“トランプのアメリカ”の知られざる現実『行き止まりの世界に生まれて』 | Numero TOKYO
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“トランプのアメリカ”の知られざる現実『行き止まりの世界に生まれて』

「全米で最もみじめな都市」イリノイ州ロックフォードに暮らすキアー、ザック、ビン。ビンが撮りためたスケートビデオとともに描かれる12年間の軌跡『行き止まりの世界に生まれて』は、若者たちのパーソナルな物語でありながら、今の世界を映しだす。

閉塞感漂うラストベルトの町に生まれたスケボーキッズたちの絆と現実。
彼らの12年間の成長を捉えた珠玉の青春群像ドキュメンタリー

掛け値なしの大傑作。徹底した個人の視点から、ひりひりしたアメリカの現実を描く。世界を覆うあらゆる分断を見つめ、希望の在りかを探し出す。何よりこれは3人の少年が大人になっていく過程と、彼らの絆を、12年間に渡って捉えた珠玉の青春群像である。

2019年に、第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門と第71回エミー賞ドキュメンタリー&ノンフィクション特別番組賞にWノミネート。バラク・オバマ元米大統領は2018年の年間ベストムービーのひとつに選出した。この『行き止まりの世界に生まれて』は米国の中西部から北東部に広がる、ラストベルト(錆び付いた工業地帯)と呼ばれるエリアの小さな町に生まれ育った若者たちの、エモーショナルな成長物語であり赤裸々なプライベートストーリーだ。

舞台となるのは米中西部イリノイ州ロックフォード。自動車産業の衰退などが原因で人口流出が激しく、2013年には「全米で最もみじめな都市第3位」(フォーブス誌)に選ばれた街。

監督は主人公3人組の一人である、中国系移民のビン・リー(1989年生まれ)。彼はシングルマザーだった母親に連れられて8歳の時にロックフォードに引っ越し、13歳から始めたスケートボードを通じて知り合った仲間たちの姿を、自らカメラを持って記録していった。つまりこれは現実の「内部」から立ち上がってきた映画なのだ。

最初、画面に登場する主人公3人組はまだあどけない10代の男子たちである。白人のザックは当時15歳。アフリカ系のキアーは11歳。そしてカメラを手にしたアジア系のビンは17歳。それぞれ家庭に問題を抱える彼らは、スケボー仲間を家族代わりとして心の拠り所にしていた(ちなみに映画の中盤、ニューヨークのスケボーキッズたちを描いた伝説の傑作『KIDS』〈1995年/監督:ラリー・クラーク〉が一瞬テレビに映っている)。しかし成長を余儀なくされる年齢になるにつれて、さまざまな厳しい現実に直面していく。

特にザックの行く道は苛烈だ。かつて仲間のヒーロー的存在だったこのイケメンの少年は、若くして恋人が妊娠し、早い結婚をすることになる。彼は父親になる自覚から、少しでもマシな賃金がもらえる仕事に就こうと高卒認定試験を受けるが、読み書きもままならないため質問の内容すら理解できない。

ホワイトトラッシュと呼ばれる貧困層の白人の荒れた境遇が、怒りや苛立ちを転化する形で人種差別や移民への憎悪を生む。トランプ米大統領が当選した背景には、こういったラストベルトの歪んだ現実があるといわれるが、この映画のザックの生活からは、先の見えない不安や閉塞に包まれた下層社会の実相が生々しく伝わってくる。

そして主人公3人組が共通して抱える根深い問題は、父親によるネグレクト(児童虐待)体験だ。監督のビン・リューはロックフォードに来てから、母の再婚相手の白人男性に理不尽な暴力をふるわれた。そんなつらい過去をめぐり、自ら被写体となって母と対峙する場面もある。継父から受けた「トキシック・マスキュリニティ」(有害な男らしさ)をしっかり対象化して、批判と自己治癒を施し、負の連鎖を断ち切るために。

このビン・リューという若者が映画監督を志していたことは一つの奇跡である。彼は19歳でシカゴに引っ越し、フリーランスの撮影助手として働きながら、イリノイ大学文学部を卒業した。そこから劇映画やテレビシリーズの撮影部で働き、本作で監督デビュー。この映画は監督の「僕」という一人称の語りが基本になっている。スティーヴ・ジェームズ監督の優れたドキュメンタリー映画『フープ・ドリームス』(1994年)や『スティーヴィー』(2002年)にヒントを得つつ、ビン・リューは個々に宿る政治性、家庭内虐待や経済格差など自身を取り巻く困難な状況に細かく眼を向けた。この等身大の「僕」のストーリーは、そのまま世界中に無数に存在する「あなた」の物語にもなっていく。

行き止まりの世界に生まれても、決して絶望ばかりではない。なにより“仲間”の一人であるビン・リューが「監督になったこと」自体が大いなる希望の光だ。原題“Minding the Gap”(溝に注意)はアメリカ並びに世界を覆う分断や格差を差すものだが、彼らはその中でもきらめく人生の瞬間を探し続けて、今日も生きている。

『行き止まりの世界に生まれて』

監督/ビン・リュー 
出演/キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リュー
9月4日(金)より、シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次公開
bitters.co.jp/ikidomari/

© 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

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