孤独な少女と少年が出会い、お互いの光になる──映画『少年の君』 | Numero TOKYO
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孤独な少女と少年が出会い、お互いの光になる──映画『少年の君』

中国・香港から青春映画の傑作が届いた。苛烈な受験戦争のプレッシャーとストレス、その閉塞から生じる壮絶ないじめ。極端な経済格差や、社会のレールからこぼれ落ちた者たちの荒れた環境。そんな戦場のような日常の中で、成績優秀でありながら孤独な日々を送る高校生の少女と、ストリートでその日暮らしを送る不良少年が出会う。まったく違う世界に生きていたふたりが魅せるピュアな魂の交歓と、未来への希望の在りかとは――。

学校やストリートという戦場で生きる少女と少年、『リリイ・シュシュのすべて』へのオマージュ―― 現代中国を代表する「時代の顔」がそろったエポックな傑作!

本国では青春映画の画期と評されるほど爆発的な反響を呼び、250億円近い興収の大ヒットを記録。香港のアカデミー賞に当たる香港電影金像奨で作品賞・監督賞・主演女優賞を含む計8冠を獲得。第93回(2021年)アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされて世界的な注目を集めた『少年の君』。 監督は俳優出身の俊英デレク・ツァン(1979年生まれ)。『インファナル・アフェア』シリーズの出演(黒社会の頭領サム役)などで知られる名優であり、プロデューサーや司会業もこなす香港芸能界の大物、エリック・ツァンの息子でもある。 この映画の物語は回想形式だ。冒頭シーンでは、大人になり英語の教師として勤めているヒロインの姿が映し出される。名はチェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)。いまは生徒たちに教える身となった彼女が、一生忘れられない体験をした自身の高校時代を振り返る――。

高校3年生のチェン・ニェンは進学校に通っている。学年でもトップクラスの成績を誇るが、友人はいない。「高考」と呼ばれる全国統一大学入試を控え、殺伐とした空気が張り詰める校内で、ひたすら参考書に向かい、イヤホンで耳をふさぎ、勉強に集中することで卒業までの日々をやり過ごしていた。

そんな折、同級生の女子生徒が自らの命を絶ってしまう。クラスメイトからのいじめを苦に、校舎から飛び降りたのだ。生徒たちはざわざわしながら、少女の死体に好奇の目やスマホのカメラを向ける。その光景に耐えられなくなったチェン・ニェンは、遺体にそっと自分の上着をかけてやった。「彼女はあんな姿を見られたくなかったはず」――。だがこの件をきっかけに、激しいいじめの矛先がチェン・ニェンへ向かうことになる。

チェン・ニェンは母親とふたりきりの家庭環境で、経済的に貧しい。北京大学や清華大学などの超名門を目指している娘の学費のため、母親は出稼ぎで家を長く空けている。しかもその商売は違法スレスレ。危ない橋を渡るしかない母親と電話で連絡を取りながら、チェン・ニェンの口から出るのは心配をかけまいとする言葉だけ。同級生たちの悪意は日増しに激しくなるが、このひとりぼっちの女子高生には頼る者もいない。

だがまもなく、ぎりぎりの場所で踏み止まるチェン・ニェンに運命の出会いが起こる。路上で集団暴行を受けていた不良少年のシャオベイ(イー・ヤンチェンシー)だ。家族も居らず、ひとりで暮らす彼はハードな裏社会を生き抜いていた。こうしてふたつの孤独な魂は、いつしか互いに引き合っていくのだが……。

原作となったのは玖月晞のオンライン小説『少年的你,如此美麗』。だが映画は原作を大幅に改編。その脚色や演出に認められるのは、岩井俊二監督からの強い影響である。本作は物語もあらゆる描写も、あの伝説的な名作『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)によく似ているのだ。

デレク・ツァン監督は単独監督デビュー作となる前作『ソウルメイト/七月と安生』(2016年/日本公開は今年の6月25日)では、少女ふたりのシスターフッドに男子を絡めた三角関係のドラマを描き、やはり岩井俊二監督の『花とアリス』(2004年)を連想させた。

今回の『少年の君』では、『ソウルメイト/七月と安生』でヒロインのひとり、安生役を好演したチョウ・ドンユイが、『リリイ・シュシュのすべて』の蒼井優、伊藤歩、市原隼人らを凝縮したようなイメージを背負う。オマージュと見られるシーンも多いが、もちろん中国現代社会のリアリティに基づいた独自の設計が本作の達成の決定づけている。

このいじめ問題と受験戦争の背景には、急成長により歪みが生じたアジアの経済格差があり、その点ではタイ映画の傑作『バッド・ジーニアス/危険な天才たち』(2017年/監督:ナタウット・プーンピリヤ)などにも通じるかもしれない。劇中で刑事が言う。「以前にも高校生が集団で同級生を殴り殺した。彼らは口々に“あの程度で死ぬとは思わなかった”と言った。学校の事件だとナメてかかるな。責任問題はさらに厄介だ。校長に尋ねれば、担任教師の責任だと言う。担任に問えば、生徒の親の責任だと。だが彼らの親は出稼ぎで年に一度しか家に戻らない」――。

ある種、古典的なボーイ・ミーツ・ガールの骨格を備えながら、アクチュアルな社会問題を生々しくつかみ取る豪腕の135分は重量級の感動をもたらす。チョウ・ドンユイは渾身の力演。シャオベイ役のイー・ヤンチェンシーは、国産ボーイズ・グループ「TFBOYS」のメンバー。中国のトップアイドルだが最近は俳優としての評価も高まり、本作では青春スターそのものの瑞々しさ。デレク・ツァン監督も含め、いまの中国を代表する「時代の顔」がそろった充実の一本。アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートも至極納得だ。

『少年の君』

監督/デレク・ツァン
出演/チョウ・ドンユイ、イー・ヤンチェンシー
7月16日(金)より、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマほか全国公開中
klockworx-asia.com/betterdays

配給/クロックワークス
© 2019 Shooting Pictures Ltd., China (Shenzhen) Wit Media. Co., Ltd., Tianjin XIRON Entertainment Co., Ltd., We Pictures Ltd., Kashi J.Q. Culture and Media Company Limited, The Alliance of Gods Pictures (Tianjin) Co., Ltd., Shanghai Alibaba Pictures Co., Ltd., Tianjin Maoyan Weying Media Co., Ltd., Lianray Pictures, Local Entertainment, Yunyan Pictures, Beijing Jin Yi Jia Yi Film Distribution Co., Ltd., Dadi Century (Beijing) Co., Ltd., Zhejiang Hengdian Films Co., Ltd., Fat Kids Production, Goodfellas Pictures Limited. ALL Rights reserved.

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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