落合陽一 インタビュー「2018年版・これが僕らの生きる未来」 | Numero TOKYO
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落合陽一 インタビュー「2018年版・これが僕らの生きる未来」

徹夜続きで臨んだという展覧会の開幕初日、浮遊する作品『Silver Floats』の前で。
徹夜続きで臨んだという展覧会の開幕初日、浮遊する作品『Silver Floats』の前で。

メディアアーティスト、研究者である落合陽一が、表参道のEYE OF GYREにて個展「落合陽一、山紫水明(さんしすいめい)∽(そうじ)事事無碍(じじむげ)∽(そうじ)計算機自然」を6月28日(木)まで開催中。“現代の魔法使い”とも呼ばれる彼が、今回の展示に込めた思いとは?

──落合さんが追求する「デジタルネイチャー(計算機自然)」は、魔法同然に進歩したテクノロジーによってアナログとデジタル、リアルとバーチャルが融合した世界ですが、今回はその境地をどう表現しましたか。

「古典の美とアートを融合させた茶室を作りました。タイトルの『∽』は相似を表す記号で、『山紫水明(さんしすいめい)』とは山が光で紫色にかすみ、水が澄み切っているという解像度の美しさを表す視点。『事事無碍(じじむげ)』は仏教用語で、人間の理性を介さずに物や現象同士がつながっていることを指し、人間が過程を理解せずともAIによる解決がもたらされるようになった状況を重ねました」


第1の部屋。鯖の体色やイルカの音波の可視化など、人間の解像度で見た「完全には同一化できない」自然がモチーフ。Photo:Tadayuki Uemura

──東洋思想に特化した理由は?

「日本の古典的な美とメディアアートには相通じるものがあるから。松尾芭蕉の俳句『古池や 蛙飛びこむ 水の音』は言葉としては明瞭ですが、人々が思い浮かべる光景はそれぞれに異なり、しかも焦点がぼやけている。そのようにぼやけているものと明瞭なものの間の美しさに、東洋的な思想が内包されており、その状況が自然と融合したテクノロジーによる魔術化の結果もたらされ、新たな自然としてのエコシステムを構成するのです。その視点からメディアアートを捉え直し、茶室の空間として表現してみました」


会場エントランス。茶室の意匠である丸窓やにじり口、華道家・辻雄貴との共作の生け花などが目を惹く。Photo:Tadayuki Uemura

──デジタルネイチャーとはテクノロジーの進展が美学や思想と融合した状況であり、それが私たちの文明の到達点であるというわけですね。

「はい。そしてそれが、今回の展示テーマでもある。入り口の丸窓は日本の茶室の意匠ですが、そこにさまざまな焦点のフレネルレンズ(同心円状の溝を持つレンズ)が歪(いびつ)に並び、内部の様子を映し出している。その脇に置かれた生け花は、華道家の辻雄貴さんとの共作。光学機材を使って花器を作ったところ、辻さんが藤の花を生けてくれました。入って最初に目にする絵は、鯖の体色を再現したもの。鯖の体は、上半分は海の擬態で青く、下半分は日光の擬態で銀色で、上から来る魚には海の色、下から来る魚には空の色と同化する。その遺伝による不完全な擬態を銀箔の上にプリントしたところ、美しくも不完全な侘(わ)び感になりました」


美しい光沢を持つモルフォ蝶の静止した標本と、構造色印刷による動的なオブジェを対比し、自然と人工物の差を考える作品。Photo:Tadayuki Uemura

生物たちの知覚に身を委ね
プラズマの音に風情を感じる

──空間の随所にヒントや問いかけを設(しつら)えていくという、まさに茶室を作る楽しみそのものですね。

「僕は、これこそがメディアアートだと思っています。例えば、ライゾマティクスの真鍋大度さんが手がけるPerfumeのパフォーマンスは『彼女たちの歌とダンスにこんなテクノロジーを合わせたら面白くなるはず』という精神から生まれたもの。それはいわば『このコンテクストに、この茶碗や掛け軸を合わせよう』という茶の精神にも通じます。

今回は、3つの部屋ごとに異なるテーマを設定しました。一つ目の部屋は、イルカなど人間とは異なる生き物たちと自然のギャップを、俳句の季語のように構成しました。浮遊する作品を設置した二つ目の部屋は、風景と対峙する場所。そして、三つ目の部屋は異なる視点を通して、日常の世界を眺める場所です。いつもとは違う街の眺めを、ぜひじっくりと眺めてほしい。時折鳴り響くバチッというプラズマの音にハッとさせられますが、これは日本庭園における鹿威(ししおど)しの代わりです」


第2の部屋の新作インスタレーション『Silver Floats』(TDK株式会社と共同制作)。さまざまな色を放つ映像を背景に、サイン波の波形をかたどったオブジェが回転しながら浮遊する。Photos:Tadayuki Uemura

──落合さんの超ハイテクなイメージに対して、こうしたモチーフに意外性を感じる方も多いのでは?

「それは、見る人の知識や意識に応じて感じてもらえればいい。端的にいえば、作法を知らなくても、お茶はおいしいですよね。でも、茶器や茶室の設えなど、読み解く目や知識を持った人には、あんなに作り込まれた空間は他にはない。そうやって追求すればするほど深く響くものを作っていかないと、世の中すべてがグミみたくなっちゃうから」

グミを嗜(たしな)みカレーを吸う
落合陽一流・見立ての楽しみ

──落合さんの主食であるグミキャンディーと、世界の見方がここでつながってくるわけですね!グミは西洋近代合理主義がもたらした化学や産業の産物ですが、その魔法のように不思議な食感には、東洋思想に通じる感性価値がある、と。

「僕はグミが好きだけど、その背後にある複雑な現象や法則を知っているからこそ、グミをおいしく感じる。そこには、複雑なものとわかりやすいものの中間点をどう作るかというヒントがあります。そしてデジタルネイチャーには、エスプリの工学的実装という側面がある。今回の展示作品の配線はあえて隠さないままにしていますが、これは『配線はきれいに処理するのが当たり前』という価値観に対して『ごちゃごちゃしている状態の美』を再提示する試みです。もともと日本には、大陸では捨て置かれていた日常の器に『侘(わ)び・ 寂(さ)び』を見いだして独自に茶の湯の文化を発展させてしまうような、ある意味でエラーの起きる素地があった。ところが今では、そうした面白いエラーを自ら潰しにいき、わかりやすく説明する風潮が蔓延している。これには危機感を覚えますね」


表参道を臨む第3の部屋。微動するフレネルレンズを通し、水面のように揺れる世界を目にすることで、風景の中に物質性を喚起する作品。Photo:Tadayuki Uemura

──テクノロジー自体ではなく、その見立てによって人々の意識を変えようとしているわけですね。かつての千利休のような文化人たちに通じる姿勢を感じます。そういえば、テレビ番組『情熱大陸』ではレトルトカレーをストローで吸っていましたが、もしや、それも“新たな見立て”といえるかもしれませんね!

「そうそう。なかでも森下仁丹のカレーは常温でもすごくおいしい。あんなに複雑な味はめったにない。カレーに限らず、身の回りの製品がどのように作られ、どんな法則で感覚に作用しているかを考えたら、それはもう味わい深いものです」

──そんな落合さんの宇宙観が、この茶室には凝縮されている。次なる目標はありますか。

「茶室の次は庭園を作りたいなって思いました。茶室を作ってみて、僕は50ミリとか30ミリの画角で生きている人だから、ダクトや窓の反射の美しさにどうしても視線が行ってしまう。でも近代以前の日本人はこじんまりとしたものを作ることが得意な民族でした。だからこそ、この空間を体験して外に出たら、いつもとは感覚のスケール感が変わって、世の中がもっと気持ちよく感じられるはず。その感じをぜひ、体験してもらいたいと思いますね」

「落合陽一、山紫水明(さんしすいめい)∽(そうじ)事事無碍(じじむげ)∽(そうじ)計算機自然」
落合陽一の創作表現のテーマ「デジタルネイチャー(計算機自然)」をモチーフに新作4点を含む計15点の作品を展示し、その技術哲学と美のヴィジョンを展望する。(主催:ピクシーダストテクノロジーズ株式会社)
会期/開催中〜6月28日(木)
会場/EYE OF GYRE
住所/東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
URL/gyre-omotesando.com

落合陽一を理解するための代表作とキーワード集

Portrait : Tadayuki Uemura Interview & Text : Keita Fukasawa

Profile

落合陽一(Yoichi Ochiai)メディアアーティスト、研究者。1987年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程を飛び級で修了後、ピクシーダストテクノロジーズ 株式会社を創業。2015年より筑波大学図書館情報メディア系助教、17年より学長補佐 、准教授・デジタルネイチャー推進戦略研究基盤代表。一般社団法人未踏理事などを兼任、受賞多数。

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