映画『ワンオペレーション』メアリー・ブロンスタイン監督「母親としての実体験から生まれた作品。育児を取り巻く問題に気付くきっかけになったら」

主演を務めたローズ・バーンがベルリン国際映画祭銀熊賞とゴールデン・グローブ賞を受賞し、さらに米アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされた『ワンオペレーション』。セラピストとして働くリンダが、育児と仕事に追い詰められていくさまをブラックユーモアを交えて描いた作品だ。

監督・脚本を手がけたのは、2008年に『Yeast』で長編映画デビューを果たした1979年生まれのメアリー・ブロンスタイン。フェミニスト理論を執筆するなど、フェミニズムについて思考を深めてきた彼女は、自身の“ワンオペ”体験をもとに本作を制作した。女性の社会進出が進む一方、育児を支える環境が十分に整っているとはいえない現代社会。そのなかで母親が抱える孤独や葛藤をスリリングに描いた本作について、そして自身のフェミニストとしての思想がどのように作品に反映されているのか、ブロンスタイン監督に話を聞いた。
フェミニズムの学びと、自身のワンオペ経験から育児を考える

──『ワンオペレーション』は監督自身の実体験がモチーフになっているそうですが、具体的にどのような体験をもとに映画を制作しようと考えたのでしょう?
「まず、『ワンオペレーション』という日本語のタイトルがとても気に入っています。一人で育児をするという状態をとてもうまく表していると思います。これまでなかったのが不思議なくらいの言葉ですよね。私の娘が7歳の時に病気になって、治療を受けるために、ニューヨークから、アメリカの反対側にあるカリフォルニア州のサンディエゴに移住しなければいけなくなったんです。夫はイクメンなので、『ワンオペレーション』で描かれているリンダの夫、チャールズとは大きく違うんですが、仕事の都合でニューヨークに留まらなければいけませんでした。私と娘の二人で、サンディエゴの小さなモーテルに8カ月間も住むことになりました。夫もたまに来てくれたんですが、いつも一人で育児をする私をケアしてくれるというよりは、遊びに来る感じだったので、その8カ月間、全部のエネルギーが持っていかれるような感覚になって、ものすごく疲弊しました。正直その出来事はトラウマです。
劇中でリンダは育児に追い込まれ、朦朧として、幻覚を見たりしますが、あそこまでじゃないにしろ、近いことは私もありました。当時の自分は現実から逃げ出したいという気持ちで空想の世界に飛んでました。娘が寝た後がようやく自分の時間で、バスルームの電気だけを付けて、本作の脚本を書いていました」

──監督はフェミニスト論を執筆されていますが、そういった活動をするようになったのはどうしてだったのでしょう?
「元々、高校時代にフェミニストっていう概念を知って、自分はフェミニストだと自覚しました。グロリア・スタイネム、ベル・フックス、ベティ・フリーダンといった方々のフェミニスト論に触れる中で、フェミニズムとは、女性であることによって、生きる上で何かしらの制限を受けてはならないという考え方だと改めて認識しました。
例えば、子育てをはじめとする家事は、女性だけに課せられるタスクではないし、パートナーとシェアするべきだとそもそも考えていました。90年代は10代だったので、メディアで報じられていることに違和感を覚えたり、ボディシェイミングやクリントン大統領の女性スキャンダルで動揺したことを覚えています。大学では演劇を専攻したんですが、同時に女性学も学んで、フェミニズムに触れることができました。自分にとってはとても大切な概念だと改めて感じました。
ただ、アメリカでは性別関係なく、フェミニズムという言葉を誤解している人が多いんです。フェミニズム=男性嫌悪ですとか、男性の権限を減らすべきだというふうに勘違いをしている方がいる。単に男女平等を唱えていて、女性の人権を主張する言葉だと信じています」
いまだ変わらない、母親を取り巻く社会状況

──今お話しいただいた、ご自身のフェミニストとしての考えは、『ワンオペレーション』の脚本執筆にどんな影響を与えたと思いますか?
「リンダの周りにいる人たちは、本当に彼女を助けてくれるわけではないですし、『子育てが一人で大変だったら、他に育児をやってくれる人を雇えば?』という提案をしてくれる人もいません。つまり、彼女の苦しみを誰も真剣に受け取ってくれていないという状況に置かれています。夫は長期出張で近くにおらず、しかもリンダをケアするという意識を持っていません。夫の言い分は間違いではないけれど、正しくはないと思うんです。
物語は、リンダの大変な状況がどう変わっていくのかということに対して、いろいろなことを想像させる流れになっていますが、私のフェミニスト論はストーリーに反映されていますし、映画をご覧になっていただける方には、育児の苦労や葛藤、母親のフォローなど、身近なところから、育児がシリアスな問題であることに気付くきっかけになったらいいなと思います」

──日本では、ワンオペをする女性に対して不寛容な社会が問題視される状況がありますが、アメリカでのワンオペを取り巻く状況をどう考えていますか?
「昔は、今より家族の人数が多かったし、親戚やそのコミュニティ全体で育児に協力するという体制が組まれていました。しかし、核家族が増え、育児に関わる人数が少なくなってしまっていますよね。また、アメリカは『どんどん子供を産め』という一方で、育児の支援がないので、非常にお金がかかります。多くの家庭では、女性が仕事を休んで育児に専念します。母親であることがすべてのアイデンティティになってしまい、それ以外のアイデンティティが消えてしまい、メンタルヘルスに影響を及ぼしています。孤独や恨みといった感情に繋がり、過剰な飲酒などを引き起こす。私はアメリカという国は好きですが(笑)、「自分が選択して産んだんでしょ? 自分で勝手に育てなさい」っていう無責任さを感じます。
ポジティブな動きとしては、私の父や祖父の時代に比べて、育児に協力したいと思っている男性がたくさんいて、イクメンが増えたということです。ただ、父親が子供を連れていると『イクメンだね』と褒められますが、母親が子供を連れていても何も言われない。まだまだダブルスタンダードがありますよね」
『ワンオペレーション』
家事と育児、セラピストの仕事に追われるリンダは、原因不明の病を抱える幼い娘の世話に追い詰められていた。顧客の患者への対応、娘の担当医からの叱責、出張中の口うるさい夫からの電話──休まる暇もない日々の中、自宅アパートの天井が突然崩落し、娘とともに海辺の格安モーテルへ移り住むことに。誰にも頼れない孤独のなかで限界を迎えた彼女は、思いもよらぬ事態へと飲み込まれていく──。
監督・脚本/メアリー・ブロンスタイン
出演/ローズ・バーン、コナン・オブライエン、エイサップ・ロッキー、ダニエル・マクドナルド
9月18日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
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配給/東京テアトル、シンカ
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Interview & Text: Kaori Komatsu Edit: Yukiko Shinto
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