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西川美和監督インタビュー「魅力的な作品に出合い、世の中に負けていく主人公を描いた」

『ゆれる』『ディア・ドクター』『永い言い訳』など国内外で高い評価を受ける、映画監督の西川美和。最新作『すばらしき世界』は、佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』を原案に、刑務所を出た元ヤクザがどのように社会に戻るのかを描いた作品。オリジナル脚本を続けてきた監督がなぜ『身分帳』を原案に選んだのか。そして、主人公の人生を通して見えてくる現代社会とは。

映画『すばらしき世界』より
映画『すばらしき世界』より

絶版状態だった『身分帳』を復刊するための映画化

──原案に『身分帳』を選んだ理由を教えてください。

「前作の『永い言い訳』を撮影していたとき、新聞記事で佐木隆三さんが亡くなったことを知りました。以前から、作品はいくつも読んでいたのですが、その記事の中で『身分帳』を初めて知ったんです。絶版状態になっていたので、古書店で取り寄せて読んだら、佐木さんのほかの作品のように壮大な犯罪の犯人に迫るものではなく、犯罪を犯した人の人生の再構築のルポルタージュでした。すごく面白かったし、その切り口を新鮮に感じて、これを映画化したら復刊につながるのではないかと考えました。だから、最初から映画化しようとして、原作を探していたわけではなかったんです」

──西川監督にとって、初めての原作がある映画になりましたが。

「淡々としたルポルタージュ風の筆致なので、物語を物語らしく演出した仕掛けがありません。この映画を広く人々に伝えるなら、映画的なストーリーラインが必要だと思いました。また、前科者で、時に暴力的になる主人公は、人によっては抵抗を感じるかもしれません。そんな主人公を観客に引き寄せるために、太賀くんが演じる津乃田という存在を作ってみました。それは佐木さんの小説からは大きく変えたところです」

映画『すばらしき世界』より
映画『すばらしき世界』より

──「抵抗を感じるかもしれない」という三上を描く上で意識した点は?

「三上の正義感や衝動は、案外誰でも持っている感情で、それを表に出さずに生きていくのが普通なんですが、三上はそれを抑えることができない。でも、彼の行動は、心の奥底でみんなが思っていることの吐露でもあるので、見ているとスカっとするんですよ。王道のフィクションならそんな主人公が世の中を正していくのですが、この映画では主人公が世の中に負けていくんです」

──役所広司さんを起用した理由は何だったのでしょうか。

「役所さんは何でもできるので、これだけ厄介な人物でも人に共感を得られるように演じてもらえるだろうと第一稿を書く前の段階でご相談しました。私は、佐木さんが描いたこのキャラクターが手放しに好きだったんです。こんな面白い役はないだろうからと自信を持ってオファーしたんですが、役所さんは小説を読んで『嫌な野郎だな』と思われたみたいです(笑)。でも、用意したものをすべて受け止めて形にしてくださいました。俳優としての姿勢も含めて、非常に感動する毎日でした」

映画『すばらしき世界』より
映画『すばらしき世界』より

仲野太賀が演じる、「津乃田」の変化で物語が編まれていく

──オリジナルのキャラクター、津乃田を演じた仲野太賀さんについてはどうでしょうか?

「以前、ドラマに少し出てもらう機会があって、私にしては珍しく、「この人、いい俳優になりそうだなあ」という感想を持ちました。そのとき彼はまだ10代でしたが、スタッフをよく見ているんです。スタッフと役者の間にはなかなか埋まらない溝があるものなんですが、彼はどちらも行き来する雰囲気を持っています。それはすごく奇特なことです。津乃田は、映像を撮る仕事をしながら物書きを目指している人で、他者に好奇心を寄せる人が演じる方がいい。これは太賀君ともう一度やれるチャンスだと思いました。実際、彼は現場を愛し、私にも役所さんにもほどよい距離感で寄り添ってくれました。自分の役割をよく理解していて、どうすれば現場のためになれるのか、天性で理解しているようです」

──物語の中盤、三上が生まれ育った養護施設を津乃田と訪れる場面で、三上ではなく津乃田がアップになったカットがありましたね

「この映画は三上の映画のようでいて、実は、三上を見ている津乃田の変化でストーリーが編まれています。津乃田の視線は、観ている私たちの視線です。後半は津乃田の心情を中心に、ストーリーを作っていきました」

映画『すばらしき世界』より
映画『すばらしき世界』より

──今回、脚本を書くにあたって、3年の歳月をかけて『身分帳』の背景をリサーチされたそうですが、実際に三上のモデルになった方の周りには、手を差し伸べる人がたくさんいたのでしょうか。

「たくさんと言っても数人です。現実に刑務所から出てきた身寄りのない人は、たった1人のつながりを持つことにも苦労すると思いますが、佐木さんが綿密に取材された小説でも描かれていることなので、実際そういう関係性はあったんでしょう。刊行当時も、周囲の人間がこんなに温かいわけはないだろうと、批判されたそうです。ただ、三上には手を差し伸べてくれる人がいる反面、社会の見えない壁にもたくさんぶつかり、もんどりうってもいます。昨日まで親切だった人が、その人の都合で相手にしてくれないことだってあります。それは、決定的な悪意ではないのに、人とのつながりに慣れていない三上は、一つ一つに傷つき、自分の過去のせいだと過剰反応してしまう。人間の善意には波があるということも、人との信頼関係を掴み損ねる主人公の危うさも、なるべく丸めずに描いたつもりです」

──背景をリサーチされる中で、印象的だったことは?

「服役経験があったり、過去に暴力団組織に所属していて、一般社会でやり直しを図っている人にもたくさん話を聞いたんですけど、みなさんよくしゃべってくれるんですよ。忘れたい、後ろ暗いことを聞くんだから、こっちも遠慮がちだったんですが、とにかく話がうまい。自分の犯罪史がちゃんと時系列も完璧な物語になっているんです。考えてみれば、警察や裁判で何回も供述させられるからなんですね。でも刑務所の中のことや、その後の暮らしぶりや辛い経験もたくさん話してくれて、なんでかなと思ったけど、案外人にそういうことを話せる機会ってないんでしょうね。誰かに洗いざらい話してみたいっていう気持ちもあるのかなと思いながら聞きました」

答えが出ないから映画を撮る

──検挙された人の再犯率が5割に上りますが、私たちができることはあると思いますか?

「この映画を見て、何かすぐに手を差し伸べられるかと言ったら、それは難しいと思います。ただ法を犯した人を塀の向こうに押しやってしまえば、すべてが片付くわけではなく、多くの人は社会に戻ってくる。その人たちが、今度こそ普通の人生を送りたくても、そうできないから再び犯罪を犯してしまうっていう現実があるんですよね。具体的に何ができるのかは、すごく難しいんだけれども、まず、やり直そうとしてる人に対して、あっち行ってよ、という意識より、何をしたら応援できるのかっていう意識を大人も子どもも少しずつでも持つほうがいいんじゃないかなと思います。罰することだけを繰り返して犯罪が減らないというリスクを負うか、失敗を承知で長い目で見守る辛抱をとるか、どっちを大人が教えていくかですよね」

──社会がどんどん不寛容になっているような気もします。

「もしかしたら、都合の悪いもの、弱いものを社会が遠ざけているからなのかもしれませんね。例えば、老いとか障害とかも、触れる機会が少ないとどんどん怖くなったり痛々しく思うけれど、普段から近いところで接してる人って、もっと違う側面を見てますよね。効率が悪いものと決めつけて社会との距離を取ったところにおくことで、ちょっとしたことに怯えるようになってしまったのかもしれません」

──監督にとって「すばらしき世界」とは?

「世界がこんな苦境に立たされて、ますますまったくわからないですけど……些細なことだけど、お先にどうぞ、と言える世界ですかね。それを言えるには、飢えず、健康で、最低限の幸福の貯蓄が必要なんですよね。たったそれだけのことが満たされずに、世界は汲々とし続けるわけですし、答えが出ないから、私は映画を撮っているのかもしれません」

『すばらしき世界』

東京の下町で暮らす三上正夫(役所広司)は、強面ですぐに頭に血が上りやすい性格だが、優しく情に厚い男。しかし彼は人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯だった。身元引受人の弁護士、庄司(橋爪功)とその妻(梶芽衣子)に支えられ、社会に復帰しようとしていた。そこに、テレビプロデューサー吉澤(長澤まさみ)の依頼で、取材をしようとする津乃田(仲野太賀)が近づいてくる。

脚本・監督/西川美和
出演/役所広司、仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美
原案/佐木隆三著『身分帳』(講談社文庫刊)
2月11日(木・祝)より全国公開
warnerbros.co.jp/subarashikisekai/

配給/ワーナー・ブラザーズ映画
©️佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 

Photos:Kiichi Fukuda Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Sayaka Ito

Profile

西川 美和Miwa Nishikawa オリジナル脚本・監督デビュー作『蛇イチゴ』(2002)で毎日映画コンクール脚本賞受賞。以後『ゆれる』(06)『ディア・ドクター』(09)『夢売るふたり』(12)『永い言い訳』(16)と続けて話題作を手がける。最新著書に、『すばらしき世界』の制作過程を綴ったエッセイ『スクリーンが待っている』(小学館)がある。

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