映画監督、豊田利晃がレビュー「篠田桃紅展」@東京オペラシティアートギャラリー | Numero TOKYO
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映画監督、豊田利晃がレビュー「篠田桃紅展」@東京オペラシティアートギャラリー

Photo: Toshihiko Isomi, Highrise
Photo: Toshihiko Isomi, Highrise

2021年に107歳で惜しくも逝去した篠田桃紅。70年を越える活動を通して、孤高の位置をまもりながら、前衛書から墨による独自の抽象表現の領域を拓き、探究しつづけた篠田桃紅の個展が東京オペラシティアートギャラリーで開催中。篠田作品に魅了され、彼女を尊敬してやまない映画監督の豊田利晃がレポートする。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年7・8月合併号掲載)

Photo: Toshihiko Isomi, Highrise
Photo: Toshihiko Isomi, Highrise

天上の筆、世界を変える一本の線

篠田桃紅の作品を見ると背筋がピンと伸びる。美しく潔い筆跡に、その場に立ち会ったかのような静かな興奮を覚える。切り裂きの鋭い一本の線が生き方を語っている。意味など何も必要がない。その美しさと凛とした筆跡が生き様を感じさせる。作品とはそれだけでいいのかもしれない。そのような作品は篠田桃紅以外に味わったことがない。だからいつも桃紅さんの作品を見ると生き方を問われているような気がする。この感覚を味わいたくて、数年前から岐阜にある桃紅さんの美術館を頻繁に訪ねていた。東京オペラシティアートギャラリーでの今回が初という大規模な展覧会を見て、背筋が伸びきって心地よい疲労に包まれた。

Photo: Toshihiko Isomi, Highrise
Photo: Toshihiko Isomi, Highrise

和紙に墨で線を引くと、最初に書いた線の上にいくら墨を重ねても、最初の線の上には乗らない。そのことが基本であるから、最初の一本の線ですべての世界観が決まる。墨を変え、薄墨を変え、数本の線で作品が成り立っている。この線を引くまでにどのような覚悟が必要であるのかと思うと震える。

東京のど真ん中で和風の家に住み、朝起きると着物を着て、犬養毅から貰ったという数百年前の墨を水で擦りながら、その墨の匂いに満たされ、魔法使いの箒のような長い筆を持ち、キャンバスに貼った和紙の上に何の衒いもなく一本の線を引く姿は、本物の芸術家にしかない美しさを感じる。その人が百歳を超えていたと聞くと、もう頭が上がらない。この時間を超越した作品を見て震えてほしい。

Photo: Toshihiko Isomi, Highrise
Photo: Toshihiko Isomi, Highrise

《熱望》2001年、墨・朱・銀地/カンヴァス、150.0×100.0cm、公益財団法人岐阜現代美術財団蔵
《熱望》2001年、墨・朱・銀地/カンヴァス、150.0×100.0cm、公益財団法人岐阜現代美術財団蔵

《いろは》1960-65、鍋屋バイテック会社蔵
《いろは》1960-65、鍋屋バイテック会社蔵

《惜墨1》1991、岐阜県美術館蔵
《惜墨1》1991、岐阜県美術館蔵

篠田桃紅ポートレイト、2006年、アトリエにて唐墨を磨る、撮影:近藤茂實、提供:公益財団法人岐阜現代美術財団
篠田桃紅ポートレイト、2006年、アトリエにて唐墨を磨る、撮影:近藤茂實、提供:公益財団法人岐阜現代美術財団

「篠田桃紅展」

会期/2022年4月16日(土)~6月22日(水)
会場/東京オペラシティアートギャラリー
住所/東京都新宿区西新宿3-20-2
開館時間/11:00~19:00(最終入館 18:30)
休館日/月曜日
問い合わせ/050-5541-8600(ハローダイヤル)
URL/www.operacity.jp/ag/
※最新情報は上記サイトを参照のこと


豊田利晃監督の最新作『戦慄せしめよ』は全国ロードショー公開中

Text:Toshiaki Toyoda Edit:Sayaka Ito

Profile

豊田利晃Toshiaki Toyoda 映画監督。1969年、大阪府生まれ。1998 年、『ポルノスター』で監督デビュー。監督作に『青い春』『泣き虫しょったんの奇跡』『プラネティスト』『破壊の日』『全員切腹』。佐渡島の鼓童を主役に『戦慄せしめよ』が全国ロードショー公開中。

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