フラワーアーティスト東信の使命「花という希望を贈ること」
美術館、ギャラリーでのインスタレーション、名だたるファッションブランドからの指名も絶えず、海外メディアも注目する世界的なフラワーアーティスト、東信。フラワーアーティストである前に、「ジャルダン・デ・フルール(JARDINS des FLEURS)」を営む一花屋である、彼が取り組む新たな活動、フラワーショップ「希望」。世界各地を訪ね、人々に花を配る=希望を届ける。今なぜ東信は立ち上がったのか、その先に見据えるものとは?
花の使者として、花と贈り手を結ぶ存在でありたい
インド India
活気溢れるニューデリー。ガンジス川支流のシャムナ川沿岸から街中、ヒンドゥー教の寺院へと転々と配り歩く。 ──「希望」プロジェクトとはどういうものですか? 立ち上げたのきっかけとは? 「世の中には、美しい花、変わった花、珍しい花など無限大にあるので、花対自分としては、さまざまな角度から表現することができる。だけど花屋としての使命はそれだけではないと思っています。花屋は花と贈り手を結ぶ存在でなければならない。それを僕は三角関係と呼んでいます。その三角形をより大きくするためには、どれか一つが突出していてもダメで、贈り手の想いも花屋の表現も、自分の技術もすべてのレベルが高くあることが重要。それには、花屋である僕たちが、贈り手の心情をもっと知る必要がある。アルジェリア Algeria
アルジェリアの首都アルジェのイスラム教徒の居住区カスバではロバに花を積んで路地を移動。 歴史においても人類と花の関係は古く、文献からも分かるのですが、言語が発達するずっと前から既に人は花を手向けるという行為をしていたんだと知りました。喜びや感謝だけでなく、宗教や戦争のときに手向ける怒りや悲しみの花もある。『希望』プロジェクトは、そういった花をシンボルとする人間の感情や心理みたいなものを探る旅です」アルゼンチン Argentina
ブエノスアイレスから飛行機で約2時間、アンデス山脈にほど近い、アルゼンチン北部の都市フフイにある、標高3,500mに位置する小さな集落トレスにて。
──世界を旅して学べる、学んだことは何でしょう?
「物質的に満たされている日本で活動していると見落としてしまいがちですが、もっと根源的な、世界中どこにおいても共通している、花を贈ったりもらったりするときの思いを知るために、世界各地で花屋を出してみたいと思うようになりました。商売というレールに乗っていないところで、花がどんな役割を果たしているのか、どのように根付いているのかを今、勉強しているところです」
ドイツ Germany
工業都市として栄えたドイツ・ルール地方。工場で働く人々の住む街から、広大な田園の広がる農村を訪問。
──訪問先はどのように決めてるのですか?
「もっと花を通じて希望を届けることはできないのか、希望が届くところはどこだろうと模索しながら。花屋としての本能ですね。最初はドイツの工業都市ルールの郊外とか、無機質で、人気のない寂れたところに花があったら…ということから始まりましたが、人のいる場所にこそニーズがあると思うようになって。どちらかといえば経済的に満ち足りてはいない、希望を与えたり、勇気づけたりできるようなところに届けたいと考えています。無料で配っているからそんなに欲張れないのですが。2年の間にドイツ、アフリカを回り、インドでようやく活動の輪郭が見えてきました」
なぜ人は花を贈るのか、なぜ喜ぶのかを知りたいという花屋の本能
コンゴ Congo
中部アフリカのコンゴの村にて。民家の軒先を借りて開いたフラワーショップに子どもたちが集まる。
──裕福とはいえない土地での人々の花への反応は?
「発展途上国で本当に必要なものって、きっと花よりも食べ物だったり、生きることに直結するものでしょう。だけど、花を配っていると、老若男女問わずみんなが喜ぶ。それが花の価値であり、その価値は揺るがない普遍的なものだなと気づかされました。東京や欧米諸国で仕事をしているとつい忘れがちな花の本質を自分の中できちんと確立させるための「希望」プロジェクトでもあるので、自分だけじゃなくお店のコアとして、この感覚はきちんと引き継いでいきたいとも思います」
ブラジル Brazil
サンパウロのリベルダーデという東洋人街の中で、特にアフリカ系の移民が多く暮らす地域の住宅街で花束を配った。
──活動をしている中で、特に心に刻まれた出来事はありましたか?
「インドのヒンドゥー教の寺院で僧侶の方から素敵な言葉を頂きました。『花という香り、つまり記憶を運んできてくれた。あなたたちがやってくれたことは形としては消えてなくなり、花も朽ちてなくなるだろう。ただ、私たちの記憶に香りとともに鮮明に残るでしょう」と。
それにインドって花と人との距離がすごく近い。死や生、朽ち果ていくという概念に関して、日本よりもはるかに先進国だなと感じます。自然の状態にあるものを殺して、束ね、気持ちを込めて人に渡しているという行為の重さ、人と人とを繋ぎ、命を繋ぐツールでもあるということをあらためて実感させられました」
花を象徴とする、人間の深層心理みたいなものを探る旅
ウルグアイ Uruguay
東信が尊敬する人物、「世界一質素な大統領」として知られたホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領に花を届けに。
──また、ウルグアイまで、ホセ・ムヒカ元大統領に花を届けに行ったとか。
「もともと彼の考え方を尊敬していて。本当の豊かさとは、テクノロジーや世の中の発展とは違うだろう。人間らしい営みや考え方、そして行動が大切なんじゃないかっていう哲学のもと、どんなに地位が偉くなり、取り巻く状況が変わっても自らのライフスタイルを変えないという信念が彼にはある。自分もそうありたいと思います。彼に贈った花は、持参した花と、彼の営む農園で摘んだ花で、僕も敬意を込めて作りました」
──実際にお会いになってどんな会話をしましたか? その感想は?
「『日本はウルグアイに比べて大きく、世界への影響力もあるけれど、国民は幸せですか?』と問われました。それに対して、即答できなかった。経済的に豊かでも、精神的な豊かさとはまたちょっと違うんだなあと思ったんです。他にも『本当の幸せってなんだろうね』とか、聞かれることにいちいち答えることができず。僕は先進国で今のような当たり前の生活をしていても、まともに答えられない。
でも彼は、その答えをちゃんと持っていた。時間やお金でなく、人の営みとしての豊かさっていうものを。『何かを得るために何もかも犠牲にして働く人が多いけれど、それは欲望の渦に巻かれているようなもので、それってすごく貧しいよね』ともおっしゃっていました。逆に彼から希望を頂いたというか、このプロジェクトの意味を見出すことができたような、後押しされた気がしました」
福島 Fukushima
3.11の震災後、休校になっていた福島県の小学校が再開したのを機に地元の小学生たちに花をプレゼント。
──海外だけでなく日本でも「希望」の活動は行っているのでしょうか?
「震災後ずっと閉鎖されていた福島の小学校が昨年再開したときに、元気づけたい、勇気づけたい、ささやかなプレゼントになればと思って訪問しました。最初は近寄ってこなかった子どもたちも次第に集まってきて、最後には行列ができました。
希望の花束とは、本来そういうことなのではないかと。もっと花が必要な人がいるかもしれない、もらって喜ぶ人がたくさんいる場所がもっとあるはずだと思います」
──世界中で花を配って、人々と出会っていく中で得たこと、感じたことは何でしょう?
「『誰にあげるの?』と尋ねると、お母さんやおばあちゃんにあげるとか、死んだ犬にあげるとか。一つの花から広がっていくいろんなストーリーがある。特にアフリカでは、ほとんどの子どもが初めてお花をもらったと。彼らが大人になったときに、変な日本人が来て、花をくれたという記憶は永遠に残るんだろうなって。そういう意味で、花はコミュニケーションのツールだし、国境を越えたら一つの言語だと気づきました」
──まさにまさに人と人を繋ぐという意味での希望というような。
「そうですね。人と人を繋ぐ、そして命を繋ぐ。自然の状態にあるものを僕らは殺して、束ねて、そこに気持ちを吹き込んで届ける。花屋の仕事は、命を頂く責任の重さ、中途半端じゃできないとあらためて考えます。今までも感じてはいたけれど、これからも花を生かす、花とともに生きるために、何をすべきかを一番に置いていきたい」
東信が挑む、植物と空間の美のコントラスト「In Broom」とは
連載 東信の今月のフラワーアート
Photos:Shunsuke Shiinoki Edit&Text:Masumi Sasaki