時代の寵児が仕掛ける話題の新作映画『アス』
『ゲット・アウト』でアカデミー賞を受賞し、ハリウッドを席巻した黒人監督ジョーダン・ピール。彼の新作が全米で大ヒット。映画の歴史を塗り替えたといわれるサプライズ・スリラー『アス』がついに日本でも公開された。
前作よりさらにぶっ飛んだ(!?)特濃風刺ホラー
いまハリウッドで最も“時代の寵児”の称号にふさわしいのがジョーダン・ピールだ。まずはコメディアン&コメディ作家としてテレビ界で頭角を現わし、驚愕の映画監督デビュー作『ゲット・アウト』(2017年)では白人家庭に招かれた黒人青年が直面する恐怖を通して、トランプ時代に再浮上している人種差別問題の根深さを底冷えのユーモアと共にえぐり出した。 ブラックムービーとホラー映画、両方のコンテクストを更新したこの傑作は各方面から「完璧な映画」との大絶賛を受け、アフリカ系アメリカ人初のアカデミー賞脚本賞を獲得した。その後、名匠(黒人監督の大先輩)スパイク・リー監督が久々に全力でアクセルを踏み込み、カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞した快作『ブラック・クランズマン』(2018年)では製作を手がけている。米国を席巻するブラックカルチャーの新たな時代を軽やかに切り開く旗手。そんなジョーダン・ピールの鳴り物入りの新作、待望の監督第2作が『アス』だ。全米では今年3月に公開され、週末興収チャートで初登場No.1の大ヒットに。前作『ゲット・アウト』とはまた異なるアプローチで、同等あるいはそれ以上の濃密な“恐怖と笑い”を演出する。
物語は1986年のシーンから始まる。場所はカリフォルニア州サンタクルーズ。両親と一緒にビーチにある遊園地に遊びに来た少女アデレードは、ふとしたきっかけで迷子に。いつの間にかミラーハウスに迷いこむが、その鏡の迷路の中で自分にそっくりな姿をした少女と出会ってしまう……。
この衝撃を引きずりつつ、舞台は現在へ。いまや一家の母親になったアデレード(ルピタ・ニョンゴ)は、夏休みを過ごすために夫や子供たちと共に再びサンタクルーズへ。幼少期のトラウマを消せない彼女は、やがて自分の家族の身に降り掛かる不穏な予感を強めていく……。
“US”(私たち)というタイトルが示すように、この映画のファミリーたちは、自分たちとうり二つの姿をした謎の連中と遭遇することで惨劇が巻き起こる。まるでコピーロボットのような彼らは、いわゆるドッペルゲンガー(幻覚で見る分身)なのか? やがて彼らの正体と、その裏に隠されていた恐るべき秘密が明らかになっていく。
ホラー版『ホームアローン』的な家宅侵入&撃退劇で戦慄と共に楽しませながら、同時にSFミステリーシリーズ『トワイライト・ゾーン』のような骨太の不条理性に満ちている。その背後に貼り付いているのは、“US”(米国)の表と裏、貧富の格差や移民問題、あらゆる分断のねじれや軋みを映し出す鋭利な社会風刺だ。
随所に忍ばせたキーアイテムの数々――マイケル・ジャクソンやブラック・フラッグのTシャツ、ビーチ・ボーイズの「グッド・ヴァイブレーション」やN.W.A(2015年の映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』で描かれた伝説のヒップホップグループ)の「ファック・ザ・ポリス」といった選曲なども、単なる小ネタではなく、確かな意味と伏線につながっていくのが見事。まさに従来のホラー文脈も、社会派も超えた破格の一本だ。ぜひ体験していただきたい。
『アス』
監督・脚本・製作/ジョーダン・ピール
製作/ジェイソン・ブラム
出演/ルピタ・ニョンゴ、ウィンストン・デューク、エリザベス・モス、ティム・ハイデッカー
2019年9月6日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか、全国公開
©Universal Pictures
Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito