アイルランドの神秘的な島から届いた今期賞レースの目玉!映画『イニシェリン島の精霊』 | Numero TOKYO
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アイルランドの神秘的な島から届いた今期賞レースの目玉!映画『イニシェリン島の精霊』

傑作『スリー・ビルボード』から5年。いまなお演劇界・映画界の最前線に立つ鬼才マーティン・マクドナーの全世界待望の最新作が公開される。本土が内戦に揺れる1923年、アイルランドの孤島、イニシェリン島。この平和な小さい島で、気のいい男パードリックは長年友情を育んできたはずだった友人コルムに突然の絶縁を告げられる。やがてコルムは「これ以上、お前が俺を煩わせたら、自分の指を切り落とす」という恐ろしい最終通告をパードリックに突きつけ、両者の対立は想像を絶する事態へと突き進んでいく…。

『スリー・ビルボード』の鬼才マーティン・マクドナー監督が贈る不条理でシュールなおとぎ話

2022年の第79回ヴェネチア国際映画祭では脚本賞とヴォルピ杯男優賞の2冠獲得。2023年1月に発表されたばかりの第80回ゴールデン・グローブ賞では、作品賞(ミュージカル/コメディ部門)、主演男優賞(ミュージカル/コメディ部門)、脚本賞の最多3冠獲得。そして来たるべき第95回アカデミー賞でも、最有力候補のひとつと注目されている話題作が、イギリス・アメリカ・アイルランド合作となるサーチライト・ピクチャーズ作品、『イニシェリン島の精霊』だ。

監督・脚本は鬼才マーティン・マクドナー(1970年生まれ)。もともと劇作家としてスタートし、英国演劇界で活躍した彼だが、2008年に『ヒットマンズ・レクイエム』で長編映画監督デビュー。2017年に発表したフランシス・マクドーマンド主演の衝撃的な傑作『スリー・ビルボード』では賞レースで大旋風を巻き起こす。第74回ヴェネチア国際映画祭では脚本賞を受賞。第90回アカデミー賞では6部門7つのノミネートを果たし、そのうち2冠(主演女優賞、助演男優賞)を獲得するなど、世界中で極めて高い評価を得た。

今回はアメリカ中西部を舞台にした『スリー・ビルボード』から一転、マクドナー監督自らのルーツであるアイルランドに回帰。初長編の『ヒットマンズ・レクイエム』で主演したコリン・ファレルとブレンダン・グリーソンを再びメインキャストに迎え、盟友三人の14年ぶりの再集結作となった。

物語の舞台は1923年、アイルランド西海岸沖に浮かぶイニシェリン島(架空の離島。ロケ撮影はアラン諸島)。内戦に揺れる本土とは対照的に、のどかな平和が保たれたこの小さな島では、住民全員が顔見知り。パブで仲間たちと騒ぐのを日々の楽しみにしている、お人好しで素朴な男パードリック(コリン・ファレル)も、その島民のひとりだ。彼は読書家で聡明な妹のシボーン(ケリー・コンドン)と共に慎ましく暮らしていた。

ところが、ある日の午後、長年の飲み仲間である年長の友人コルム(ブレンダン・グリーソン)から、パードリックは突然絶交を告げられてしまう。理由がわからず困惑したパードリックは「俺が何かしたなら言ってくれ」と詰め寄るが、コルムは彼を「退屈な男」呼ばわりし、「ただお前が嫌いになったんだ」と冷たく突き放すばかり。

どうやら老境に差し掛かったコルムは、フィドル(ヴァイオリンの別称)奏者でもあり、残された人生を有意義なものにするため、これからは作曲と思索に没頭したいということらしい。そこで貴重な時間を無駄話で潰してしまうような、パードリックとの付き合いを面倒に感じ始めたというのだ。

とても受け止めきれないほどのショックを受けたパードリックは、妹のシボーン、純粋無垢で風変わりな隣人の若者ドミニク(バリー・コーガン)に相談しながら、見当違いの方法で不器用に関係修復を計ろうとする。だがコルムは頑なにパードリックを拒絶。やがてコルムは「これ以上、お前が俺を煩わせたら、俺は自分の指を切り落とす!」という狂気的な最後通告をパードリックに突きつける。親友だったはずの両者の対立は、やがて想像を絶する恐ろしい事態へと突き進んでいくのだが……。

なんとも奇妙なお話である。ご近所さんとしてずっと付き合ってきたのに、人生のプランが突如すれ違い、長年の友情が崩壊したふたりの男の破滅的なバトルと運命。やがてこの島には、死を予言する精霊が舞い降りて、その不吉な姿を現わす。

全体的に連想するのは、まず北欧スウェーデンを代表する巨匠監督、イングマール・ベルイマンの作風だ。例えば『鏡の中にある如く』(1961年)などで舞台となったフォーレ島の神秘的な雰囲気や、『第七の封印』(1957年)に登場する死神など。また、ふたりの男が孤立した状況に置かれるシチュエイションは、サミュエル・ベケットの不条理劇の名作『ゴドーを待ちながら』を彷彿させる。だが、それらが独特のおかしみや残酷さにモディファイされており、壮絶な展開を見せながらも、とにかく笑えるのだ。人間の宿業を主題にしたシュールなコントのようでもあり、海を挟んだ向こう側ではアイルランド内戦が起きている(だが、島からは見えない)という史実への補助線の引き方も、絶妙な味わいを醸し出している。

マーティン・マクドナーは、風刺的なブラック・コメディの名手という定評があり、まさに今作は彼の真骨頂と言えるだろう(演劇作品でも1996年の『イニシュマン島のビリー』などアラン諸島を舞台にした三部作がある)。閉塞した環境の、田舎のコミュニティ内での個人的な恨みが、やがて巨大な怒りや憎しみへと怪物化し、世界の「負の連鎖」を表象していく──という意味では、やはり『スリー・ビルボード』と共通した物語構造とも言える。火というモチーフの反復など、『スリー・ビルボード』とイニシェリン島の精霊』は異なるアプローチで同じ主題を描いたワンセットであり、今回はおとぎ話的なヴァリエーションとでも呼べるかもしれない。

ほんの些細な争いから巻き起こる混乱と狂気の渦。その予測不能にして衝撃の結末とは?
何が起こるかわからない緊張感と、ダークでエキセントリックなユーモアが濃密にせめぎ合う中、共にアイルランド出身のふたりの名優──ヴェネチア国際映画祭男優賞に輝いたコリン・ファレルと、『ハリー・ポッター』シリーズの伝説の闇祓い、アラスター・“マッドアイ”・ムーディ役などでもおなじみのブレンダン・グリーソンの、迫真の演技合戦が最高の見ものだ。

もちろん個性豊かなキャスト陣が織り成すアンサンブルも素晴らしい。これまでの人生や島での生活に疑問を持ち始める妹シボーンに扮するのは、『スリー・ビルボード』の広告代理店の事務員パメラ役でも印象的な演技を見せたケリー・コンドン。道化師のような青年ドミニク役には、コリン・ファレルと共演した『聖なる鹿殺し キリング・オブ・セイクリッド・ディア』(2017年/監督:ヨルゴス・ランティモス)などのほか、ハリウッド大作でも活躍する若手バリー・コーガンが快演。

そして『スリー・ビルボード』に引き続き、撮影監督ベン・デイヴィスや音楽のカーター・バーウェルといった精鋭スタッフが集結。新しいマクドナー・ワールドを最上の精度で構築した。

『イニシェリン島の精霊』

監督・脚本/マーティン・マクドナー「スリー・ビルボード」
出演/コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン
1月27日(金)全国公開
https://www.searchlightpictures.jp/movies/bansheesofinisherin
©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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