418
Culture Post

2010年代、写真はどこへ行く?[前編]/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.13

対談

多彩な肩書きを持ち、音楽、映画、グルメ、ファッション、格闘技などボーダレスな見識を披露するアーティスト菊地成孔と、写真、先端芸術からバリ島文化まで幅広く専門とする、美術史家にして東京芸術大学美術学部教授の伊藤俊治。アカデミックな2人が、世の中のニュースや日常の出来事、氷山のほんの一角の話題をダイナミックに切り崩しディープに展開する、かなり知的な四方山話。

 

Vol.13 2010年代、写真はどこへ行く?[前編]
Instagramといったアプリによって、誰もがアーティスティックな写真をしかもスマホでカスタマイズできるようになった昨今。スマホやデジカメで撮影した写真はSNSやブログ用として次々にアップされる。それ以外、かつてそうだったようにプリントしてアルバムに貼られたり、部屋に飾られることはあるのだろうか?
写真の価値観が変化している中、機能を駆使すればプロ顔負けの写真を撮れる2010年代の写真表現のあり方を考察する。

 

Instagram時代はすでに予言されていた!?
 
──過去の回ではTwitterを取り上げたりもしましたが、SNSをめぐる状況も変化していて、現在はInstagramのような画像共有アプリも浸透していますよね。
 
伊藤俊治(以下I)「考えてみると、ネットワーク上の写真の意味付けが明確になったのは、つい最近ですよね。もう18年前になりますが、ビル・ゲイツが創立した画像著作権会社・corbisが老舗であるBettman Archiveを買収し、世界的なネットワークを作ろうとしたんですね。その時に彼は「写真は21世紀の石油になる」と言っていました。当時は誰も意味を理解していませんでしたが」
 
──写真が石油、ですか。
 
I「1990年代半ばからインターネットが普及して、コンピュータテクノロジーが飛躍的に向上したじゃないですか。たとえばその時代のリアルタイムの画像を検索しようとしても、恐らく1995年以前のものはなかなか出てこない。ということは、その頃くらいから地球規模で皆が写真を撮るようになり、ネットワーク上にアップロードするようになった、ということです。僕たちは日常的にイメージをすごいスピードで、それこそ石油のように消費し、また、そんな時代にネット上で国際的に価値を持ちうるのはイメージだけである、ということだと思います。言語はあるコミュニティの中でしか機能しませんから。スマホが浸透したのはこの2,3年ですが、Instagramの中ではプロフェッショナルもアマチュアも関係ないから、たとえばフィルター機能で森山大道風、荒木経惟風、ホンマタカシ風、とある程度プロにも近づけられるし、エッジを立てたりコントラストを強めたり、ポラロイドやトイカメラのようなエフェクトも選べてしまう。画像データのパラメーターによって作家性が構築できてしまうんですよね。みんながプロのような写真を撮って共有する、前代未聞の時代です。僕らが「いい写真」、「美しい写真」と呼んできたものがフォーマット化、プログラミングされ、ここ2,3年で社会的な写真の受け止め方が大きく変化したと思います」
 
▶続きを読む/文章と写真とは逆方向に向かっている?

Recomended Post