クリエイターに聞きました!ウェス・アンダーソン映画にハマる理由
多くのクリエイターたちが、なぜウェス・アンダーソン監督の世界にハマるのか? その理由を第一線で活躍する人々が熱く語る! もう一度、作品を見返したくなるに違いない。(「ヌメロ・トウキョウ」2015年10月号掲載)
『ムーンライズ・キングダム』 (1)
栗野宏文 Hirofumi Kurino
ユナイテッドアローズ上級顧問 Q1.いちばん好きな作品は? 『ムーンライズ・キングダム』『グランド・ブダペスト・ホテル』 Q2.いちばん好きなキャラクターは? Mr.FOX Q3.印象に残っているシーンは? 『ムーンライズ・キングダム』の冒頭とラスト。 Q4.必ずチェックするのは? 職業柄、コスチューム、音楽も Q5.彼の世界観の魅力は? 政治や差別という重いテーマを随所に入れつつも、絵づくりの力で軽やかに描き出すところ Q6.ウェスが好きすぎて... 映画に先駆けてサントラを聴き、ウェスの選曲から自分なりに想像して、曲の使われ方を予想する「クリエイティブ・ディレクターとしての才能に感服」
初めて観たのは『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』。ご存じのとおり、監督の出世作ですね。ディテールに凝ったこの作品を観て、「アメリカにしては珍しく、オタクな映画監督が登場したな」と興味を持ちました。でも、その時はどうも好きにはなれなかった。全編を通して服やセットの細部まですごく手が込んでいて、カルチャー好きにはたまらない小ネタ満載なのですが、「…で、だから何なの?」という印象でしかなかったのです。ところが『ダージリン急行』あたりから、ストーリーにぐっと人間味があふれてきて、一気に引き込まれました。それ以降の作品はどれも真剣に好きで、DVDやサントラも手に入れています。今や「次はどんな内容なのだろう?」と新作を待ち焦がれている、大ファンです。ウェス・アンダーソンは、映画監督であると同時に、クリエイティブ・ディレクターなのでしょうね。こだわりぶりが、黒澤明やヒッチコックにも似ているように感じます。どの作品も、とにかく美術が素晴らしいですが、その全てに彼が目配せしているのを見て取れる。
『ムーンライズ・キングダム』(2)
例を挙げるなら、『ムーンライズ・キングダム』の衣装。主人公の少女のドレスが一人だけピンクであること(1)や、背景に対して赤い服をどれだけの分量入れるかなどというところまで、きっと計算されているはず。完全なシンメトリーに作られた室内のインテリア(2)などを見ても、そう確信しています。『ムーンライズ~』に限らず、彼の作品には、グラフィカルという言葉がぴったり。セットも服も、何もかもがグラフィカル。そういう画の力を持って、ヒューマニズムや政治的トピック、人生の皮肉を軽やかに語っていくわけなので、お洒落に撮られた映画ではないんですよね。そもそもは彼自身がセンスとスタイルを持った人であり、映画の本質はその先にあるのだから、と思います。ウェス本人のことも、もちろん気になっています。コーデュロイのスーツにワラビーというあのお決まりの着こなしが格好いいし、全く同じスーツを、人形劇である『ファンタスティックMr.FOX』のコスチューム(3)として、行きつけのテーラーにオーダーしたという逸話にもグッとくる。
『ファンタスティックMr.FOX』(3)
もう一つは、インドで撮影された『ダージリン急行』のロケ現場で、一人スーツを着ていたというエピソード。「映画監督とはこういう着こなしであるもの」という、スタイルに対する彼なりのフィロソフィーに基づいているのでしょう。根っからの洒落者で、自分のスタイルを持っている人だなあと感心してしまいます。あとは、何といっても音楽の趣味が抜群にいい。サントラは毎回楽しみにしています。劇中の音楽に関して印象的なのが、フランスの曲がシンボリックに使われていること。『ムーンライズ~』で、主人公の少女がポータブルプレイヤーでレコードを聴いているシーンがありますが、そこで使われているのがフランソワーズ・アルディの曲で、作品の時代背景を考えると少し不自然な気もします。でも、当時のアメリカで年端もいかない女の子がフレンチポップスに耳を傾けているという様子は、アメリカ人とフランス人の間にたゆたう、本当は憧れ合っているけれど嫌い合ってもいるという奇妙なLOVE&HATEの関係性を逆手に取った表現なのかなと深読みしてみたり。あの少女がそれほどまでに突出したほかの子どもたちとは違う感性の持ち主だということを暗に描いているのかな。そういうディープなところまで追求してみると、ウェス・アンダーソンの映画はすごく面白い。むしろ、ファッションに終始することなく突き詰めてみないと、彼の本当の魅力にはたどり着けないのじゃないかと、僕は思っています。
Interview&Text:Chiharu Masukawa
平野紗季子 Sakiko Hirano
フードエッセイスト
Q1.いちばん好きな作品は?
『ダージリン急行』
Q2.いちばん好きなキャラクターは?
『ザ・ ロイヤル・テネンバウムズ』のマーゴ
Q3.印象に残っているシーンは?
『ダージリン急行』の「親父のカバンは無理だ」って言って走るとこ
Q4.必ずチェックするのは?
チェックしてる余裕なし
Q5.彼の世界観の魅力は?
登場人物全員のエキセントリックさ×装飾の超贅沢さ
Q6.ウェスが好きすぎて…
出合った食べ物やレストランを結びつけてしまいがち。『グランド・ブダペスト・ホテル』のアガサはブルックリンの「burrow」のパティシエさんをモデルにしているんじゃないかと勝手に思っている
『ダージリン急行』
「いつの間にか感動している自分がいます」
ここで感動しろぉ、さあ今泣くところですよぉ、みたいにわかりやすい演出で感情を煽られるのが苦手だし、悪い人がころっといい人になったり、深いはずの傷がさらっと癒えたりする物語もあんまり共感できないなあとよく思うのですが、『ダージリン急行』は「三兄弟が絆を取り戻す感動作」といわれながらも、ベタベタしたお涙頂戴物語ではないところが本当にいいなあと思います。人によっては「何にも起こらなかった」みたいな感想につながるんだろうけど、私にとっては変な湿度がなくてすごく爽やかで、頼まれてもないのに勝手に泣いちゃったって感じなんです。世界観はどこまでもおとぎ話なのに、登場人物の心象風景がリアルなところがぐっとくるんだろうなあ。
『ムーンライズ・キングダム』
服部一成 Kazunari Hattori
グラフィックデザイナー
Q1.いちばん好きな作品は?
『ムーンライズ・キングダム』
Q2.いちばん好きなキャラクターは?
『ムーンライズ・キングダム』のスージー・ビショップ。笑わない美少女っていいですね
Q3.印象に残っているシーンは?
『ファンタスティックMr.FOX』の奥さん(画家)が雷の風景画ばかり描いていて、この絵がよかった(写真)
Q4.必ずチェックするのは?
仕事柄、タイトルロールの書体など
Q5.彼の世界観の魅力は?
カッコつけまくってるところかなあ
Q6.ウェスが好きすぎて…
撮影の仕事のときはつい「ウェス・アンダーソンならこう撮るな」と考えてしまいます
『ファンタスティックMr.FOX』
「グラフィックデザインがもたらす切なさ」
ウェス・アンダーソンの映画はいつも切ない。切なさが、ナチュラルな作りによってではなく、極端に技巧的で人工的でスタイリッシュな演技とカメラワークと美術によってもたらされるところが好きだ。『ムーンライズ・キングダム』に登場する、徹底的に作り込まれたグラフィックデザインを見てみよう。ギンガムチェックのテーブルクロスに置かれた、ヒロインのスージー・ビショップ(12歳)の手紙が大写しになるカット。素朴な伝言が綴られたレター用紙には、彼女の住む風変わりな家のマークと、学校で習うような筆記体による「SuzyBishop」のロゴが、赤く可憐に印刷されている。ボーイスカウトのキャンプから脱走する主人公サム・シャカスキー(12歳)の、制服の胸に縫い付けられたアライグマのマーク(写真)の大写しもある。焦げ茶・黒・イエローオーカーの三色に分けられたアライグマの顔の上に、ぽつんと置かれた小さな白い円の二つの目。フェルト製のマークを留める糸の点々がいじらしい。これらのグラフィックを真っ正面から撮影した数秒間のカットは、膨れっ面の下に情熱を隠したスージー本人の表情や、頼りなさと逞しさが交錯するサム本人の表情と同じように、見るものの心を揺さぶる。これらの素敵なグラフィックデザインは、二人の甘く苦い思春期の逃避行を、ただ背後から盛り上げているのではない。それ自身が切なさそのものとなって、スクリーンに映し出されているのだ。
『ホテル・シュヴァリエ』
梶野彰一 Shoichi Kajino
文筆家・フォトグラファー
Q1.いちばん好きな作品は?
『ホテル・シュヴァリエ』
Q2.いちばん好きなキャラクターは?
ジェイソン・シュワルツマンの演じるキャラクター
Q3.印象に残っているシーンは?
『ホテル~』での「僕のパリを見るかい?」というセリフとその前後
Q4.必ずチェックするのは?
全てのディテール
Q5.彼の世界観の魅力は?
コントロールされすぎた世界観。古いもの、なくなってしまいそうなものへの果てしない愛情。挿入曲のセレクト
Q6.ウェスが好きすぎて…
『ダージリン急行』のトランクがどうしても欲しくて、ルイ・ヴィトンに真剣に問い合わせた
『ダージリン急行』
「愛すべきパリ好きのアメリカ人」
とある夏の午後、パリ7区の裏通り、淡い色のリネンのスーツでさらりと歩いてくる華奢で中途半端な長髪のおしゃれさんとすれ違った際「あれはウェス・アンダーソンに違いない」と興奮気味に教えてくれたのは、当時パリに住んでいた友人だ。ウェス・アンダーソンと聞いても、当時観たことがあったのは『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』くらいで、実はその大げさな演出や、作られたキャラクター設定がどうも苦手な印象を持っていた。そんな彼の映画のことを素直に好きといえるようになったのは、他でもないパリのホテルを舞台にした『ホテル・シュヴァリエ』という短編を観たからだ。魅了されたのはナタリー・ポートマンの突き上げられた美尻だけではもちろんない。さりげない趣味の良さの集積と、言い表せないようなメランコリーの共振!さらに彼がサンジェルマン・デ・プレのあの角のアパルトマンに住んでいると知る。すぐに取材を申し込んだ。A.P.C.のジャン・トゥイトゥと一緒にお話を聞いた。あんなふうに(素直に)パリのことを好きなアメリカ人には初めて会った気がした。いつもシャツにソフトなラインのスーツなのもいい。安定した穏やかさで、時間を重ねたものが持つ愛おしさや、失われていくものへのノスタルジー、そして細部にこそ神が宿っているのを知りすぎているような彼の感性を、一気に好きになった。その後、当然『グランド・ブダペスト・ホテル』でもオランピア・ル・タンの刺繍は見逃さなかったよ。
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』
マドモアゼル・ユリア Mademoiselle Yulia
「GROWING PAINS」ディレクター・DJ
Q1.いちばん好きな作品は?
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』
Q2.いちばん好きなキャラクターは?
『ザ・ロイヤル・テネンバウム ズ』のマーゴ
Q3.印象に残っているシーンは?
『グランド・ブダペスト・ホテル』でアガサとゼロがケーキの箱に囲まれているシーン
Q4.必ずチェックするのは?
俳優たち。オーウェン・ウィルソンがいちばん好き
Q5.彼の世界観の魅力は?
どこを切り取っても絵になる
Q6.ウェスが好きすぎて…
中学生のとき、マーゴを真似たヘアスタイルをしていました
『グランド・ブダペスト・ホテル』
「13歳で受けた衝撃は今でも忘れません」
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』を見たときはまだ13歳だったのですが、その世界観には子どもながら感動していました。当時、親友とバンドをやっていたので、ラモーンズやクラッシュの音楽が使われていたことも印象的です。忘れられないのは、グウィネス・パルトロウのメイクとヘアスタイル。自分でも前髪をヘアピンで留めて真似したり、ライブのときにメイクを取り入れてみたりと、とにかく彼女のクールな姿は憧れでした。その作品がきっかけで、ウェスの映画を見るようになって、唯一無二な彼の世界に引き込まれるようになりました。『グランド・ブダペスト・ホテル』に見られるペールトーンのブルーとピンク、ヴィヴィッドな紫や濃赤の色使いは本当に美しくて大好きです。ウェスは舞台になる場所はもちろん、音楽や衣装、インテリア、ちょっとした小物など、すべてをリンクさせて彼にしかできない完璧な世界を作り上げている。どの作品のどのシーンを切り取っても絵になりますよね。映像なのに、写真にしてもかっこいい。そういう作品を撮れる人はなかなかいないのではないでしょうか?絵本のようなファンタジーとファンシーさを演出しながらも、実はちょっとダークな内容だったり、当たり前のハッピーエンドではないユーモアのあるストーリーも、映画を見るときの私にとって大切な要素の一つ。だから、壮大なエンターテインメントを見せるウェスの世界の虜になっているのかもしれません。
Interview&Text:Kurumi Fukutsu
『グランド・ブダペスト・ホテル』
祐真朋樹 Tomoki Sukezane
スタイリスト
Q1.いちばん好きな作品は?
『グランド・ブダペスト・ホテル』
Q2.いちばん好きなキャラクターは?
オーウェン・ウィルソンとウィレム・デフォー
Q3.印象に残っているシーンは?
ウィレム・デフォー演じるジョプリングがコートからガンを出すシーン
Q4.必ずチェックするのは?
オープニングとエンディングのタイトルバッグ
Q5.彼の世界観の魅力は?
スチールにしたときの画がいちいち可愛い
Q6.ウェスが好きすぎて…
特になし
『グランド・ブダペスト・ホテル』
「ひたすらスタイリッシュ、ではないところに共感している」
「祐真さんのスタイリングしたページを見ると、ウェス・アンダーソンを思い出す」と言われたことがある。そんなこともあって、彼の作品を見出した。彼の映画のどこが好きかといえば、やっぱりキャスティングと衣装。それにプロダクション・デザインもいつも素晴らしい。どのシーンも、スチールにしても見応えがある完成度の高さだ。ちょっと他の監督とは違った感性を持っているのだと思う。『グランド・ブダペスト・ホテル』に関していえば、衣装担当に僕の大好きなミレーナ・カノネロを起用した点にも大きな拍手を贈りたい。彼女はこの作品のほか、『バリー・リンドン』や『炎のランナー』『マリー・アントワネット』でもアカデミー衣装デザイン賞を受賞している実力派の映画衣装デザイナー。どの作品も、衣装に目が釘付けになった思い出深い映画だ。ウェス・アンダーソンの作品は、スタイリッシュだけれどちょっと間抜けで、愛すべき人々が登場するのが特徴。考えてみれば、僕も同じようなコンセプトでスタイリングしていることが多い。ひたすらスタイリッシュ、というのは、なんだかむしろ格好悪い感じがするからだ。ウェス本人はいつもミリタリーコートを着ていて「ファッションには興味がない」と言っているところも興味深い。・・・そんなこと絶対ないと僕は思うけどね。
『ライフ・アクアティック』
堀内太郎 Taro Horiuchi
「TAROHORIUCHI」デザイナー
Q1.いちばん好きな作品は?
『ライフ・アクアティック』
Q2.いちばん好きなキャラクターは?
自分も入りたい、『ライフ~』のメンバー
Q3.印象に残っているシーンは?
シーンではないが、『ライフ〜』の曲を歌うセウ・ジョルジのMV
Q4.必ずチェックするのは?
ハッピーではないけど、おちゃめで可愛らしい世界観
Q5.彼の世界観の魅力は?
バランスの取れた独特のセンス
Q6.ウェスが好きすぎて…
パリでウェスを見かけたとき、つい注目した(いつものセットアップを着て自転車に乗ってデート中だった!)
セウ・ジョルジ『The Life Aquatic Studio Sessions』
「音楽と世界観、醸し出す雰囲気が刺激に」
僕はデザイナーですが、映画を見るときに服のディテールはあまり見ません。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』は衣装が豪華でしたが、それも全体の世界観を重視して見ました。いちばん刺激になるのは音楽。彼の音楽のセンスは本当に素晴らしい。僕自身、インスピレーションを受けるものはヴィジュアルよりも音や全体のムードなので、映画を見るときの重要なキーワードにもなっています。『ライフ・アクアティック』でセウ・ジョルジが歌うデヴィッド・ボウイの曲は、もう何回聴いたかわかりません。デヴィッドの名曲をギター1本で弾き語り、曲調をアレンジしているのですが、その曲が入ったCDばかり聴いていた時期があったくらい気に入っています。彼の作品の魅力は、先行きがどうなるかわからないような、人生の不思議な部分を描いた内面と、華やかなデザインや構成で作り上げた外面とのコントラスト。ハッピーに見えるけど実は悲しい、ユーモアがあるけどダークな内容……その相反するものが併存することで、ウェスならではの絶妙なブラックユーモアやウィットを表現した作品が完成するのではないでしょうか。でも、あまり豪華な演出になりすぎると混乱してしまうので、『ライフ・アクアティック』のようなインディーズ感と手作り感のある世界観を楽しみにしています(笑)。
Interview &Text:KurumiFukutsu
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徹底分析!ウェス・アンダーソン映画の世界
Edit:Sayaka Ito, Masumi Sasaki, Fumika Oi
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