思いました」

──お二人による解説で、今回の作品への理解度がグッと高まった気がします!

くどう『短歌の読み方がわからない』と思っている方に言いたいこととして、短歌を読んで『すごくわかる』と感じたら『本当か?』って疑ったほうがいいと思う。私は『わからないけどなんか良い気がする、なんか引っかかる』というものに本物の芯が詰まっている気がしていて。

だから『わかる!』とすぐ思ったら『本当か?」と疑って、『わからないけど、なんか良い気がする』というものがあったらそれを貯めていく。そういうものにどういう傾向があるのかが見えてくると短歌がすごく読みやすくなってくるというか、自分の好きな短歌がわかるようになっていくのかなと思ったりします」

染野「くどうさんのおっしゃること、すごくわかります。『わかる』で終わらせず、『なんか良い気がする』にとどまって、ああでもないこうでもないといろんな解釈をして、いろんな感想を持っていただけたらうれしいなと思っています。

誰かと一緒に良い映画を観たあとって、いつまでもその人とその映画について語っていたくなるじゃないですか。あのシーンがきれいだったとか、あのときなんであんなこと言ってたんだろう、とか。でも短歌となるとそれ以前に、『解釈の正解があるはずだ、でも初心者だからその正解にたどり着けないかもしれない』と、難しく思う方もいると思うんです。

けど僕らの短歌に関してはそのへんは100%抜きにしてほしい。『ここはこういう意味では?!』と何かを発見したような気持ちになっていただけたらすごくうれしいです。例えば、誌面を4〜5人で囲んで『この歌こうだよね』って解釈合戦ができるような場になったら……って僕、それだけの歌を作らなきゃいけませんね。自分でハードルを上げてる(笑)」

 

Interview & Text:Miki Hayashi Illustrations:Sho Miyata Edit:Mariko Kimbara

Profile

くどうれいんRain Kudo 1994年、岩手県生まれ。作家。エッセイから短歌、小説、創作童話、絵本まで幅広く手がける。中編小説『氷柱の声』(講談社)で第165回芥川賞候補に。歌人としては「コスモス短歌会」に所属。 第一歌集『水中で口笛』、東直子との共著『水歌通信』(ともに左右社)がある。 最新エッセイ集『コーヒーにミルクを入れるような愛』、文庫『虎のたましい人魚の涙』(ともに講談社)が発売中。Illustraiton:Sho Miyata
染野太朗Taro Someno 1977年、茨城県生まれ。大阪府在住。歌 人。高校生のときに短歌結社「まひる野」に入会。第一歌集『あの日の海』で第18回日本歌人クラブ新人賞を受賞。15年度Eテレ『NHK短歌』選者。16年に第二歌集『人魚』(KADOKAWA)、 21年に現代短歌クラシックス『あの日の海』、23年に第三歌集『初恋』(ともに書肆侃侃房)を出版。短歌同人誌『外出』『西瓜』同人。『まひる野』編集委員。Illustraiton:Sho Miyata

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