セイント・ヴィンセントの最新アルバムに込められたメッセージ | Numero TOKYO
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セイント・ヴィンセントの最新アルバムに込められたメッセージ

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、St. Vincent(セイント・ヴィンセント)の最新アルバム『Daddy’s Home(ダディーズ・ホーム)』をレビュー。

過ちを許す包容力──「セイント・ヴィンセント」の素に近づく6枚目のアルバム

テキサス出身のシンガーソングライター、アニー・クラークが「セイント・ヴィンセント」としてデビューしてからもう14年。2012年のデヴィッド・バーンとのコラボアルバムのリリースや、直近ではポール・マッカートニーのリミックス・アルバムへの参加が話題になるなどビッグ・ネームからも一目置かれるトップ・アーティストでありながら、ソロ・ワークへの腰が重くなることもなく、コンスタントにアルバムを世に送り出し続けていることを思うとその尽きぬ創作意欲とタフさに驚かされる。今作『Daddy’s Home』は彼女の6枚目のオリジナルアルバムだが、今改めて彼女のディスコグラフィーを振り返ると、作品ごとに、サウンドから本人のビジュアル・イメージに至るまで、常に変化していることに気づく。ある時は映画のサウンドトラックをコンセプトにしたり、ある時は未来の新興宗教の教祖を演じてみたり。前作『Masseduction』(2017年)リリース後からは、ハイヒール・ブーツに極彩色のボンデージを身に纏い、メタリックなギター・サウンドと無機質な電子音を操るライブ・パフォーマンスでも観客の度肝を抜いていた。 そういう意味では、セイント・ヴィンセントは多分にシアトリカルなアーティストであると言えるだろう。今作の幕開けである「Pay Your Way In Your Pain」のMVを見てほしい。4:3の画面に、やたら画質の荒い映像、ハリボテのようなギラギラとしたセット、強引なカット&ペースト感のある編集……。まるで何十年も前のミュージック・ヴィデオのパロディのような映像だが、それもそのはず、今作は70年代のニューヨークをイメージして作られたアルバムなのだそう。確かに、全編を通して聴けるいなたいドラムやベース・ラインは70年代のハード・ロックやグラム・ロックのようだし、やたらとソウルフルなコーラスはその当時のディスコ&ファンクを彷彿とさせる。また複数の曲に登場するシタールの音色は、パンク以前のニューヨークに漂う、享楽的でいかがわしい空気を表現しているかのようでもある。

だが、聴き進めるにつれ、これまでになく肩の力の抜けたソング・ライティングへと移り変わっていくのが今作の興味深いところ。弾き語りをベースにしたような飾り気のないメロディ・ラインや、「Melting of the Sun」での美しくも哀愁のある歌声は、内省的な趣きも感じさせる。実のところ今作は、株式操作に関与した疑いで逮捕、12年ほど服役していた彼女の父親の出所をきっかけに作られた作品なのだそう。家族を守るため、これまでこうした事実を話すことに対して細心の注意を払ってきたというアニーだが、『Daddy’s Home』というタイトル通り、今回そうしたプライベートな側面をオープンにしたことが、こうした素の彼女がチラつくような作風に投影されているのだろう。

今作のテーマである70年代は、73歳になるという彼女の父親が青年期を過ごした時期にあたる。そしてニューヨークは、デビュー以来、彼女の創作の拠点となってきた特別な場所だ。そこに「父親の青年時代」という舞台セットを用意して迎え入れるということは、罪を犯した彼女の父親が、新しい人生を生き直すことを受け入れ、肯定することを表現しているかのようにも思える。「どんな人間にも多くの面があり、間違ったことをしたこともあれば、良いところもある」と彼女は語る(The Gurdin掲載のインタビューより)が、こうした過ちを犯した者を許す包容力こそが、このアルバムの真のメッセージなのであろう。

St. Vincent(セイント・ヴィンセント)
『Daddy’s Home(ダディーズ・ホーム)』
(Virgin Music Label & Artist Services)
¥3,300 ※日本盤は歌詞対訳・解説付き、ボーナス・トラック1曲収録

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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