キャッチーでクール。ジェシー・ウェアのディスコ・チューンに心酔 | Numero TOKYO
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キャッチーでクール。ジェシー・ウェアのディスコ・チューンに心酔

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、ジェシー・ウェア(Jessie Ware)『What's Your Pleasure』をレビュー。

クールなディスコ・チューンが誘う、束の間の密やかなロマン

キャリアを重ねたアーティストほど作品は刺激を失ったり、あるいは本人にしかわからないような趣味性が強くなったりすることが多いのはよくある話だが、今作はその真逆だ。ロンドン出身のR&B/ソウルシンガー、ジェシー・ウェアの約2年半ぶり、4枚目となるアルバム『What's Your Pleasure?』は、すでに中堅に差し掛かったと言えるシンガーとは思えないほどに鮮烈だ。ディスコへのオマージュを隠さない大胆なアプローチと硬質なプロダクションが巡り会うことで生み出された、キャッチーさとクールさが共存する佇まいには、未だ驚きを隠せないでいる。 彼女の2012年のデビュー作は、クラブ風のサウンドでアレンジされた楽曲にクラシカルなUKソウルらしい歌をじっくりと聴かせる作風で大きな評価を得た作品だったが、その後のアルバムはより広い大衆に門戸を広げたような王道のポップ・ヴォーカル作品となっていた。初期の頃のファンは少し物足りなさも感じていたかもしれないが、今作は一転、ダイアナ・ロスの『Diana』(1980年)やマドンナの『Like A Virgin』(1984年)のような、80年代風のファンキーなディスコ・グルーヴが全体を貫く、アップリフティングな作品に仕上がっている。

とは言え、決してよくあるただのパーティー・アルバムにとどまっていないところが、今作の感嘆するところ。トラックは、ユーロ・ビートやハウス、テクノなどを思わせる規則的なシンセサウンドを中心に構築され、どこか無機質でモダンな印象に作品をまとめあげている。またヴォーカルも、これまでのようにソウルフルに歌い上げるのではなく、クールさを保ったウィスパーヴォイスを多用したり、細切れなコーラスを楽器のように重ねるなどの使い方がされ、聴き手のほうも、熱さと冷たさの間をジリジリと焦らされながら、少しずつ高揚感が高められていく。それらが作品にまとわせている、なんともスリリングでどこか秘密めいた官能的な雰囲気が聴いていて絶妙に心地よいのだ。

出産や育児などのブランクを経た後の2018年のツアーは、母親から「辞めた方がいい」と言われるほど散々な出来だったらしく、多くのアーティストと同様、ジェシー自身もキャリアの停滞に悩んでいたようだ。それゆえに、彼女自身が「音楽は楽しいものなのだ」という気持ちをもう一度取り戻すために制作されたという今作は、どこか刹那的な快楽を求める歌詞とも相まって、キャリアの重荷や家庭から解き放ってくれるような、束の間のロマンを見せてくれるのである。だからこそ『What’s Your Pleasure?』をプレイする今夜だけは、聴き手の私たちも、そんな密やかなロマンに誘われてもいいような気がしてしまうのだ。

Jessie Ware 『What’s Your Pleasure?』
2020年06月26日デジタルリリース
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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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