落合陽一が解明する黒の正体「人はなぜ黒に惹かれるのか」
黒にまつわるファッションの歴史はさまざまな変遷をたどってきた。19世紀末、喪を表すための色とされてきた黒だが、シャネルのリトル ブラック ドレスの発表(1926年)が、ファッション界に大きな変化をもたらした。そして、2018-2019秋冬シーズン、ブラックがキーカラーとして登場。また歴史上、黒という色が文化や芸術に多大なインパクトを残してきた。光を研究し続け、ヨウジヤマモトをこよなく愛する落合陽一が、この不思議な色の魅力を解説する。
ファッションの中の黒はどう変容していったのか?
──落合さんから見て、黒というのはどんな色なのでしょうか?
「まず黒を認識する人間の目というのはとてもセンシビリティ(感受性)が高いんです。素材によってわずかな黒の違いがわかる。白ではこうならず、その違いの区別がつけられないんです。人間の黒の違いを見分ける能力ってやはりすごいなって思うんですよね。例えば今シーズン、「ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)」は素材の違いでフルコレクションを作っています。黒の塊でも全部違う。まるで立体の折り紙のようです。同様にサンローランも黒一色でありながら多種多様なテクスチャーをミックスしていて、その繊細な違いを見せることで表情豊かなルックを完成しています。過装飾じゃないのに、変化を見せている。これデザイナーの手腕が問われるはずです。テキスタイルやテクスチャーをデザインできるのは黒。これが、黒が他の色と圧倒的に違う部分だと思います」
戦国〜安土桃山時代に黒の美を見いだした千利休
──黒は歴史的には喪服として使われてきました。日本では、喪服のなかにも位を付けていったほど黒へのこだわりが感じられます。
「紙と墨の文化によって濃淡を表現する方法が発展し、9000年以上の歴史がある漆は表面のテカリ方から、荒らし方などさまざまな表現を模索していった。墨と漆とが、黒へのこだわりに発展した所以だと思います」
──千利休の樂茶碗も黒ですよね。
「絢爛豪華を美徳とした安土桃山時代に、黒樂茶碗*(1)を発表し、黒の着物姿という千利休はスーパーパンクだったと思います。鉄釉薬で作り上げた黒の茶碗は非常に特殊性があり、黒の中に残る金属光沢がキラッとしたり、触らなくてもテクスチャーがつかめたりする。一方で、彼の弟子、古田織部*(2)の織部焼はあの時代に非常にポップだった。僕の中では千利休は茶道界のヨウジヤマモト、織部はグッチのアレッサンドロ・ミケーレといえるほど、2人の発想の違いは面白い」
日本人の持つ光と闇に対するセンシビリティ
──伝統的な工芸や建築には、日本人の光に対する独自の観点があるのでしょうか。
「日本人は光と闇に対する意識は高いと思います。特に障子文化はその象徴的なものです。例えば朝、障子に映る竹はわずか数秒の間でも見え方が変わってきます。直射日光では影がシャープになったり、雲が出てきたら風も吹いてないのにぼやけたり。ヨーロッパのカーテンにはその機能はない。その陰翳というものが何なのか、谷崎潤一郎が『陰翳礼賛』*(3)で書いています。日本には光とテクスチャーに対する意欲や知識などが文化の中にきちんとあるのです。先日、京都で長艸(ながくさ)俊明さんの京繍を見に行ったのですが、京繍はろうそく一本で見ると一針ごとのディテールが際立って本当に美しい。ろうそく一本のきらめき、つまり弱い光源でしか見えない、しかも移ろう光源でしか味わえない美的価値があると僕も思います」
世界で最も黒い、超黒染料べンタブラックの登場
──アート界に目を向けると、超黒染料ベンタブラックを彫刻家アニッシュ・カプーアが独占権を取得したことが話題に。作品の闇の象徴としての黒に多くの人が恐怖を感じているといいます。
「カプーアの作品に見るべンタブラックはダイナミックレンジ*(4)を振り切って黒飛びしてしまっているため恐怖を感じるのです。普段生活をしていて完全に黒飛びしている環境ってなかなかないですから。逆に白飛びしている世界も怖いですよ。太陽は立体に見えないですよね?ただの白い穴のように見える。これもダイナミックレンジを振り切ってしまっているからです」
──べンタブラックが生まれた背景は?
「べンタブラックは、メタマテリアルといって自然界にない材質をコンピューターで製造したりする分野に属します。ベンタブラックは消波構造*(5)といって、光の波動を打ち消してしまう、つまり99.965%の光を吸収してしまう構造なのですが、物質が光や音などの波動を受けたときに形が変わるよう、コンピューターで設計できるようになったことが大きいですね」
暗黒物質(ダークマター)とは?
──宇宙に存在する物質の90%を占めるという暗黒物質(ダークマター)。研究チームがその可視化に成功するなど、今なぜそれが注目を集めているのでしょうか?
「ダークマターとは反射が返ってこないために、観測できないもの。写真で例えると、部屋の中でフラッシュをたいて撮影しても、黒飛びして反射が返ってこない部分がありますよね。そこにダークマターが存在すると考えられています。技術の進歩でイメージセンサーの精度が高まることで、ダークマターと他の部分が区別できるようになった。それが大きいと思います。ダークマターのポイントとは、ないものを知るためには、あるものをきちんと知るというところにある。1840年、最初に写真を作ったジョン・ポール・ニープスの時代、黒飛びしているのはカメラ自体のエラーか、フィルムの現像の失敗か、ダークマターなのかなんてわかりませんでした。つまり何かを正確に写し取れるということで、初めてそこになかったものが何なのか認識できるのです」
落合陽一「黒と白は同じ認識なんです」
ガブリエル・シャネル「黒と白は共にあります。どちらかだけでは存在しないのです*(8)」
黒を語る上で欠かせない色とは
──黒の魅力を語る上で、先ほどから白についても言及されていますが、それはなぜなのでしょうか。
「僕は白と黒、光と闇に関しては同じ認識なんです。光を立てれば立てるほど闇が極まるし、光を作るには影が必要です。晴れた日のほうが、闇が深いと感じます。それは現代の格差社会が進むことによって、より光と闇、いわゆる貧富の差が強まっていることの象徴にも思えます」
──すべての色を混ぜると黒になります。ダイバーシティーな世の中を表すならレインボーで表現するところですが、全部を内包していくと黒へとつながっていくのではないでしょうか。
「すべての色を混ぜると黒に近づいていくというのは減法混色*(6)で、アナログな人の発想ですね。デジタルの人間にとって、色を混ぜるということは加法混色*(7)によって色を重ねるほど白になっていくという発想なんです。闇と光、黒と白のバランスはいろいろなところにあります。どちらかというわけではなく、色みがない世界、黒と白だけにあるきれいさというものが絶対的にあると思います。一方で怖さもあります。人類にとってスマホのなかった野生時代の闇は恐怖だったかもしれないけれど、ホワイトアウトする世界は、エネルギーが飽和してしまっている状況だから僕はもっと怖さを感じる。今の世の中で真っ白になることはないけれど、きっと宇宙で真っ白な世界に直面したら結構怖い。誰もが月面に到達できるようにある時代にはホワイトアウトのその怖さが身にしみると思いますよ」
──最後に落合さんはなぜヨウジヤマモトを着るのでしょうか?
「着始めたきっかけは、高校生のとき母が買ってくれたからです。かれこれ12年くらいになりますね。真面目な理由を言うと、汚れないからです(笑)。作業をしていても大丈夫だし、ジャケットもシワ加工のものならアイロンの心配もないし。最近は90年代のダボっとしたものが好きだし、レディスのアイテムもよく着ています」
黒を学ぶ用語集
1.黒樂茶碗
手とへらだけで整形する「手捏ね」(てづくね)と呼ばれる方法で成形したもの。千利休の思考を反映した、鉄釉楽を用いた黒色とわずかな歪みと厚みのある形状が特徴。
2.古田織部
千利休の茶道を継承しつつ大胆かつ自由な気風の茶器製作・建築・庭園など「織部好み」という大流行をもたらした。
3.陰翳礼賛
谷崎潤一郎による随筆。日本にまだ電灯がなかった時代の生活に息づく日本人の美的感覚を論じている。
4.ダイナミックレンジ
カメラやAV機器、テレビなどの機器が信号の再現能力をあらわす単位
5.消波構造
波の力・勢い、また音や光の波動を分散、または消失させること。
6.減法混色
シアン(C)・マゼンダ(M)・イエロー(Y)を組み合わせて色を表現する方法。色を重ねると黒に近い色になる。印刷物に用いられる色。
7.加法混色
赤(R)・緑(G)・青(B)を組み合わせて色を表現する方法。3つの色を重ねると白になる。スポットライト、パソコンのディスプレイなどの色はこの方法で表現される。
8.シャネル公式サイト
“INSIDE CHANEL”第11章より
落合陽一インタビュー「2018年版・これが僕らの生きる未来」を読む
落合陽一を理解するための代表作とキーワード集
Illustration:Tina Yamashina Direction:Sayumi Gunji Edit:Etsuko Soeda