『百円の恋』の製作陣が再び集結。映画『アンダードッグ』 | Numero TOKYO
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『百円の恋』の製作陣が再び集結。映画『アンダードッグ』

アカデミー賞外国語映画賞の日本代表に選出されるなど、多数の映画賞を席巻した『百円の恋』から6年。監督・武正晴、脚本・足立紳をはじめとする製作陣が、再びボクシングを題材とした映画『アンダードッグ』を世に送り出した。森山未來、北村匠海、勝地涼が演じる男たちが三者三様の理由を持ち、再起という名のリングに立つ.

無様に輝け――。『百円の恋』の製作チームが贈る破格の傑作巨編!
ルーザーたちがリングでめぐり逢う白熱のボクシング&人間ドラマ

あの傑作『百円の恋』(2014年)の黄金タッグ、監督・武正晴&脚本・足立紳が再びボクシング映画を放った。これがいわゆる「二匹目のどじょう」を狙ったようなレベルではまったくない。前・後編(同日公開)合わせて4時間半の巨編――第33回東京国際映画祭では堂々オープニング上映を飾った。猛烈な興奮と感動を味わえる新たなマスターピースの誕生だ。

主演は森山未來。俳優のみならず、コンテンポラリーダンスの分野でも一流のダンサー・振付師として活躍する彼が、研ぎ澄まされた肉体に男の哀愁を湛え、絶品の名演を見せる。間違いなく彼の代表作の一つとして認知されていくだろう。

森山が演じるのは落ち目のベテランボクサー、末永晃。元・日本ライト級1位(チャンピオンの次席)。7年前の日本タイトルマッチで敗れて以来、デリヘルの送迎運転手の仕事で生活費を稼ぎながら、中途半端にボクシングを続けている。夜のリングで煙草を吸っては、形ばかりのトレーニングをこなし、過去の栄光にしがみつくだけの日々。妻の佳子(水川あさみ)は愛想をつかし、息子の太郎を連れて別居中だ。

そんな晃に二人の青年の人生が絡んでくる。一人は期待の新人ボクサーである大村龍太(北村匠海)。もう一人は、テレビ番組の企画で晃とのエキシビジョンマッチに挑むことになったお笑い芸人の宮木(勝地涼)。

前編(131分)のサプライズは勝地涼の快演だ。一見どうしようもないチャラ男ながら、実は有名俳優の父親(風間杜夫)へのコンプレックスに苦悩する二世タレントの宮木。彼の鬱屈した思いは果たしてリングでどのように爆発するのか?

後編(145分)では北村匠海扮する龍太が抱える複雑な事情や、晃との因縁なども明らかになっていく。さらに並行して、デリヘル嬢として働くシングルマザーの明美(瀧内久美)をはじめ、女性キャラクターたちの存在感がグッとせり上がることになる。

タイトルの『アンダードッグ』とは、「咬ませ犬」(格闘技などの試合で引き立て役として登板する対戦相手)のこと。今の晃はまさにキャリアの旬を過ぎた咬ませ犬として数々のリングに立っているわけだが、この言葉は同時に「負け犬の下克上」も指す。本作ではリングの上でも外でも、あらゆる「負け犬(ルーザー)」たちの人生を賭けたリベンジが展開する。

彼らの最大の敵は「自分」だ。困難から逃げないこと。おのれの弱さや負の連鎖を、勇気を持って断ち切ること。こうした「自分との闘い」がひりひりした群像ドラマを熱く織り成す。

こういった「負け犬の下克上」や「自分との闘い」はボクシング映画の王道のテーマでもある。『ロッキー』(1976年/監督:ジョン・G・アヴィルドセン)や『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年/監督:ライアン・クーグラー)、『シンデレラマン』(05年/監督:ロン・ハワード)にチェ・ミンシク&リュ・スンボム主演の韓国映画『クライング・フィスト』(2005年/監督:リュ・スンワン)など……。『アンダードッグ』はこういった先行の達成を発展&拡張する試みであり、『どついたるねん』(1989年/監督:阪本順治)以来と言いたくなるほどの日本からの優れたアンサーだ。

その中でもこの映画が最大の指標にしているのは、マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の『レイジング・ブル』(80年)だろう。マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」ならぬ、ブラームスの交響曲第3番がリングをオペラ色に染めるあたり、あの名作へのオマージュといっていい。

マーティン・スコセッシといえば、晃が働くデリヘルの店長を務める五朗というキャラクターには、『タクシードライバー』(1976年)の主人公トラヴィスの影響が確実に認められる。この五朗役を演じるのは『お嬢ちゃん』(2019年)などの気鋭監督としても知られる二ノ宮隆太郎。そして彼をボコるヤクザの一人を演じるのは、『プールサイドマン』(2016年)や『叫び声』(2019年)などの異能監督・渡辺紘文だったりする!

同じ東映ビデオのチームで製作した『百円の恋』から6年――。Netflixオリジナルシリーズ『全裸監督』(2019年/シーズン2が2021年配信予定)で総監督を務めた武正晴の語りは風格を増し、『喜劇 愛妻物語』(2019年の第32回東京国際映画祭コンペティション部門で最優秀脚本賞を受賞)などの監督作や小説家としても高い評価を受ける足立紳の脚本は、今回ジャンル映画然とした枠組みに飛び込むことで職人としての凄みを発揮した。エンディングテーマの石崎ひゅーい「Flowers」のハマリ具合も含め、これは現代日本を代表する精鋭たちを集めた総力戦と呼べる一本かもしれない。

心に「負け犬」の魂を抱く者なら、きっと誰もがストレートに泣けて、最高に胸が熱くなる。なお、脇のキャラクターの人間群像をより膨らませた全8話の配信版『アンダードッグ』が、ABEMAプレミアムにて2021年1月1日から配信される。こちらも当然必見だ。

『アンダードッグ』

監督/武正晴 
出演/森山未来、北村匠海、勝地涼、瀧内公美、熊谷真実、水川あさみ、冨手麻妙、萩原みのり、風間杜夫、柄本明
11月27日(金)よりホワイトシネクイント他にて[前・後編]同日公開
https://underdog-movie.jp/

©2020「アンダードッグ」製作委員会 
配給/東映ビデオ

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

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