池松壮亮×オダギリジョー対談 「言葉が違ってもご飯を食べて笑い合う、それだけでいい」
『舟を編む』『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の石井裕也監督が、オール韓国ロケで挑んだ『アジアの天使』が公開される。石井監督が韓国の映画監督・俳優のパク・ジョンボムと出会ったことから生まれた今作。ほとんどが韓国キャストとスタッフの中で、日本人の兄弟を演じた池松壮亮とオダギリジョーにインタビュー。韓国で彼らが感じた「緩やかな共同体」とは?
韓国と日本の映画人2人の出会いから生まれたひとつの映画
──この映画に参加することになったきっかけは?
オダギリジョー(以下 オダギリ)「この作品のプロデューサーは昔からの友人で、以前から石井監督と池松君が韓国で映画を準備しているという話を聞いていたんです。楽しそうだなと思っていたら、その何カ月後かに突然オファーをいただいて」
──池松さんは、石井監督とどのくらいの期間、準備されていたのでしょうか。
池松壮亮(以下 池松)「まず、2015年に石井監督と映画監督で俳優のパク・ジョンボムさんが、釜山国際映画祭の審査員として出会い、ものすごく意気投合したんです。その翌年、パクさんが東京に来た時に僕は紹介され出会いました。その翌年に僕と石井さんが韓国を訪れて、パクさんにいろんな韓国の風景を見せてもらい、一緒にご飯を食べてお酒を飲んで。また今度はパクさんが東京に来て一緒にバッティングセンターに行ってお酒を飲んで。そういうことを数年繰り返していたんです。その頃から、なんとなくこの奇跡的な出会いが映画に繋がることになるだろうなという予感はありました。そして、2017年ごろ、石井さんから『ちょっと書いてみたんだけど』と脚本を渡されました」
──今回、全編韓国ロケでした。キャストとスタッフも、95%が韓国の方だったとか。
オダギリ「僕らは監督とは日本語でコミュニケーションできるので、良いチームワークを保てたと思いますが、石井監督は大変だったと思います。外国ですから、思い通りに行かないこともたくさんあったでしょうね」
──オダギリさんは、『マイウェイ12,000キロの真実』など、韓国作品にも出演されていますよね。
オダギリ「そういった経験もあって、海外の現場に参加するときの心得は多少あるつもりですが、監督という立場だと、比べものにならないくらい大変だろうと思ったので、できるだけ監督のフォローをしたい気持ちはあったんです。お酒を飲んで監督のグチを聞くぐらいしかできなかったですけど」
池松「オダギリさんの存在はものすごく助けになりました。韓国でもすごく人気がある方なので、オダギリさんがいるだけで韓国スタッフの気分が高揚しているのがわかるんです。オダギリさんがいてくれたことが、僕にとっても石井監督にとっても大きな力になりました」
「何を言ってるかわからないけど、とりあえず乾杯」
──ソル役のチェ・ヒソさんは日本語が堪能ですが、他の共演者とは、どんなコミュニケーションを?
オダギリ「みんなでご飯を食べに行くと、最初はお互いに英語でコミュニケーションするんですけど、お酒が入ってだんだん英語で話すのが面倒になっていって、母国語に戻るから、ヒソさんが率先して通訳してくれて(笑)。ありがたいですよね。そのおかげでみんなといい関係が築けました」
池松「ソルの妹役のキム・イェウンさんは英語が堪能で、こちらのつたない英語でもどうにか意思疎通できたんですけど、兄役のキム・ミンジェさんは、全く英語を話さないんですね。にもかかわらず果敢にも僕らにひたすら韓国語で話しかけてくるので、こっちも日本語で返事すると、『何を言ってるかわからないけど、とりあえず乾杯』と(笑)。コミュニケーションがもうめちゃくちゃなんです。互いに好き勝手喋って。うまく伝わる気がしませんがそれでも言葉以上に心が通う瞬間が本当に存在するんです。劇中も言葉が通じないながらに、なんとなく心を通わせるシーンがありますが、実際に現場でもそうでした」
──周りが韓国の俳優・キャストの中、お互いに助け合ったことや、兄弟役で良かったと感じた瞬間は?
オダギリ「いくつかの国が合同で映画を作るとき、僕は、他の国のキャストやスタッフに、日本の俳優ってこんなものかと思われたくないんです。今回、弟役が池松くんだからこそ、日本の俳優の底力を見せられたところがいくつもあったと思います。さらに言えば、石井監督がいて、この三角形だからこそ、面白い勝負ができたかなという実感がありますね」
池松「山のようにあるんですけど、言葉や文化の違う異国の地で、ユーモアで軽々と突破するオダギリさんの姿に、とても勇気づけられました。それから、息子役の佐藤凌くんと僕が些細なことでケンカをしたとき、オダギリさんが凌のところにそっと駆け寄って、彼を慰めてくれていたんです。なんてさりげなく気を使われる方なんだと感動していたら、何やら凌のことを動画に撮ってゲラゲラ笑っていました。あとから聞いたところ、誰誰が凌のことブタって言ってたよと伝えて凌が、ぶっ飛ばしてやる! と怒り狂ってる動画を見せてくれました(笑)」
オダギリ「あったね、そんなこと(笑)」
池松「オダギリさんは、表面的には周りの空気は知りませんという態度をとりつつ、ものすごく察知されている方なんです。家族ってその場の雰囲気に応じて、役割を補い合うことがありますよね。オダギリさんがそういう風にいてくれて、それはいろんなシーンに反映されていると思います」
「同じ物語を信じる人、それは“家族”と呼んでもいい」
──今作のテーマのひとつ「家族」ですが、血縁を中心とする家族像から、夫婦別姓も含めて、自分たちなりの「家族」を模索する時代になりました。その中で、お二人が考える「理想の家族」とはなんでしょうか。
オダギリ「何が理想かは本当に難しいですね。血の繋がりがあっても複雑な家庭もあれば、血の繋がりはなくても幸せな家族の形もある。家族であっても、全く理解できないこともありますし、何かが起きたときに味方になってくれるのも家族。本当に複雑で独特な関係だと思います。僕はずっと母と二人だったので、家族という単位よりも、個人的な関係だったと感じるんです。結局のところ、家族であっても人間同士どこまで相手を思いやれるかってことになるんじゃないでしょうか」
池松「この作品では、いつの間にか自分たちが作り出した価値観やルールに囚われて、損失を抱え、人生のコントロールを失った人たちが登場します。“家族”といういわば人間が作り出した概念も、多様化する価値観の中で従来の意味や価値が崩れつつある。そういう人たちがゆるやかな運命共同体として生き延びるために手を繋ぐ、という物語です。個人的には、“家族”という言葉や制度に囚われなくても、どんな形であれ人はコミュニティ、社会を形成しながら進化し続けていくと思います。この映画の中でも触れていますが、これまでの“家族”のカタチに囚われなくてもいい時代が来るはずだし、“共に何か信じられる人”を見つけた時、家族のようなものになるんではないかと思います。この映画に出てくる天使は、東洋のおじさんの姿で人を噛むという、ちょっと変わった姿なんです。例えみんなが信じてくれなくても、誰かが同じ物語を一緒に信じてくれたら、人はそれだけで生きていけるはずです」
──その天使を芹澤興人さんが演じていますが、新しい天使像はちょっと衝撃的なくらいでした。
池松「西洋的なシンボルを受け入れ、今や広く浸透し、その姿に誰も疑いはないですよね。でもアジアの天使という本来いびつなタイトルと、ヘンテコな天使に新しい時代の希望があるのではないかと僕は本気で思っています。インスタ映えするような美しい奇跡じゃないかもしれない、西洋のように眩しい光が訪れるわけじゃないかもしれない、それでも何かを信じ、誰かを想う力を自分たちは持っている。この映画で描かれる人物たちもまた、それぞれが過去に囚われ、未来を恐れ、損失を抱えていて、つまりみんなが脆く、不完全で、ヘンテコです。そんな人たちが自分たちの奇跡を共に信じることが出来た時、共に成長し、希望を得て、未来という丘を登ってゆけるのではないかと思っています」
──話が戻りますが、今作、同じ物語を作り上げるという意味で、現場は“家族”になったのではないでしょうか。
池松「あくまで“家族”のようなものです。運命共同体のようなもの。自分たちの間にあるものから離れ、自分たちの前にあるものを見つめ、一緒にご飯を食べて、互いの傷みを笑い合うことに転換することができました。奇跡的に、ゆるやかに団結できたんだと思います」
オダギリ「そうですね。最後の打ち上げではみんな歌って踊って、ハメを外しまくってましたからね(笑)。良い家族の形に落ち着いたんだと思います(笑)」
『アジアの天使』
妻を病気で亡くした剛(池松壮亮)はひとり息子の学(佐藤凌)を連れて、兄の透(オダギリジョー)が住む韓国に渡る。兄弟で事業を起こす予定だったが早々と失敗し、失意の3人は活路を求めて江原道へ。その度の途中、人生に行き詰まった韓国の三兄妹に出会うが…。
脚本・監督/石井裕也
出演/池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー、キム・ミンジェ、キム・イェウン、佐藤凌
配給/クロックワークス
7月2日(金)より、テアトル新宿ほか全国公開
© 2021 The Asian Angel Film Partners
https://asia-tenshi.jp/
Photos:Takehiro Goto
Hair & Make-up:Fujiu Jimi(Sosuke Ikematsu), Yoshimi Sunahara(Joe Odagiri)
Styling:Tetsuya Nishimura(Joe Odagiri)
Interview & Text:Miho Matsuda
Edit:Chiho Inoue