レア・セドゥがシングルマザー役で新境地を切り開く。映画『それでも私は生きていく』 | Numero TOKYO
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レア・セドゥがシングルマザー役で新境地を切り開く。映画『それでも私は生きていく』

『未来よ こんにちは』(16)で第66回ベルリン国際映画祭銀熊賞を獲得したミア・ハンセン=ラブ監督の最新作『それでも私は生きていく』。監督自身の父親が病を患っていた中で脚本を書いた自伝的作品で、悲しみと喜び、正反対の状況に直面する一人の女性の心の機微を繊細に描き、人生讃歌ともいえる上質なヒューマンドラマに仕上げた。主演はレア・セドゥが務め、主人公サンドラの複雑な心の機微を見事に表現し新境地を開拓。第75回カンヌ国際映画祭にてヨーロッパ・シネマ・レーベルを受賞した。

フランス映画界の俊英、ミア・ハンセン=ラヴ監督が綴る介護、仕事、子育て、新たな恋──等身大の女性の物語

『007/スペクター』(2015年/監督:サム・メンデス)と『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年/監督:キャリー・ジョージ・フクナガ)で二作続けてボンドガールを務め、ハリウッド大作から作家性の強いアートハウス系の映画まで、八面六臂に活躍するレア・セドゥ(1985年生まれ)。いまやフランスを代表する俳優となった彼女が、やはり同国きっての俊英であり、同世代者でもあるミア・ハンセン=ラヴ監督(1981年生まれ)と初めてタッグを組んだ。

しかもレア・セドゥがこれまで演じてきたものとは大きく異なる役柄だ。ベリーショートの髪型に、いつも飾り気のない服装をしているシングルマザー。そんな主人公が新たな恋と、老いた父の介護に直面するリアルな物語。現代のセックスシンボルと見做されることも多いセドゥだが、かねてから彼女に魅了されてきたと語るミア・ハンセン=ラヴ監督は、セドゥの新たな面を引き出すことをイメージして今回のキャラクターを当て書きしたのだという。

主人公のサンドラ(レア・セドゥ)は夫のジュリアンを亡くした後、パリのアパルトメントで8歳の娘リン(カミーユ・ルバン・マルタン)とふたりで暮らしている。通訳者や翻訳家として忙しい日々を送る彼女だが、目下気がかりなのが父親ゲオルグ(パスカル・グレゴリー)の健康問題だ。かつては哲学教師として尊敬を集めてきたが、いまはアルツハイマー病に由来する神経変性疾患を患い、徐々に視力と記憶を失いつつある。

サンドラが翻訳の仕事を請け負っているアンネマリー・シュヴァルツェンバッハ(1908年生~1942年没)の書簡の話になり、クラウス・マン(トーマス・マンの息子)と親しかったスイス人の作家よ、と言っても、「その名前は聞いたことがある……」と返される始末。あんなに知性あふれる人物だった父親の変わりゆく姿を目にして、サンドラは戸惑いと喪失感を隠せない。

その一方、サンドラは公園で偶然再会した旧友のクレマン(メルヴィル・プポー)との仲を急速に深めていく。しばらく南極調査のためにフランスを離れていたが、いまは宇宙化学者としてパリで研究しているクレマンの知的な佇まい、優しさや楽しさに惹かれ、衝動的に結ばれていく。だが彼には妻子がいることで、久々の恋のときめきと同時に苦悩も抱えることになる──。

ミア・ハンセン=ラヴ監督の映画は、いつも彼女の私生活の実体験から着想が生まれることで知られている。ティーン時代の体験をもとにホロ苦い初恋模様を綴った『グッバイ・ファーストラブ』(2011年)、DJだった兄をモデルにクラブカルチャーの20年の栄枯盛衰を描いた『EDEN/エデン』(2014年)、監督自身の母親が投影された『未来よ こんにちは』(2016年)、元パートナーであるオリヴィエ・アサイヤス監督との関係を赤裸々に反映した『ベルイマン島にて』(2020年)など。

今回は亡き父親(やはり哲学教師をしていた)が病を患った時期の体験にインスパイアされたものらしい。その意味で主人公のサンドラは監督の自画像に近いのだろうが、まさしく「私」の生々しい実感を踏み台にするようにして、普遍的なフィクションへと昇華する。興味深いのは、サンドラの道行きや精神性が『未来よ こんにちは』の主人公ナタリーにどこか似ていることだ。ナタリーのモデルはミア・ハンセン=ラヴの母親であり、同時に演者のイザベル・ユペールの当て書きでもある。ちなみに今作『それでも私は生きていく』での主人公の母親はフランソワーズ(ニコール・ガルシア)として登場し、すでに夫とは別居している設定である。役名は異なっても人物像が重なるあたり、「ミア・ハンセン=ラヴ・ユニバース」とでも呼びたくなるフィルモグラフィの連続性がある。

父親の介護に当たる娘の献身と葛藤という主題はソフィー・マルソー主演、フランソワ・オゾン監督の『すべてうまくいきますように』(2021年)とも通じるように、家族の問題や責任と情熱の板挟みなど、今作はミア・ハンセン=ラヴ監督作の中で最も王道のテーマ性を備えた作品だとも言えるだろう。それでもあくまで「私」の視座を手放さず、独自の決断や前進に向かっていく。身の回りから世界を立ち上げてくる彼女の映画に一貫しているのは、最も慎ましいレヴェルでの「サヴァイヴ」という感覚だ。何があっても淡々と日々を生きていく──その静かだが力強い妙味は、どんな生き方も許容する大らかな「肯定力」を伝えるものとなる。

『EDEN/エデン』『未来よ こんにちは』『ベルイマン島にて』と続けて組んでいるベテランの撮影監督、ドゥニ・ルノアールの35mmフィルムによる撮影も素晴らしい。ミア・ハンセン=ラヴ監督の長編第8作となる今作は、第75回(2022年)カンヌ国際映画祭の「監督週間」に出品され、ヨーロッパ・シネマ・レーベル賞を受賞。ドイツの古いサイレント映画『ニーナ・ペトロヴナ(Le Mensonge de Nina Petrovna)』(1929年/監督:ハンス・シュワルツ)のさりげない引用も効いている。

『それでも私は生きていく』

監督・脚本/ミア・ハンセン=ラブ
出演:レア・セドゥ、パスカル・グレゴリー、メルヴィル・プポー、ニコール・ガルシア、カミーユ・ルバン・マルタン
全国順次公開中
URL/unpfilm.com/soredemo

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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