誰もが翻弄される! 戦慄のサイコスリラー『死刑にいたる病』 | Numero TOKYO
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誰もが翻弄される! 戦慄のサイコスリラー『死刑にいたる病』

ミステリー作家・櫛木理宇の最高傑作と謳われる同名小説を『孤狼の血』『凶悪』の白石和彌監督が映画化。阿部サダヲ、岡田健史、岩田剛典、中山美穂らとともに、息つく暇もない心理戦の応酬から目が離せない新たなマスターピースを生み出した。一件の冤罪事件を巡り、二転三転する真実、深まる謎。誰も予測できない驚愕のラストが待ち受ける……。

阿部サダヲ×岡田健史のW主演。「会えば好きになる」シリアルキラーが、孤独な大学生を翻弄する──。
『凶悪』『孤狼の血』の鬼才・白石和彌監督が放つ本格サイコスリラー!

『凶悪』(2013年)や『日本で一番悪い奴ら』(2016年)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)、そして『孤狼の血』(2018年)に『孤狼の血 LEVEL2』(2021年)──。日本映画界を挑発し続ける鬼才・白石和彌監督が放つ新作は、フィクションの醍醐味を存分に味わえる刺激的なサイコスリラーだ。

阿部サダヲ×岡田健史のW主演。服役中のシリアルキラーから冤罪証明の依頼を受けた大学生が、独自に事件の謎を追う。殺人鬼と面会を重ねる異常な状況の中、二転三転するスリリングな展開。
原作は、人気作家・櫛木理宇のミステリー小説『死刑にいたる病』(ハヤカワ文庫刊)。2015年に『チェインドッグ』として早川書房より刊行されたものが、文庫化に合わせて哲学者キルケゴールの『死に至る病』を彷彿させる現在のタイトルに改題された。脚本は『さよなら渓谷』(2013年)や『そこのみにて光輝く』(2014年)など多数の作品を手がける名手・高田亮で、白石監督とは初タッグとなる。

理想とは程遠いレベルの大学に通い、鬱屈した日々を送る筧井雅也(岡田健史)。彼のもとに、ある日一通の手紙が届く。それは世間を震撼させた連続殺人事件の犯人・榛村大和(阿部サダヲ)からのものだった。24件の殺人容疑で逮捕され、死刑判決を受けた榛村は、かつてパン屋を営んでおり、当時中学生だった雅也もよくそこに通っていた。あの優しいパン屋の店主が、残虐な殺人鬼だなんて──。そんな好奇心混じりで拘置所に会いに行くと、榛村は雅也のことを「まあくん」と親しく呼びかけてくる。そして思わぬ頼みを切り出してきた。自分が立件・起訴された9件のうち、1件だけは冤罪であり、それを雅也に証明してほしいと言うのだ。
「まだ本当の犯人はあの街にいるかもしれない。今、それを知っているのは、君と僕だけだ」──。なぜか榛村に惹かれ始めた雅也は、その無茶な願いを聞き入れ、事件を独自に調べ始めるのだが……。

まずはシリアルキラー、榛村大和のキャラクター造形が素晴らしい。原作小説だと榛村大和は、日本のテッド・バンディ(1946年生~1989年没)という記述がある。ザック・エフロン主演の『テッド・バンディ』(2019年/監督:ジョー・バーリンジャー)などの実録映画でも描かれているバンディは、アメリカの犯罪史上に残る残虐なシリアルキラーだが、表向きは好人物で特に女性からの人気が高かった。
榛村大和もまた、老若男女を無差別に魅了する「人たらし」である。どんなに残忍な殺人鬼だという情報が与えられても、実際に大和と接した人間は彼のことが嫌いになれない。雅也もやはり面会を重ねるたび榛村が好きになり、普段の孤独を癒やされ、まるで最愛の父親に接するかのような親近感を覚えていく。

連続殺人鬼・榛村を演じるのは、阿部サダヲ。白石和彌監督とは『彼女がその名を知らない鳥たち』の陣治役に続く再タッグ。今回は爽やかな白の衣服を身にまとい、人懐っこい笑顔の奥で、正体不明の狂気を光らせる。「高い好感度の裏返し」で犯罪を働く意味では、『夢売るふたり』(2012年/監督:西川美和)で阿部が演じた結婚詐欺師の貫也にも通じるイメージがあるといえるかもしれない。

収監されている榛村のもとに通い、事件の真相に迫りながらも翻弄されていく大学生・雅也には、話題作への出演が続く期待の新鋭・岡田健史。「コントロールされる側」という受け身で危険な沼にのめり込んでいく青年像を見事に演じきる。

実のところ、榛村と雅也が絡む場所は拘置所の面会室だけだ。だからこそ、面会室パートにおける演技の密度は凄まじい。阿部サダヲと岡田健史──ふたりのやり取り、駆け引き、攻防戦が、ちょっとした表情や身体反応など微細に表現されながら、複雑な緊張感を孕んで展開されていく。ちなみに白石監督の過去作『凶悪』にも同様のシチュエーションがあるのだが、その撮影スタイルを比べてみると面白い。『凶悪』の面会室のシーンは簡素なカットバック(切り返し)で撮られているが、今回の『死刑にいたる病』ではいろいろなアプローチが工夫され、カメラワークも空間的にも、さまざまな技が駆使されていることがわかるはずだ。

役者陣は本当に充実。事件の鍵を握る謎めいた男、金山一輝役の岩田剛典。被害者のひとりである根津役の佐藤玲。雅也の同級生・加納灯里役の宮﨑優など、いずれも強い印象を残す。
そして白眉といえるのが、雅也の母親・衿子役の中山美穂だ。彼女のキャスティングは白石監督たっての希望。『108〜海馬五郎の復讐と冒険〜』(2019年/監督:松尾スズキ)の役柄(主人公の妻で、ダンサーの男と浮気している元女優)に驚いた白石監督は、今回「暗い影を背負った母親役を演じる中山さんをぜひ見たい」と思ったという。榛村と雅也の両方に関わる、物語上の最大のキーパーソンとして鮮烈な存在感を放つ。

過剰でフェティッシュな残酷描写も炸裂するこの映画は、確かにエグい内容だ。回想パートでは、若き日の榛村にコントロールした子どもたちが傷つけられるシーンもある。もちろん撮影は万全のケアのもと行われ、カッターや血などはCG処理。白石監督は「子役の皆さんには負担のないように、撮影現場では細心の注意を払いました。本当に子どもって、大人が思っている以上に心のダメージを受けたりしますからね」と語る。「作品としての攻め」を目指すからこそ、撮影現場ではデリケートな配慮、仕事環境としての健全さが不可欠になる。今回は自由なフィクションの創造に際した、白石監督なりのバランスがうかがえる一本でもある。

白石監督は本作の物語を「究極的に言うと、すべてが榛村大和の暇つぶし」だと整理する。まさに殺人犯の「死ぬまでの遊び」。そこが実在の事件をベースにした『凶悪』の社会派リアリズムやルポルタージュ性との本質的な違いである、と。

榛村大和という究極のシリアルキラーには、映画を観る私たちも翻弄されてしまう。どこまでが本当で嘘かよくわからない……まるで煙に巻かれるように、『死刑にいたる病』は「こっち側」に生きる観客たちを、「あっち側」──非日常の世界に連れていってくれるのだ。

『死刑にいたる病』

監督/白石和彌
出演/阿部サダヲ、岡田健史、岩田剛典、中山美穂
5月6日(金)より、全国公開中 
siy-movie.com

©2022映画「死刑にいたる病」 製作委員会
配給/クロックワークス

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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