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Culture Post

衝撃! 謎の“横丁オフィス”放浪記

中野ブロードウェイ内の一角に出現した赤提灯と電飾きらめく横丁を訪ねて。芸術(アート)異空間の放浪記。


入り口。ビル内のフロアを進んでいくと、いきなりこの眺めが出現して吃驚。

赤提灯に揺らめく芸術(アート)の哀歌(エレジー)

突然出現したその横丁の名は、江戸時代の名工「左甚五郎」× 欧州の流浪の民「ジンガロ」=甚蛾狼(ジンガロ)横丁。謎が謎呼ぶ夜の町。誰が、何のために…? 日本×芸術(アート)の最前線を照らす、怪怪奇奇なる横丁アナザーストーリー。

サブカルの聖地にZingaroあり
 
……あれは、夢だったのだろうか。目を閉じて、赤提灯と電飾看板に照らされた路地の情景を思い返してみる。誰もが「そんな横丁は知らない」というけれど、確かにこの目で見たのだ。その名も「中野ジンガロ横丁」。ジンガロ、甚蛾狼──。
 

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ガラス扉を開ければ、そこは昭和の横丁だった…!

その日、私は“ ポスト秋葉原”とも称されるサブカルチャーの聖地、中野ブロードウェイを訪れていた。JR中野駅から続くアーケード街に直結した、迷路のような複合ビル。地上から4階までは喫茶店、ブティック、美容室、医院、葬儀屋など昔ながらの店構えに、マンガ古書、同人誌、アニメグッズ、コスプレ衣装、フィギュア、ヴィンテージ玩具、カメラ機材など、あらゆるジャンルのマニア・オタク向け専門店が混在する。上層階は、かつて青島幸男や沢田研二らが居を構えたことでも知られる住居フロア。1966年に誕生した超先駆的な商業住宅複合ビルは、いつしか世界に類のないカオスなサブカル空間になっていた。

その3階に、村上隆が率いるカイカイキキが、ギャラリー兼アート雑貨店「Hidari Zingaro(ヒダリ ジンガロ)」をオープンしたのは2010年のこと。以来、陶芸や骨董を扱う店、イラスト投稿コミュニティサイト「pixiv(ピクシブ)」とのコラボレーションによるギャラリー、ノルウェー発のコーヒー店「Fuglen(フグレン)」がプロデュースするカフェを続々と展開。訪ねたのは、これら4軒を束ねるオフィス……のはずだった。

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「酒場 甚蛾狼」は会議室。焼き鳥メニューの頭文字を左から読むと…?

昭和の横丁が忽然と出現

実は、訪問当日は風邪気味で、前の晩に長ネギ3本を首に巻いて寝たせいか、目が赤く腫れ上がっていた。さらに、マスクをしていたため吐く息で眼鏡の内側が曇り、前が見えない。建物内をさまよい、ようやく4階へたどり着いたものの、オフィスらしきものは見当たらず。疲れ切り、立ち尽くしていたところ、声を掛けていただき「こちらです。会議室へどうぞ」。やれやれと眼鏡を拭いて視界が開けた途端、思わず椅子から転げ落ちそうになった。

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懐かしの銘柄が並ぶ、裏口のタバコ屋。店舗と勘違いして訪れる人が続出したため、急遽「閉店致しました」の張り紙を追加。この味わい、別世界…!

そこは──裸電球に照らされた木製のカウンター、ホッピーの瓶に生ビールサーバー、「からしレンコン」「みそ田楽」「ししとう焼」などのお品書き。どういうわけか、間違えて居酒屋に入ってしまった…! と、外をめがけてつんのめり転倒。アスファルトの路面、マンホールに尻餅をつき、見渡せば銭湯に焼き鳥屋、ネオンが光るスナック…。いや、ここはビルの中のはずだと天井を見上げれば、むき出しの配管に無数の赤提灯がぶら下がり、完全に高架下の横丁そのもの。慌てふためき、無我夢中で出口を求めて路地の奥へ、スナックのガラス扉を開け、勢い外へと転がり出た。振り返ればそこは年季の入ったタバコ屋。赤い公衆電話の脇に「閉店致しました」の文字が張られていた。

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銭湯は会議室。ロッカーはスタッフの荷物入れに。

横丁空間に灯る芸術家の魂

翌日。布団の中で一人震えていると電話が鳴った。声の主は、Zingaro統括マネージャーの當麻 篤(たいまあつし)氏。「店と勘違いする人が絶えませんが、ここはれっきとしたオフィスですよ」

いわく、村上隆氏にとって麻布のカイカイキキギャラリーは活動の本丸。対するZingaroは若手アーティストの育成など、より実験志向の場。なぜ中野ブロードウェイかといえば、村上氏の元を訪れる海外のアート関係者たちに、日本の特異な文化を感じてもらうためだった。一方で、彼らをもてなすパーティの場を探していた村上氏が気に入ったのが、恵比寿駅近くのショッピングセンター跡地を再生し、全20店舗が軒を連ねる「恵比寿横丁」。森美術館での『村上隆の五百羅漢図展』(15年)のアフターパーティも、横丁全体を貸し切り開催。こうした経緯から、Zingaroオフィスの空間を、恵比寿横丁をプロデュースした浜倉的商店製作所代表の浜倉好宣氏に依頼した。

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「焼鳥 すづめ」は倉庫。木製電柱の看板は高齢の職人を探し出して描いてもらったもの。

テーマパーク的なハリボテであれば、映画の美術スタッフで事足りる。しかし村上氏の要望は、本気で本物の横丁空間を作り上げること。対する浜倉氏も「新築からの昭和時代再現を、チープな作りモノではなく、よりリアリティと時代感、本物感の“味”を再現するために『自分がこの町に住んでいるとイメージして』細部の角度から感じたままを落とし込みました」。工程最後の2カ月は、使い込まれた風合いを再現する汚し作業。往時を知る年配の職人二人が、壁のひび割れや立ち小便の跡、カウンターのコップの輪染み、銭湯の「のぞきは直ちに──〇番シマス」の張り紙までを完璧に作り上げた。

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スナック&軽食「Zingaro」。ミラーボールが回る空間にバーカウンター、住み込み店舗という設定で奥には和室も完備。ここがメインのオフィス空間。

そして驚くべきは、この空間が実際にオフィスとして機能している点だ。「『酒場で面接や商談』『銭湯でミーティング』『スナックでクリエイティブワーク』『和室で駄弁(だべ)る』……など、オフィス環境ではない枠から新たなコミュニティ発信の発想基地になれば」という浜倉氏の言葉。そして、世界のVIPをこの空間で迎え撃つ村上氏の発想に舌を巻く。田舎のあばら屋をあえて市中(しちゅう)に再現し、枯淡の趣を楽しんだ数寄の先人たちもかくや、奇想にして奇跡のインスタレーションアート空間。何度見ても信じ難いが、ガチで事務所なので、見学は不可。曇り眼鏡の向こうは甚蛾狼の町…。連なる赤提灯をガラス戸越しに眺めながら、この横丁に君臨し、アートワールドと対峙する芸術家の燃える魂に想いを馳せた。

Office Zingaro Yokocho

カイカイキキが中野ブロードウェイ内で展開する各施設──カフェ「Bar Zingaro」(2F)、pixivとのコラボレーションギャラリー「pixiv zingaro」(2F)、ギャラリー&アート雑貨店「Hidari Zingaro」(3F)、陶芸や骨董などを扱うギャラリー「Oz Zingaro」(4F)のオフィスとして2016年6月に完成。非公開だが、外側の作り込みだけでも一見の価値あり。なお、4軒の最新情報は以下を参照。(Hidari Zingaro)
URL/hidari-zingaro.jp

Photos : Yoshimitsu Umekawa
Edit & Text : Keita Fukasawa

Profile

深沢慶太(Keita Fukasawa) フリー編集者、ライター、『Numero TOKYO』コントリビューティング・エディター。『STUDIO VOICE』編集部を経てフリーに。『Numero TOKYO』創刊より編集に参加。雑誌や書籍、Webマガジンなどの編集執筆、企業企画のコピーライティングやブランディングにも携わる。編集を手がけた書籍に、田名網敬一、篠原有司男ほかアーティストの作品集やインタビュー集『記憶に残るブック&マガジン』(BNN)などがある。『Numéro TOKYO』では、アート/デザイン/カルチャー分野の記事を担当。

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