シネマティックで挑戦的。フォークの進化を体現するシャロン・ヴァン・エッテンのニューアルバム | Numero TOKYO
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シネマティックで挑戦的。フォークの進化を体現するシャロン・ヴァン・エッテンのニューアルバム

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、シャロン・ヴァン・エッテンのアルバム『We’ve Been Going About This All Wrong』をレビュー。

暗闇は明けると予感させる、シネマティックで挑戦的なインディー・フォーク

先日発刊された音楽誌「ele-king vol.29 フォークの逆襲 ── 更新される古き良きモノたち」を手に取った。牧歌的で素朴な(時に刺激に乏しい)音楽と見なされがちな「フォーク・ミュージック」が、実際には、その定義を拡張させながら先鋭的な表現も取り込んだ音楽として進化していることが、誌面全体を通して改めて見えてきた。シンプルであるが故に、いかようにもそのサウンドを変化させることができて、あらゆるジャンルと結びつくことさえできる懐の深さがあるフォーク・ミュージック。そんな点にこそ、個人的にも心を揺さぶられることが多い。

シャロン・ヴァン・エッテンも、おおむね「フォーク」といっていいアーティストだろう。元々レーベルのスタッフとして働きながら音源を自主制作、2009年にアルバム・デビューし早15年弱。決して華やかなタイプではないが、フォークを下敷きにその音楽性を拡張、深化させてきた姿は若手からもリスペクトを集めており、今やインディー界のビッグ・ネーム的な立ち位置にもなりつつある。今作はそんな彼女の6枚目となるアルバムだ。これまで同様、度肝を抜くような派手さはない。だが、滋味深く落ち着いたソングライティングをもとに、エレクトロニクスをふんだんに取り入れたスケールの大きなサウンド・スケープは、圧巻の一言。まさに前述のような「フォークの進化」を体現する作品だ。

ほとんどの楽曲がパンデミックの最中に書かれたという今作。「この2年間を通じて、自分にとっては、あらゆる問題を解決することよりも、その問題を認識することが重要だと学んだ」と語る彼女が紡ぐ今作の楽曲は、ダークなムードが漂いながらも、とにかく抜けが良い澄んだサウンド作りが印象的で、これまで以上に達観した視点も感じ取れる。例えば冒頭の「Darkness Fades」などは象徴的な1曲で、アコースティック・ギターの誠実な音色に、地を踏み締めるようなドラム、そして<暗闇は明ける(Darkness Fades)>という確信を思わせる歌声は、私たちが未来へと着実を歩を進めていることを信じさせてくれるし、曲の後半に加勢する、寄せては返すようなシンセの波は楽曲をダイナミックに高揚させ、確かな希望をも予感させる。

今作のハイライトを挙げるなら、中盤に位置する「Born」という曲を推したい。ピアノをバックに静謐に始まりながら、歌詞を歌い終わるや否やドラムは一層力強く叩き鳴らされ、浮遊するシンセ、高らかなホーン、ストリングス(初期のアーケード・ファイアとの仕事でも著名なストリングス・アーティストのオーウェン・パレットの助けも得たという)に彩られて壮大なフィナーレを迎え、リスナーはサウンドの渦に飲み込まれていく。また驚くべきは、そこに覆いかぶさる彼女のコーラス。まるで神秘的な聖歌のように歌い上げられるそれはどこかシネマティックでもあるが、これは、40代になった今、キャリアをもっと多様化させてゆきたいという想いから昨今彼女が取り組んでいる映画の劇伴や主題歌の仕事で出会い、今作でも多大な協力を得たというザック・ドーズ(ザ・ラスト・シャドウ・パペッツ)から「自分の声を単に歌うだけでなく、楽器として使い続けるように勧められた」ことも影響したものだろう。

子供が生まれたタイミングと前後して長年拠点としていたニューヨークを離れ、現在はカリフォルニアへと移っているというシャロン。先に挙げた、終わりが見えないと感じても、今ある問題を一つひとつ丹念に捉えることの大切さに触れた彼女の言葉は、パンデミックについてみならず、自身の育児とも重ねた発言にも思えてくる。重苦しさの中でもがきながらも、力強く光を導くような、清澄かつ挑戦的でもある彼女のサウンドと歌声は、いまやフォーク界の至宝と呼びたくなる風格を湛えている。

Sharon Van Etten 『We’ve Been Going About This All Wrong』

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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