Numero TOKYOおすすめの2021年7月の本 | Numero TOKYO
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Numero TOKYOおすすめの2021年7月の本

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、世界を熱狂させたあのSFの完結編、さまざまな事情を抱えた少女たちのシスターフッドの物語、そして異色のタイム・トラベルもの!

『三体Ⅲ 死神永生』上・下

著者/劉慈欣 訳/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功 価格/各 ¥2090(税込) 発行/早川書房

世界を熱狂させた規格外SF、その衝撃の完結編

全世界での累計発行部数が2900万部を突破し、SFファンを熱狂させた劉慈欣(りゅう・じきん)による『三体』三部作シリーズ。人類に絶望した科学者が「わたしたちの文明は、もう自分で自分の問題を解決できない」と地球外生命に救いを求めたことからすべてが始まった第一部、三つの太陽を持つ異星文明「三体世界」と地球文明との壮大な知能戦が繰り広げられた第二部と、シリーズを重ねるごとに拡大していった物語のスケールは、完結編となる本作でさらに加速膨張し、もはや別次元の様相を見せていく。 第二部で描かれた三体文明の地球侵略に対抗する「面壁計画」の裏で極秘進行していた、太陽から1光年ほど離れた宇宙空間にいる三体艦隊へと人類のスパイを送り込む「階梯計画」に、若きエンジニアの程心が参加するところから始まる第三部。科学技術やリソースの限界、計画を疑問視する理事会、冷酷非道な長官と四面楚歌の中で奮闘する程心の姿を描く冒頭からして引き込まれる魅力がある。しかし、さらに物語の面白さを加速するのが危機的状況により未来への希望が消え失せたがために技術開発の制限が撤廃され、人工冬眠が実現したという設定。使命を帯び、幾度と人工冬眠させられる程心が見る未来世界の描写も目を見張るものがあるので、ぜひ楽しみにしながら読み進めてほしい。 また作品としては正統派SFではあるものの、第三部は程心と、彼女を密かに想いつづけた大学時代の同級生である雲天明の関係性が大きなキーとなっている。階梯計画に思わぬ形で巻き込まれた雲天明が、時空を超えて程心のために身を捧げつづける物語は、並大抵の恋愛作品以上に心を揺さぶるものがあるので、映画『夏への扉』や『Arc アーク』をきっかけにSF小説が気になり始めているという人にもぜひすすめたいところだ。

『ラスト・フレンズ わたしたちの最後の13日間』

著者/ヤスミン・ラーマン
訳/代田亜香子
価格/¥1870(税込)
発行/静山社

死に救いを求める少女たちの瑞々しいシスターフッド

2020年本屋大賞の翻訳小説部門で第1位に選ばれたソン・ウォンピョンの『アーモンド』、金原瑞人と詩人の最果タヒが共訳したことでも話題となったサラ・クロッサンの『わたしの全てのわたしたち』など、世代を問わず愛されるヤングアダルト(YA)小説が増えている昨今。本作もYA小説というジャンルにとらわれず手に取ってほしい、心を動かす作品となっている。

精神的な不安を抱え、自分を蔑む頭の中の“声”に絶えず苦しんでいるミーリーン。10ヶ月前に起きた交通事故が原因で下半身が麻痺し、車いす生活を余儀なくされているカーラ。経済的に恵まれた家庭で育ちながらも、家族との関係に問題を抱えているオリヴィア。いちばん身近な大人である親に助けを求められない事情を抱えた16歳の彼女たちが、自殺のパートナーをマッチングするサイトを通じて出会うことから物語は始まる。

若者の自殺というテーマを扱いながらも、ただ重苦しいだけでないのが本作の魅力の一つだろう。価値観の違いにとまどいながらも、マッチングサイトから与えられる課題を一緒にこなすうちに、孤独だった3人の心が少しずつ繋がっていく様子はほほえましくもあり、お互いを思いやる姿勢はやさしさに満ちている。また、すんなりとハッピーエンドにならない物語の展開はミステリ小説のようなスリルもあり、特に後半はページをめくる手が止まらなくなるはずだ。

伝統を重んじるベンガル系ムスリムの家に生まれ、作中のミーリーンと境遇が似ているという著者は、自身が10代だった頃にメンタルヘルスを題材としたYA小説に心を救われたものの、「自分の文化や宗教が精神疾患からくる考え方と矛盾するという悩みまで追加されている人物は、出てこなかった」ことが本作の執筆へとつながったと前書きで述べている。私たちの社会における精神疾患への理解は以前に比べれば進んだとは思うが、「大丈夫なフリをするのがどんなにたいへんか、知らないでしょう? 家族のために、ほかのみんなのために」と遺書の中で吐露するミーリーンのように悩む人はまだ多いだろう。また、#MeToo運動によって状況は変わったものの、オリヴィアのように苦しみを抱え込まざるを得ない状態にいる人、心に残った深い傷に苦悩しつづけている人は、世代を問わず存在するはずだ。物語で描かれた出来事が、海外の若者だから起きたことではなく、身近な誰にでもおきる可能性があることとして、どうか読んでもらいたい。

『時の他に敵なし』

著者/マイクル・ビショップ
訳/大島豊
価格/¥1540(税込)
発行/竹書房

驚きの仕掛けに満ちた、異色のタイム・トラベル作品

異星文化人類学SFの傑作として名高い『樹海伝説』、異形のモダン・ホラー作品『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』などの作品で知られるマイクル・ビショップ。本作は1982年度にネビュラ賞長編小説部門を受賞したタイム・トラベル作品だが、いわゆる高度なテクノロジーや科学理論を駆使して時空をこえるタイム・トラベルものとは異なる独創的な内容となっており、発表から約20年経った現在に読んでも古臭さを感じさせない。

太古の時代の夢を繰り返し見るという、不思議な能力が幼少時から備わっていた主人公は、その能力を買われて国家的なタイム・トラベル計画に参加することになる。アフリカで行われた実験によって石器時代へと「肉体的に実際に時間旅行」した彼は、ホモ・ハビリスと呼ばれる現生人類の集団と出会う。そしてホモ・ハビリスたちと行動を共にするうち、集団の中で異端視されるひとりの女性と恋に落ちて行く。

作中では石器時代を舞台に繰り広げられるロマンスとサバイバルの物語と並行するかたちで、主人公の出自から彼が時間旅行に出るまでの25年間を描く物語が展開し、その中には彼が身体的な差異などによって不当な扱いを受ける描写もある。どちらの時代でも登場する、個性が集団において排他される原因となる様子は差別の根源についてを考えさせると同時に、石器時代における物語を単なる冒険物語以上のものとする。

訳者あとがきの中で「本書ですが、少なくとも二回は読んでいただきたい」と語られているように、作品における“仕掛け”を知ったあとに再読すると、さまざまな発見や驚きがある。また、語られている内容はいつ語られたものなのかといったことなどを意識しながら読み返すと、夢と現実、過去と未来が解け合うような感覚を楽しめ、無限に深読みができそうにも思えてくる。文庫判で600ページ超の本作を何度も手にとることは時間的に難しいかもしれないが、ぜひ著者が作中に忍ばせた企みにさまざまな角度から触れてみてほしい。

ヌメロ・トウキョウおすすめのブックリスト

Text&Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

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MAY 2024 N°176

2024.3.28 発売

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