吉沢亮がCODA(コーダ)の青年を清冽に演じる。映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』 | Numero TOKYO
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吉沢亮がCODA(コーダ)の青年を清冽に演じる。映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』 

とても真摯かつ丁寧に、個人の葛藤や親子の愛情を描き、爽やかな感動をもたらす素晴らしい日本映画が登場した。『ぼくが生きてる、ふたつの世界』──タイトルにある「ふたつの世界」とは何か。それは音のきこえる世界と、きこえない世界。ろう者の両親のもとに生まれ育った主人公の「ぼく」=大(だい)を吉沢亮が演じる。原作は2021年に刊行された五十嵐大の自伝的エッセイの著作『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』(幻冬舎/映画と同じタイトルに改題して文庫化)。五十嵐氏が自身の体験談を率直に記したリアルストーリーをもとに、『そこのみにて光輝く』(2014年)で第38回モントリオール世界映画祭最優秀監督賞、第57回ブルーリボン監督賞など国内外の多数の映画賞に輝いた呉美保監督が映画化。現在二児の母親でもある呉監督にとって『きみはいい子』(2015年)以来9年ぶりの長編最新作になる。

音のきこえる世界と、きこえない世界──。『そこのみにて光輝く』の呉美保監督が「母と息子」の愛情を描く最新作

物語は主人公の「ぼく」=大が、宮城県の小さな港町に暮らす五十嵐家に生まれるところから始まる。時制が劇中で明示されるわけではないが、原作者が生まれた1983年頃の時代背景が起点だ。大の家族は、塗装職人の父・陽介(今井彰人)と優しい母・明子(忍足亜希子)。そしてかつて「蛇の目のヤス」という異名を取る破天荒な博打打ちだった祖父・康雄(でんでん)と、社交的な祖母・広子(烏丸せつこ)。他の家庭と少しだけ違っていたのは、父と母の耳がきこえないこと。幼い大には手話を使うことも、背後から来る車など交通上の危険から母を守ることも、いつもの幸福な日常の習慣だった。

やがて大は小学生から中学生になり、高校を卒業して上京。紆余曲折を経て編集プロダクションに勤め、ライターになるまで28年もの長いスパンを描いていく。その時間の流れ方が実に見事で、小学生の時の大を演じる子役の加藤庵次から、中学生以降をすべてひとりで演じ切る吉沢亮へのバトンタッチもスムーズだ。そして母親への愛情を複雑にこじらせてしまう思春期から、自己実現をめぐり必死に模索するなかで、東京でひとり暮らしを始めた大はCODA(コーダ)という言葉を知る。

CODA(コーダ)とは“Children of Deaf Adults”の略で、「耳のきこえない、またはきこえにくい親を持つ聴者の子ども」を意味する。この言葉は、第94回アカデミー賞で作品賞ほか計3冠に輝いた『Coda コーダ あいのうた』(2021年/監督:シアン・ヘダー)──本作はフランス映画『エール!』(2014年/監督:エリック・ラルティゴ)のリメイクだが、この作品の大ヒットなどをきっかけにして一般にも急速に広まった。大はずっと自身に課せられた身の上を理不尽に思い、孤独を感じてきたが、日本国内だけでも2万人以上のCODAがいると知ることで、自分の運命の再定義──CODAだからこそ世の中にできることといった使命感や新しい人間観に目覚めていく。そして母親や家族に対して、自分が長らく取ってきた態度を顧みることで、彼のアイデンティティは鮮やかに刷新されていくのだ。

脚本を務めた港岳彦による原作文庫本の解説(美しいテキストなのでぜひお読みいただきたい)にもあるように、『ぼくが生きてる、ふたつの世界』は胸を打つ清冽な成長物語として、いわゆる“説教臭さ”をまるで感じない等身大のヒューマンストーリーに昇華されている。また重要なのは『Coda コーダ あいのうた』と同様に、ろう者の役は、すべてろう者の俳優が演じていること。特に28年の時の流れをナチュラルに演じ切り、息子に変わらぬ愛情を注ぎ続ける母・明子役の忍足亜希子の澄明な存在感は圧巻だ。大らかな父・陽介役には日本ろう者劇団のメンバーで、『LISTEN リッスン』(2016年/監督:牧原依里&雫境)や『MY LIFE IN THE BUSH OF GHOSTS』(2024年/監督:宮崎大祐)などの映画にも出演してきた今井彰人。東京に出た大と親密な信頼関係を築いていく原作の「Sちゃん」に当たる彩月役は、『ケイコ 目を澄ませて』(2022年/監督:三宅唱)にも印象的な役で出演していた長井恵里が務めている。そして手話を交えながら、繊細にこんがらがった感情を表現する主演の吉沢亮の凄さ。「ふたつの世界」をシームレスにつないでいく豊かな芝居のアンサンブルに惚れ惚れする。

そんな本作は自身のオリジナル脚本によるデビュー作『酒井家のしあわせ』(2006年)以来、一貫して家族を主題としてきた呉美保監督の新たなステージを感じる一本でもある。『酒井家のしあわせ』で一家の父を演じたユースケ・サンタマリアが、大を採用する編集長役で18年ぶりに呉作品に出演。一見どこまでもウェルメイドな映画組成だが、同時に劇伴を使わず、現実音の有無で「ふたつの世界」を体感させるサウンドスケープなどもこだわり抜かれている。我々の世界の解像度を上げてくれる革新的なポイントが数多く込められ、しかもそれが全くこれ見よがしではなく、自然体な映画の生地に馴染むように慎ましい。まさにニュースタンダードな名作と呼ぶに相応しい仕上がりだ。

本作の劇場公開に当たっては、字幕や音声ガイドも備えたバリアフリー上映も実施。また海外でも、今年6月には第26回上海国際映画祭のコンペティション部門でワールドプレミア上映され、大好評を博した。また今年10月に開催されるロンドン映画祭(BFI London Film Festival 2024)コンペティション部門、バンクーバー国際映画祭(Vancouver International Film Festival 2024)パノラマ部門への正式出品も決定。『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が伝える多様な「声」の力はどんどん全世界に広がっていく。

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』 

監督/呉美保
出演/吉沢亮、忍足亜希子、今井彰人、ユースケ・サンタマリア、烏丸せつこ、でんでん
全国公開中
https://gaga.ne.jp/FutatsunoSekai/

配給:ギャガ
©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会 

 

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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