「失敗した後の対処法が参考になる!」 現役ライターが『ビルド・ア・ガール』に勇気をもらう理由 | Numero TOKYO
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「失敗した後の対処法が参考になる!」 現役ライターが『ビルド・ア・ガール』に勇気をもらう理由

現在、絶賛公開中の映画『ビルド・ア・ガール』は1990年代のイギリスを舞台に、19世紀の古典文学に心酔する16歳の高校生・ジョアンナが、ロックと出合い、文才とバイタリティを武器に辛口音楽ライターとして成功と挫折を経験する物語。10代のみならず、大人たちもエンパワメントしてくれる青春ムービーを、日本で活躍する現役ライター、野中モモさん、奥浜レイラさん、志村昌美さんが鑑賞。彼女たちが、ジョアンナの傷だらけの青春に感じたものは?

音楽業界、音楽誌、恋、友情── 90年代と2021年の変化と共通点

──文学好きの地味な高校生だったジョアンナが、ロックと出合い音楽ライターとして成功の階段を駆け上がっていく『ビルド・ア・ガール』ですが、みなさんが共感したポイントはどこでしたか?

野中モモ(以下、野中)「個人的に興味があったのは、イギリスのミュージック・プレスの内幕を描いている点です。この作品に登場する『D&ME』は架空の媒体ですが、原作者のキャトリン・モランさんは、かつてイギリスの週刊音楽新聞『メロディ・メーカー』に在籍していたので、編集部の描写にも説得力がありますよね。80年代から90年代のイギリスは、他にも『NME』『サウンズ』など、週刊の音楽新聞や雑誌がいくつも出ていました。ネットがまだ普及していない時代、新しいバンドの曲が若い世代のリアルな感覚を伝える重要なメディアだったし、その情報を伝える雑誌や新聞も切実に求められていた。日本で言ったらマンガ雑誌のように真剣に読まれていたんだろうなと思います。この作品で描かれているのは、その最後の時代です。そこが私の関心のど真ん中だったので、とても楽しめました」

奥浜レイラ(以下、奥浜)「たしかに、当時の音楽ジャーナリズムは、今とは全く違うと聞きます。リスナー側も、どの音楽誌を読むかという選択に、個人のアイデンティティがあったんだろうと感じます。日本だったら『ちゃお』派か、『りぼん』派か、という」

野中「少年誌だったら『ジャンプ』か『サンデー』か、とかね」

野中モモ
野中モモ

奥浜「ジョアンナと、取材で出会ったロック・スターのジョン・カイトの関係性も良かったです。ジョアンナは、ジョンに憧れを抱くけれど、彼らの間にはロマンスは生まれず、特別な友人関係を築いて、お互いに成長していく。それがずっと続いていくんだろうなと予感させてくれるのも素敵でした。これまでの作品だと、少女の成長にロマンスが関係したり、何かを成し遂げたご褒美として恋愛関係になると描かれることもありましたが、それとは別のところで少女の成長を見せてくれました」

志村昌美(以下、志村)「私がジョアンナに共感したのは、偶然ライターになったという、キャリアの入り口のところです。以前、私は映画の宣伝をしていたんですが、会社を辞めてイギリスに渡ったとき、たまたま『書いてみませんか?』と声をかけてもらったことがきっかけで今に至るので。ジョアンナも音楽マニアの兄・クリッシーに勧められてライターに応募しましたけど、私も誘ってくださった方がいて、書いてみたら意外と向いていたという。それに物語の冒頭、地味な高校生だったジョアンナが、『何かが起こるのを待っていても人生は変わらない!』と平凡な毎日から一歩を踏み出しますけど、それまでのモヤモヤする気持ちもすごくわかります。時々、妄想に逃げるのも自分と重なるところがありました」

スターに会える? 取材後に落ち込む…。喜びと苦労、ライターの現実

──野中さんと奥浜さんはどんな経緯でライターに?

奥浜「テレビ番組のキャスターからスタートしたんですが、自分の好きなものが、映画や音楽などのカルチャーだったので、音楽番組のMCやラジオのパーソナリティーを務め、その延長でインタビューのお仕事をいただいて、書くことになったという感じです。だから、今もライターというより、音楽や映画を紹介するために、メディアに登場したり寄稿したりしています」

野中「奥浜さんがいろんなメディアで発信しているのは、原作者のキャトリンさんと同じですね」

奥浜「キャトリンさんも番組の司会をされてましたよね。でも、私がライターと名乗っていいのか、ちょっと悩みます」

野中「私は趣味で作っていた個人サイトを見た編集者さんに声をかけていただいたのがきっかけです。ライターは資格も学歴も必要ないし、フォトグラファーのように機材も必要ないから、自分で名乗ったら『ライター』になれるんですよね。それで稼げるかどうかはまた別の話ですが……」

奥浜「ジョアンナのように、文才とひらめきと勇気があれば、人気者になれる職業だから、夢があるといえばそうかもしれませんね」

──この作品では、ジョアンナがライターとして音楽評を書くことで、成功と挫折を経験し成長していきますが、ジョアンナと重なるような経験はありましたか?

志村「うーん……。ライターとしての成功ってなんでしょうね。このお仕事は、お会いしたかった方に取材できる機会に恵まれることがあるので、私はメリル・ストリープさんに取材したとき、ゴールしちゃったような感覚はありました。憧れの存在であり、ハリウッドでもトップに君臨する大女優ですからね。でも、いつも取材が終わった瞬間、『こうすればよかった』と落ち込むんです。だから、成功というものを味わえたことがないのかもしれません。そして崖の底から這い上がって、自分なりに100%を指して記事を書いていくのですが、それを読んで下さった方の感想をネットで見かけたり、編集部の方からおもしろかったと言っていただけたり、取材相手から『興味深い質問ですね』という反応をもらえたりすると、心の中でガッツポーズすることはあります」

野中「まだ誰も取り上げてないものを、みなさんにお知らせするお手伝いができたときは嬉しいですよね。10年ほど前、雑誌で新人マンガ家を紹介する記事を書いていたんですが、後にマンガ家の方が『あの時、最初の単行本を紹介してくれたことが、すごく励みになりました』と言ってくださって。少しは意味のあることができたかなと思います」

奥浜「私も成功なんて言葉は自分には程遠いと思っているんですが、自分なりの視点で話を聞くことができて、その記事に『勇気づけられた』と感想をいただくと喜びを感じますし、インタビュー相手の方が楽しそうに話してくださるときは嬉しいですね」

奥浜レイラ
奥浜レイラ

悔しさ、失敗をバネにして成長するジョアンナに共感!

──ジョアンナはびっくりするほど辛辣な批評もしていて、SNSの発達している現代だったらと思うと身震いしてしまいます。みなさんは、書いた記事のエゴサはしますか?

野中「しないことにしてます。心に毒だから」

奥浜「作品のタイトルやイベント名で検索することはあっても、自分の名前が見えたらすぐに消します」

志村「私もエゴサはしませんが、自分が書いた記事の反応はチェックしています。ありがたい意見に『ライターになってよかった!』と思うことがある一方で、ネガティブなコメントに心を病むこともありますけどね……。『ビルド・ア・ガール』は雑誌が舞台ですが、今はインターネットで、読者からダイレクトに反応がくるから、ライターの置かれた状況は今とはちょっと違うかも」

野中「アーティストがSNSで直接ファンにメッセージを伝える時代だし、ファンも発信できるから、あいだに立つメディアに求められる役割も変わりましたよね。でも、この映画で描かれている、編集者の要望や読者の反応に後押しされて、どんどん言葉が過激になっていってしまう問題は、今に通じる普遍的なものだなと感じます。PV数で広告収入が左右されるウェブメディアでは、極端な表現ですぐに反応を得ようとする動きがますます加速している気がします」

奥浜原作者のキャトリンさんにインタビューしたとき、SNSによってアーティストとファンの距離が近付いたのと同様に、ファンとジャーナリストも近付いたので、批評する前に、立ち止まって考える回数が増えたと話していました。でも、批評はただ悪口を書くのではなく、ひとつの作品にいろんな方向から光を当て、リスナーに視点を与えることでもありますよね。ジョアンナのような批評は、おもしろがり方を教えてくれるという側面もあると思うんです」

野中「1つの作品にも、好きなところとそうでないところがあって当たり前で、それは見方によっても変わるし、欠点が愛すべきところである場合もあります。でも、情報の速度が速い場所では、白か黒かを求められることも多くて難しいですよね。それから、この映画では、都会の編集者はいい大学を卒業したエリートで、ジョアンナはそうではないというメディアの階級問題が描かれているのも興味深かったです。そうやって弱い立場にある若い女性に、大人が言いにくいことを言わせておもしろがる悪しき風潮は、日本にもありますよね」

奥浜「『歯に衣着せぬ女子よ、僕らを楽しませておくれ』という(苦笑)」

志村昌美
志村昌美

──劇中、ジョアンナは数々の失敗を経験しますが、素直に自分に向き合い困難をひとつずつ克服します。これまで、挫けそうだったときに支えられたものは何だったのでしょうか。

奥浜「何かに助けてもらうというより、悔しさや怒りが原動力になることがあったかもしれません。ネガティブな感情だけど、悪いことばかりではなくて、そこから学ぼうとするし、どうしたら伝わるのか試行錯誤することにもつながります。劇中にも、ジョアンナが男性の編集者から、企画が欲しかったら自分の膝に座れと言われる場面があります。ジョアンナは編集者から見下されているのを理解した上で、それを跳ね返すために『こうかしら』と相手の膝の上で無邪気にバウンドして応戦するんです。ポジティブに乗り切る場面ですが、これを原作の小説に書いたということは、キャトリンさんには悔しかった思いがあったんじゃないかなって」

志村「私も悔しさがモチベーションになるほうですね。たとえば、編集者にダメ出しされたら、求められているものの2つくらい上を行ってやろうと思うし、相手の想像を超えてやるぞと悔しさをバネにすることは多いので」

奥浜「『ビルド・ア・ガール』は、そういう場面もいくつかあるので、跳ね返し方や応え方が参考になるというか、勇気をもらえます」

野中「ジョアンナの部屋に、彼女のヒーローである偉人たちのポートレイトがたくさん貼ってあって、それが彼女に語りかける演出が印象的でした。そういう風に、本当に自分が心を動かされたものが最終的には支えになるものですよね」

奥浜「部屋の偉人たちが、本人と似てる人もいれば、似せる気がないんじゃないかってくらいの人もいて、それもおもしろかったです」

一同(笑)

野中「ジョアンナの部屋じゃないけど、音楽誌編集部のトイレに貼ってあるポスターの中のビョークとかね(笑)」

奥浜「部屋の壁の偉人の一人として、ジョン・カイト役のアルフィー・アレンの姉でミュージシャンのリリー・アレンも登場しているのも見どころ」

野中「これまでビーニーが出演してきた『レディ・バード』や『ブックスマート』では、自分で車を運転することが大人になることの象徴のように描かれていましたけど、この映画ではナイトバスに乗ってうちに帰るんですよね。車も免許も持ってなくて、送ってくれる人もいなくても、小銭を持っていれば公共交通機関で帰れるのはロンドンのいいところだったな、と、自分がむかし住んでいた頃を思い出したり。治安の問題も絡んでくるので今どんな感じかはわからないですけど。そういうイギリスらしい日常描写にも注目すると、さらに楽しめると思います」

『ビルド・ア・ガール』

1993年、イギリス郊外に家族7人で暮らすジョアンナは、底なしの想像力と文才に長けた16歳の高校生。だが学校では冴えない子扱い。そんな悶々とした日々を変えたい彼女は、大手音楽情報誌「D&ME」のライターに応募。単身で大都会ロンドンへ乗り込み、仕事を手に入れることに成功する。だが取材で出会ったロック・スターのジョンに夢中になってしまい、冷静な記事を書けずに大失敗。編集部のアドバイスにより“嫌われ者”の辛口批評家として再び音楽業界に返り咲くジョアンナ。過激な毒舌記事を書きまくる“ドリー・ワイルド”へと変身した彼女の人気が爆発するが、徐々に自分の心を見失っていき……。失敗や挑戦を繰り返しながら、がむしゃらに成長していく青春ストーリー。

原作/キャトリン・モラン著『How to Build A Girl』
脚本/キャトリン・モラン
監督/コーキー・ギェドロイツ
製作/アリソン・オーウェン、デブラ・ヘイワード
出演/ビーニー・フェルドスタイン、パディ・コンシダイン、サラ・ソルマーニ、アルフィー・アレン、フランク・ディレイン、クリス・オダウド、エマ・トンプソンほか
配給・提供/ポニーキャニオン、フラッグ
『ビルド・ア・ガール』は新宿武蔵野館ほかで絶賛公開中
© Monumental Pictures, Tango Productions, LLC, Channel Four Television Corporation, 2019
buildagirl.jp

Profile

野中モモ

Momo Nonaka
ライター、翻訳者。訳書『世界を変えた50人の女性アーティストたち』(創元社)、『GIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝』(DU BOOKS)他多数。著書『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』(筑摩書房)、『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』(晶文社)。

奥浜レイラ

Layla Okuhama
映画・音楽パーソナリティ、ライター。東京国際映画祭などの映画祭や舞台挨拶、サマーソニックなど音楽フェスティバルで司会として活躍中。ライブのレポートやディスクレビューなどを手がける音楽ライターでもある。テレビ神奈川『洋楽天国EXXTRA15』に出演するほか、ポッドキャスト番組『洋楽ハッスル+Pl us』『奥浜レイラのカルチャークラブ』も配信中。

志村昌美

Masami Shimura

ライター。映画宣伝会社で宣伝業務を経験し、その後、ライターに転向。現在は映画紹介や監督や俳優のインタビュー、海外ニュース、映画評などを中心に、雑誌やWebで執筆活動を行う。イタリアとイギリスへの留学経験がある。

 

Photos:Shuichi Yamakawa Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Mariko Kimbara

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