憂鬱と痛みと共に同じだけの癒しをくれるブラッドオレンジの新EP「Four Songs」 | Numero TOKYO
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憂鬱と痛みと共に同じだけの癒しをくれるブラッドオレンジの新EP「Four Songs」

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Blood OrangeのEP「Four Songs」をレビュー。

憂鬱と痛みと共に同じだけの癒しをくれる、甘く切ないマイノリティの声

ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズは、2010年代の音楽シーンの大きな潮流を直接的に形作った存在でありながら、音楽ファン以外にとってはもっとも過小評価されている存在かもしれない。黒人として、クィアとして……つまり二重に差別される存在として、柔く繊細な感性を伴ったブラック・ミュージックを丁寧に紡いできた人物。ソランジュやカーリー・レイ・ジェプセンのプロデュースにも携わるなど、先のディケイドを決定づけた作品にも寄与し、言ってみれば、フランク・オーシャンなどとともに語られるべき重要人物なのである。ただ、どちらかと言えばプロデューサー気質のデヴの音楽は大々的なプロモーションを打つことは少なく、派手に耳目を集めることはない。だが、社会の隅っこにいる人々の居場所を用意して、いつもひそやかに迎え入れてくれる存在なのである。

現在はアメリカを拠点としているが、もとはイギリス出身のデヴ・ハインズ。両親はギニアとシエラレオネ出身だ。活動初期の頃はパンクやフォークにも手を出し、コロコロと名義や活動拠点を変える様から、彼のことを「流浪の人」と呼ぶファンもいる。デヴ・ハインズ名義になってからは、R&B~モダン・ソウルをベースに、宅録的な手触りのあるミニマルなサウンド・メイクでもって、密室かつナイーヴな世界観を築いてきたデヴ。特徴的と言えるのがリズムへのアプローチで、ウワモノはR&B調のコード・ワークに加え、吐息まじりの歌声、ゴスペル・ライクとも言えるような甘美なコーラスを聞かせることが多いのに、ビートは70~80年代にかけてのディスコ・ブギーからテクノ、ハウス、アフロ・ビート(これは両親のルーツへのオマージュだろう)を思わせるナンバーが目立つ。マッチョイズムが根強い黒人文化の中にあって、子供の頃からクィアとして生き、ゲイ・カルチャーがそばにあった彼にとっては、(『Negro Swan』では、子供の頃は女の子の格好をしていたこと、またそのために黒人の少年たちから暴力を受けたことを明かしている)、ブラック・ミュージックとともに、ダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックもまた幼い頃から身近なものとなっていったのかもしれない。

ここ数年は映画やドラマの音楽制作に携わってきたデヴ。「Four Songs」と銘打ったこのEPは前作アルバム『Negro Swan』から約4年ぶりの作品で、今後のソロアルバムへの期待も高まる1枚だ。4つの曲が曲間を持たずにつながっている点は、彼らしいクラブ・ライクな作り。1曲目の「Jesus Freak Lighter」は、テクノへの憧憬も感じさせる宅録ライクなチープなドラム・マシーンが空虚に駆動しながら、刻まれる90年代のR&B風のギターのコード・ワークがどこか懐かしく切ないナンバー。他方、EPを締め括る「Relax and Run」というナンバーは、トラック・メイカーのエリカ・ド・カシエールをフィーチャーしており、他の曲に比べてかなりパキッと精細な仕上がりのサウンドになっているが、弦楽器が擦れるようなトリルや、エヴァ・トールキンの少女のような倦怠と切実さのある歌声が浮かんでは消えることで、リリックが非常に刹那的に響いているのが印象的だ。だが、いずれの曲にしても不思議と心地よく癒されるような感覚があるのは、彼のシルクのような滑らかな歌声や、フェードをかけたようなウワモノのやわらかなサウンド・メイクのおかげだろうか。

そう、ブラッド・オレンジの楽曲はいつだって、痛みを孕んでいるのだが、同時に同じだけの癒しを内包しているように感じる。シリアスで時に胸が痛くなるような過酷な状況も歌いながら、彼の音楽を聴くと、どこかうすぼんやりとしたやわらかな光に包まれ、体温の温もりにを近くに感じるような錯覚に陥るのだ。あるいは、ゆりかごの中で心地いい布団に包まれているかのような、と言えばいいだろうか。このEPには、ブラッド・オレンジの過去作にも登場しているイアン・イザイア(自らを「ジェンダーレス」と呼ぶ、歌手でファッション・アイコン)も参加しているが、社会的なマイノリティの当事者であるデヴ自身が、まさにそうした型にはまらない人々の宿木になっているのだろう。常に晒される差別や暴力に恐怖し、傷つくことに怯え、鬱屈した気分を共有できる避難場所のようなものとして、彼の音楽は求められ続けているのである。このEPに並んでいる楽曲は、まだその断片のようなものに過ぎないカジュアルなナンバーばかりだが、きっと近いうちにリリースされるであろうアルバムも楽しみだ。

Blood Orange『Four Songs』

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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