ピンクとジェンダーを考える
ピンクと個人の関係、ピンクとジェンダーの関係は、特にここ30年くらいで大きく変化したのではないか。その流れについて、「ピンク」という色のもたらす意味について再考を促した「フェミニズムズ/FEMINISMS」展をキュレーションした高橋律子に聞いた。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2022年9月号掲載)
“ピンクを好き”と言える強さ
──1990年代以降のアートとフェミニズムの接点を探った企画展「フェミニズムズ/FEMINISMS」。9人の作家の作品を通してフェミニズムの多様なあり方を提示するという企画で、メインビジュアルに「ピンク」を用いた意図は何でしょうか?
「公共性を重視した美術館でフェミニズムをテーマに掲げるとき、強く意識したことは“伝わるようにしたい”ということでした。フェミニズムはとっつきにくいと捉えられがちですが、金沢21世紀美術館は年配の方から子どもまでいろんな人が訪れる場所です。 “女性らしさ”や“かわいらしさ”、 “猥雑さ”など過剰な意味を背負わされたピンクという色が「フェミニズム」という言葉と同時に現れたとき、自分は何を感じるか。まず、その感覚を大事にしてもらいたいと思いました。企画のメッセージをピンポイントに伝えるためにも、ピンクを使うことはとても効果的だったと思います」
──特に西山美なコ、ユゥキユキの作品が登場する展示室にはピンクがあふれていて、インパクトがありました。
「第三波フェミニズムが始まった90年代から活動する西山は、性産業の猥雑さを想起させるピンクを使うことで、若い女性を消費する社会に問いを投げかけてきた作家です。一方で、第四波フェミニズムが動き出した2010年以降に活動を始めたユゥキは、作品を通して母との関係を編み直したかったと言い、自身が幼少期から憧れていたピンクを使ったと振り返っています。ユゥキはピンクが持つ過剰な“女の子らしさ”の側面よりも、パーソナルな記憶からこの色を選んだ。これはとても重要です。90年代以前の作家がピンクを使うことは珍しかったと思います。だからこそ、ピンクを積極的に使った西山が衝撃を持って迎えられたということでもあるのです」
──美術の世界でピンクが避けられてきたのはなぜでしょうか。
「美術の世界はとても男性的です。作品を理論的に語る場で、フェミニズムの意味合いが強いピンクを使うことによって、意図しないほうへ理解・評価されることを避ける傾向にあったと思います。同時開催された展示『ぎこちない会話への対応策─第三波フェミニズムの視点で』でキュレーターを務めた写真家の長島有里枝は、ピンクを使わないという立場でフェミニズムのあり方を示しました。こうしたことからも、フェミニズムの考え方・捉え方は多様で複数あることを証明できたと感じますし、あらためてピンクは表現者たちから遠ざけられてきたと実感しました。私も以前は、ピンクの服を着ると『人からかわい子ぶっていると思われるのではないか』と素直に選べない、葛藤の時期がありました。ピンクを否定することで、ステレオタイプな“女の子らしさ”を忌避した人は少なくないと思います」
──「ピンクが好き?」という問いに対して、一個人の感情ではなく、社会的なジェンダー観と照らし合わせて答えを出した人もいるのではと。
「そうですね。女性が“ピンクを好き”と言える強さを持てたのは、第三波フェミニズムがガーリーカルチャーと結びついてからだと思います。この時代にガーリーという価値観が肯定されたことで、ピンクに対する肯定感も生まれた。私はこれを“ピンクの獲得”と呼んでいるのですが、社会的なイメージに左右されず、女性が本当に好きな色を選び取ることで、自分らしさを確認できる人が多くなったと思います」
──フェミニズムの受容と併せて、ピンクをフラットに見られるようになりつつあるのでしょうか?
「はい。90年以前はピンクのシャツを着た男性を見ると、違和感を持たれていたように記憶しますが、それも少しずつ変化してきていますよね。どの時代に生まれ育ったかで、アーティストたちのピンクに対する意識も緩やかに変わってきていると思います」
──年齢によってもピンクの捉え方は変わると思いますか。
「幼い女の子は不思議なくらいピンクが好きですよね。それが先天的なものなのか後天的なものなのかわかりませんが、ピンクには無意識に人を惹きつける要素があると思います。そう考えると、男の子も女の子と同じようにピンクが好きでも不思議ではないですが、男性は大人になるにつれ、“女性っぽさ”“子どもっぽさ”から離れなければと意識が働いて、ピンクを避けてきたように感じます。女性が黒や青を身に着けても珍しくはないですが、ピンクに抵抗を感じる男性はいまだに少なくない。男性が遠ざけてきたから“女性の色”という意味合いが濃くなってきたのではないでしょうか。そう考えると、男性は女性よりも色の選択肢がとても狭い気がします」
ピンクに対する偏見がなくなれば社会は変わる
──この展示で、フェミニズムとアートの接点を探ることを目的とした理由を教えてください。
「近年、女性アーティストの展覧会が増えてきましたが、もちろん以前から活動している女性作家はいました。美術史の文脈から除外されていたと言えます。特にガーリーカルチャーの勢いを牽引してきた写真やファッション、漫画などはハイアートではないとされてきました。10、20年ほど前からこういった分野も美術館で展示されるようになってきましたが、いまだに“高尚な芸術”との間に大きな溝がある。美術館でフェミニズムとガーリーカルチャーの接点を提示することで、ハイアートとの距離も縮めたいと思いました。その点においても、象徴的なピンクをテーマにしたのは一つの重要な切り口だったと思います」
──日本と海外では、ピンクに対する認識は変わるのでしょうか。
「女性を象徴する色という認識は世界的にあると思います。ただ、ピンクチラシやピンク産業など、性的な意味を帯びるのは日本特有で、アメリカでは青を使用する場合が多いようです。ポルノグラフィティを“ブルーフィルム”というのがその一例ですね。ピンクに性的なレッテルを貼っているのは日本社会だという感じはあります」
──あらためて、ピンクとジェンダーの関係で思うことはありますか。
「ジェンダーに関係なく、ピンクに対する偏見をなくし、距離を縮めることが、社会を変えることにつながるのではと思います。フェミニズムが女性だけのものではなく、社会に違和感を抱えている人たちの力になろうとしているように、ピンクも女性だけのものではなく、あらゆる人の力になれる。好きなものを好きと言えることが強さを得ることでもあるし、多様な考えを認め合う第一歩にもなると思います」
Interview & Text:Mariko Uramoto Edit:Sayaka Ito