自身の原点に想いを馳せた、ラナ・デル・レイの新アルバム『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』 | Numero TOKYO
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自身の原点に想いを馳せた、ラナ・デル・レイの新アルバム『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Lana Del Ray(ラナ・デル・レイ)『Chemtrails Over The Country Club(ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ)』 をレビュー。

「サッド・ポップ」のスターが告白する、自身の原点とアイデンティティへの想い

約1年半ぶりにラナ・デル・レイが7枚目となるアルバム『Chemtrails Over The Country Club』をリリースした。2010年のデビュー以来、ポップ・スターとして常に注目を浴び続けてきたシンガーソングライターではあるが、昨今、彼女への評価は急激に見直され、その動向にさらなる期待を寄せられる存在となってきている。そうした流れの背景には、彼女の、通称「ハリウッド・サッドコア」と呼ばれる退廃的でメランコリックなポップスを直接的な影響源として、ビリー・アイリッシュのような新しい世代のポップ・スターが生み出されたこととも無関係ではない。

サイケで蠱惑的で物悲しげ、というイメージの強いラナのこれまでの作品。だが、今回送り出したニューアルバムは、その印象を覆す素朴なソングライティング、サウンドメイクの楽曲がその大半を占めるのが興味深い。ピアノの演奏を軸に、パーカッションやファジーなエフェクトをわずかに乗せただけのそぎ落とされた楽曲、そして何より物憂げなラナの歌声は、彼女の紡ぐメロディライン本来の美しさをより一層際立たせている。冒頭の楽曲「White Dress」で、自身がスターになる前の音楽への純粋な想いを回顧するところから始め、アルバム全体を通じて、信頼できる人間だけと関係性を築いていこう、と様々な角度から歌う今作は、自身の原点に想いを馳せた作品だと言えるだろう。

ただ、表題曲である「Chemtrails Over The Country Club」は、少し趣きが異なる楽曲だ。“Chemtrails”というのは、空中に散布された有害な化学物質を含む飛行機雲が存在する、という陰謀論のことで、つまりは自分が信じたいものだけを信じることの危険性を表していると言えるだろう。仲睦まじそうな50年代風の白人女性の“クラブ”を写したジャケットのアートワークやMVしかり、楽曲の中では、友人たちや家族といかにもアメリカ的な豊かな暮らしを享受する白人たちを描いているのだが、それは、ラナ自身も含め、見たくないものを見ずに生きていける特権的な存在としての暗喩なのではないだろうか(行儀よく夢見心地に暮らす人々が、実は恐るべき凶暴さを秘めている、というMVのオチも意味深だ)。

その一方で、カントリー・シンガーのNikki Laneとの共作曲で、ラップ・スティールやバンジョーの音も聴こえてくる「Breaking Up Slowly」という楽曲も印象的に収録されており、また、Zella Day、ワイズ・ブラッドの二人とジョニ・ミッチェルの「For Free」のカバーも収録。こうした一連の楽曲には、彼女の「アメリカに住む白人」としての二重の自意識が投影されているように思える。白人としての自分に厳しい目を向けながらも、そのアイデンティティを自分の手で真っ向から否定するのではなく、責任を持って受け止めるという意思を感じさせるのだ。

自身の音楽活動の原点と、アイデンティティに思案を巡らせたラナ・デル・レイのニューアルバム。今年中には今作を補完するもう1枚のアルバムがリリースされるとのことだが、そちらでもまた、自身のルーツへの想いがテーマになりそうだ。そんなアンビバレンツな想いまでも正直に吐露する彼女の音楽だからこそ、筆者は愛着を持って聴いてしまうのである。


Lana Del Ray
『Chemtrails Over The Country Club』(UNIVERSAL INTERNATIONAL)
2021年3月19日(金)リリース 2,750円(税込)

各種デジタル配信はこちらから

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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