人と会うとなると待ち合わせ場所は新宿か渋谷が定石だった。
お互いが出やすく、中間地点で…と相手を配慮するほど、人が集まる大きな駅を指定する。
そういうターミナル駅が好きだったのか?と言われれば、そうでもない。
目的が「その人に会う」という一点に尽きる場合、その駅が好きかどうかということは吟味せず、代わりにほかにどこに行きたいのかを考えることにも労力を割かない。
何事も効率よく済ませることを是とする都会の思考を持つ私たちは、発想が貧困で好奇心が怠惰だった。
だけど、ローカルな街に興味を持つようになってからは、そんな「とりあえず」な場所選びをしなくなった。
友達に会うとなれば、「そっちに行く!そっちの街を案内して欲しい!」とリクエストするようになった。
相手としても自分のテリトリーに興味を持ってもらえるのは嬉しいみたいだし、生活圏内からそんなに離れなくていいのは楽というのもあって、歓迎されやすい気がする。
街活をするようになってから、人と会うときの目的意識が「その人と会うが10割」だったのが、「その人と会う:街を知る=5:5」の配分になった。
目的が「人」だけに集中しているよりも、「人以外」にも分散されている方が、逆にその人の知らなかった面をこぼれ知る機会が増えたようにも思う。
そういうローカルな街に住む人たちのお決まりのセリフが「言っとくけど、何もないよ」だ。
そう言われて、何もなかった試しがない。
この前行った新小岩もそうだった。
彼女はとくに新小岩が地元ではなく、結婚相手としばらく住んでいるというだけの土地で、もうすぐ引っ越す予定もある。
だから新小岩に対する愛着も低めなのがその口ぶりから伝わってきた。
「街活」の約束をしていたその日、私が新小岩に赴くと、たまたま「アド街ック天国」の撮影クルーが来ていて、彼女も声を掛けられてちょっと撮られたらしい。
アド街ック天国……それは、私が幼少期からあった番組。
当時はまったく興味がなく画面に映ればチャンネルを変える対象の番組であったが、TVを持っていない私が今現在もっとも観たい憧れの番組である……。
奇遇にも私が街活日に設定した日と撮影日が被っていたということが、神様から私の活動を肯定されたようでなんとなく嬉しかった。
「新小岩」の回は放送が11月8日だそうで、録画するから一緒に観ようと彼女は言った。
放送される頃には彼女はもう新小岩を出ている。
新小岩の南口を出てまずは改札正面にある商店街を歩いた。
「ただの商店街だけどね」というようなことを彼女は謙遜するように言ったが、歩いてみればただの商店街ではまったくなく、ものすごい個性的な店が並んでいる商店街だった。
……本当にこういうときに写真を撮っていないから説得力がないが、値段アピールが激しい吊り札をクレイジーなほど店中にぶら下げたキッチン用品店に始まり、豆乳や豆腐の小籠包、豆腐スイーツなどあらゆる豆腐製品をかなりお買い得価格(豆乳1リットルが108円とか)で売っている店、どぎつい色のラインナップが豊富な韓国系ブティック、フリマ価格で大量の中古服を売っている店、10以上の甕をズラッと店の外に並べてメダカを飼っている骨董品店などなど……そしてどの店にもだいたいお客さんが入っていた。
こういった店は私が住む阿佐ヶ谷のパールセンターにはない種類のものだ。
この商店街に比べたらパールセンターの店はきちんと角を落として整えた既製品のように思える。
新小岩に住んでいる人にとったらこれが普通なんだろうけど、「素の個性をどこまでダダ漏らしてOKなのか」という基準値が低ければ低いほど(つまりは、どれほど自意識から解放されているかで)、ローカル度が高い土地だと言えると思う。
こんな言い方をするとネガティブに捉えられそうだが、街活目線からすると個性の枝葉を切り落としているよりもダダ漏れてしまっているほうが断然面白い。
私はそういうものに飢えているから、行った甲斐があるというものだ。
私たちは韓国系ブティックでスカートを試着したり、メダカを飼っている骨董品店の主人と会話をしたりしたあと、夜に行く飲食店をガイドブックを見て決めることにした。
「濃いわ!小岩新小岩食本」という駄洒落タイトルの本を商店街内の本屋で見つけ、目星をつけた。
「濃いわ!」……商店街の店を見る限りその表現に間違いはない印象だ。
そして、その日の夜に私の要望で行った店がこれだ。
「たちのみ わか」
「かなり安い価格で刺身などの魚介メニューが美味しく食べられ、わざわざ新小岩に降りて来る常連さんもいる」といったガイドブックの文言に惹き付けられた。
恐る恐る暖簾の前に立って中の様子を見ようとしたら、顔が見えないはずなのに「どうぞ!空いてるよ!」と店の人に声を掛けられてしまった。
コの字型にカウンターを囲んでいるお客さんですし詰め状態だったが、お客さんたちは自主的に私たち2人分のスペースを空けて捩じ込むように私たちを入れてくれた。
メニューは激安。1品200円からあり、一番高くて500円という破格の価格設定で、私たちは「こんな値段でやっていけるのかな」と驚嘆、心配し合った。
料理を出されたらこんな風にキャッシュオンでお金を払うシステム。
私たちは1000円ずつ出し合ってカウンターの上に置いておき、注文皿が来るたびにそこから払っていった。
隣の常連さんにおすすめを教えてもらいながら、煮込み、さんまの刺身、刺し盛り、スモーク鴨のサラダ、あん肝などを頼んだ。
口に運ぶたびに「美味しい〜!」とお互い終始言い合った。考えてみるとこの店では「美味しいね」ということしか言っていないのだった。
そしてちょっきり2000円を使い切る頃にはもうお腹がいっぱいで、お茶しようということで店を出た。
「ここはおくまり(私)が行きたいって言わなかったら絶対行ってなかったお店だよ」と彼女は言った。
たしかに、隣の常連客にも「新小岩に来てここに来るって…いや、渋いなぁ」と驚かれた。
私たちのような客は、こういう店にとっては異物なんだなぁと思った。
「今度旦那さんとも来よう」と彼女は言っていて、私はちょっと嬉しくなった。
記念に店の前で撮ってもらった。
……このときは全然気付いていなかったが、目ざといお客さんが中から暖簾をかき分けて勝手に写り込んできていた……。
こういうノリの土地柄なんだなぁ。私のポーズも謎のテンションだけど。
ちなみに、後ろ手に持っている袋には、豆腐店で買った豆腐と豆乳、豆腐餃子、豆腐小籠包が入っている。
この「わか」にも「アド街ック天国」の撮影クルーが取材に来たそうなので、放送では何位になっているのかが楽しみだ。
(お店の人は「私はうちが1位だと思ってるけど、何位になるのかは知らされていない」と言っていた。)
後日、彼女から写真が送られてきた。
彼女の家に行くため住宅街を歩いているときに「この辺、ちょっと違う道を歩くといっつもうまく辿り着けなくなるくらい、ほんと道が難しいんだよね。そうやって歩いてたらあるときめちゃくちゃ背の高いサボテンがそびえ立ってる家を見つけたんだよ。ほんとにすごいでっかいんだよ。旦那さんとも『サボテンの家』で話が通じるんだけどね。だけど、またあのサボテンの家を通ろうと思っても不思議なことに全然見つからないんだよね」という話を聞いていた。
それを聞いて私は「え〜〜私もそのサボテンの家、見たいよ〜!」と言って見たがっていたのだが、彼女が新小岩を出て行く前日に、偶然にもサボテンの家に遭遇したらしい。
それがこれだ。
出ていく前日に再会できた、というところが、新小岩が彼女の門出を祝福している証のような気がした。