ドラン監督の人生が詰まった映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』 | Numero TOKYO
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ドラン監督の人生が詰まった映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』

かつて「現代のアンファン・テリブル(恐るべき子供)」と呼ばれ、カルチャーアイコンとして時代を閃光のように駆け抜けてきたグザヴィエ・ドラン(1989年生まれ)。19歳の時に『マイ・マザー』(2009年)で鮮烈な監督デビューを果たしたこの天才少年も、それから約10年。巨匠ジャン=リュック・ゴダールと並びカンヌ国際映画祭審査員特別賞に輝いた『Mommy/マミー』(2014年)、カンヌ国際映画祭グランプリに輝いた『たかが世界の終わり』(2016年)という堂々の成果を経た新作は、彼にとって初の英語作品だ。

天才グザヴィエ・ドラン、20代までの人生のすべて。 初の英語作品に挑んだ豪華キャスト集結の決定版シグネチャーモデル

これまでフランス語で映画を撮ってきたドランだが(彼は仏語圏であるカナダのケベック出身)、今回はハリウッドの豪華キャストを迎えた勝負作。20代までの自身のキャリアと人生の総まとめのような渾身の一本が『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』だ。 お話は一種の「業界もの」であり、ミステリー要素を含んだ異色ヒューマンドラマといったところか。謎の死を遂げたスター俳優と、ある少年の間に育まれた秘密の絆を描くもの。

舞台はニューヨークとロンドン、そしてプラハ。時は2006年、ロンドンに住む11歳の少年ルパート(ジェイコブ・トレンブレイ)は、人気TVドラマ『ヘルサム学園』に出演するスター俳優のジョン・F・ドノヴァン(キット・ハリントン)に憧れていた。学校ではいじめられ、母親サム(ナタリー・ポートマン)との二人暮らしで父を知らないルパートにとって、ジョンと彼の番組だけが世界のすべて。

そんな折、なんとルパートは、ジョンに出したファンレターをきっかけに誰にも知られず秘密の文通を交わすようになる。しかし、ジョンは29歳で命を落としてしまう。自殺か事故か、あるいは殺人事件か――?

それから約10年経ち、ルパートは新進俳優として注目されるようになっていた。彼はジャーナリストの取材を受け、100通を越えるジョンとの秘密のやりとりを本にまとめ、すべてを明かすと宣言する。

この物語のベースはドランの実体験だ。彼はカナダで子役として活躍していた8歳の頃、『タイタニック』(1997年)を観て大ファンになったレオナルド・ディカプリオに宛てた手紙を出した。もっとも当時ディカプリオから返事は来なかったらしいが、もしそこからハリウッドスターとの知られざる交流が始まっていたら……という少年期の果たされなかった夢想が本作の起動力になったと考えていいだろう。

語りの構造は重層的で、少年ルパートには幼き日のドランの孤独が、ジョン・F・ドノヴァンの苦悩や葛藤には現在のドランが――という風に、二重に自己を投影した内容といえるかもしれない。そして両者をつなぐ“真実”とは何か。冒頭には「愛より金より名声より真実が欲しい」という『森の生活』で知られるアメリカの作家、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817年生~1862年没)の言葉が引用されている。

ジョンを演じるのはキット・ハリントン。ご存じTVシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』(2011~19年)の主演で大ブレイクした、まさにジョンの魂を体現するのにぴったりの配役。11歳のルパートには『ルーム』(2015年)や『ワンダー 君は太陽』(2017年)で天才子役と謳われたジェイコブ・トレンブレイ。さらにナタリー・ポートマン、スーザン・サランドン、キャシー・ベイツという目もくらむ女優陣が脇に集結。映画作家ドランの神通力はこの奇跡のキャストにも大いに発揮されているだろう。

さらに音楽。アデルの「Rolling in the Deep」(ドランは彼女の「Hello」のMVを監督している)、ザ・ヴァーヴの「Bitter Sweet Symphony」に挟まれて、グリーン・デイの「Jesus of Suburbia」、フローレンス・アンド・ザ・マシーンによる「Stand By Me」のカヴァー(『スタンド・バイ・ミー』(1986年)のリヴァー・フェニックスへのオマージュか?)など大ネタ連発のプレイリストが映画をキャッチーに彩る。

率直に語られるセレブリティの光と影に加え、「母親」「セクシュアリティ」「家族」といった主題など、これはまさにグザヴィエ・ドランの第一期グレイテスト・ヒッツ――“ベスト・オブ・ドラン”と呼ぶにふさわしい。30歳になった神童が贈る、子役時代の経験も含めて彼のすべてが詰まったドランワールドの最初の集大成だ。

『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』

監督・脚本/グザヴィエ・ドラン
出演/キット・ハリントン、ナタリー・ポートマン、スーザン・サランドン、ジェイコブ・トレンブレイ、キャシー・ベイツ
3月13日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
phantom-film.com/donovan/

配給:ファントム・フィルム/松竹
© 2018 THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN INC., UK DONOVAN LTD.

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

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