創刊200号を記念して、「Idea Box」を限定復活。4人のクリエイターに託したのは、一つの白い箱。ただ自由につくるだけではなく、その箱には、それぞれが大切にしてきた記憶や思考、価値観がおのずと映し出されていた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年10月号掲載)
春髙未欧が咲かせる、生き続ける庭『Jardin Vivant』

「花や動物など、自然界にあるものはいつか朽ちてしまう。その一番美しい瞬間を閉じ込めることを普段の制作の軸としています」とジュエリーデザイナーの春髙未欧。白い箱に作り上げたのは、ジュエリーが生きている小さな庭。緑はあえて凹凸をつけ、自然の一部をそのまま切り取ったかのように立体的に仕上げた。
その中心に立つのは、MIO HARUTAKAが「Margaret(マーガレット)」という女性名をつけた、一輪のデイジー。「デイジーは道端にも咲いている身近な花で、バラのように特別視される存在ではありません。群れて咲くことの多い花ですが、ここではあえて一輪だけを孤立させました」。緑の中にすっと立つ姿に、可憐さだけではない、凛とした強さを重ねた。そこへ誘われるように現れるのは、つがいの蛇。マーガレットに惹かれて庭へ入り込んだようにも、花をそっと守っているようにも見える。
エデンの園を思わせる妖艶さと可憐さが交差する一方、その物語に一つの答えはない。「物語を決めすぎず、見る人それぞれに想像してほしい」。周囲に散らした葉も、マーガレットの周辺に自然に見られるものを選び、リアルでありながらどこか現実にはない風景を描いた。身に着ける人によって物語が始まるジュエリーのように、この小さな庭もまた、見る人の想像にその先を委ねている。
春髙未欧
ジュエリーデザイナー。2011年にジュエリーブランド「Bijou de M」、2018年にハイジュエリーブランド「MIO HARUTAKA」をスタート。自然界の美しさや自身の記憶から着想を得て、花や動物などをモチーフにしたジュエリーを手がける。
須賀洋介を形づくる「旅する料理人」のDNA

白い箱を前にしたとき、須賀洋介が思い浮かべたのは、自身のルーツだった。「クリエイティブを表現する箱だと思いました。そして僕は料理人ですが、そこに料理を作るのは違うかなと」。選んだのは、戦前、日本郵船の旅客船で料理長を務めた祖父·須賀哲夫の写真と、祖父が厨房に立っていた当時のランチメニュー(1937年4月6日付)。「実家もフランス料理店で、家族みんなが仕事を中心に生活をし、まさに”work=life”という環境でした」。
1950年に祖父が始めたレストランは、その後父、そして兄へと受け継がれてきた。父は厨房に立つ料理人ではなく経営者。「父はコミュニケーションが好きな人でした。だからレストランも、ストイックな職人の世界というより、人が集まる華やかな場所というイメージが強かったですね」。一方、須賀は自ら厨房に立ち、料理人の道を選んだ。21歳でジョエル·ロブションの門を叩き、約17年間にわたって世界各地のレストラン立ち上げに携わる。「祖父も旅客船で世界を巡っていました。振り返ると、いろいろな国へ行き、人と出会うことが好きなのは、DNAのように祖父の影響がある気がするんです」。日本各地を巡り、生産者をはじめ、ワイナリーや酒蔵、工芸のつくり手と対話を重ねてきた。「『LABO』というと研究所を思い浮かべる方が多いですが、僕にとっては研究ではなく探究です。なぜこの食材がここで収穫されるのか。どんな人が、どんな思いでつくっているのか。その背景を知るために、その土地へ行き、自分の目で見て、人と話す。電話やメール一本で何でも届く時代ですが、その背景を知らなければ、自分の料理に落とし込むことはできません」。
須賀にとって、その探究は食材だけに向けられたものではない。土地の風土や文化、つくり手の哲学までを理解することが、料理を形づくるすべての要素につながっている。「料理は対話です。国が違えば、おいしいと感じる基準も違う。だから土地へ足を運び、人と会い、その土地を知ることが欠かせない。僕たちが旅をした結果が、お皿の上に表れるんです」。料理人·須賀洋介が人と出会い、土地を訪ね、探究を続ける理由。その原点が静かに息づいていた。
須賀洋介
愛知県名古屋市出身。「SUGAL ABO」オーナーシェフ。ジョエル·ロブションのもとで17年間研鑽を積み、2015年に東京·神谷町で「SUGAL ABO」を開業。2020年にルイ·ヴィトンとのレストラン「SUGALABO V」そして「Le Café V」を開業など、食を通じたクリエイションを国内外で展開している。
名久井直子が閉じ込めた、小さなときめきの世界

「今回は特待生たちを連れてきました」。そう言ってブックデザイナーの名久井直子が広げたのは、旅をしながら世界中で集めてきた紙のコレクション。ヨーロッパでオレンジを包んでいた紙、精肉店や地方の百貨店の包装紙、町中華の箸袋、トイレットペーパーのカバー……。「ときめきを大事にしています。家にはこういう紙をゴサッと入れた箱がたくさんあって」。
一枚一枚を手に取るたびに、いつ、どこで出会ったものなのか、その背景が次々と語られていく。紙を選んでは箱の中へ重ねて立ち上げていく。その上には小さな額縁やコアラ、貝殻やどんぐりなどが加わり、さらに箱の外にも紙を広げた。中には、親友のヒグチユウコが出先で絵を描いてお土産にしてくれるというコースターも。紙を重ねることで色や柄が透けたり、文字がちらりと覗いたりと、何げなく捨ててしまいそうな紙が、思いがけない表情を見せていく。「小さな中に世界が広がっているようなものが好きなんです。一つのフォーマットの中に世界を閉じ込めるのが好きだから、本を作っているのかもしれません」。
豆本が大好きで、普段手がける本ですら「やや大きい」という。だから、この白い箱を初めて見たときの印象は 「広いなあ」だったそう。旅先で出会った紙、人から贈られたもの、これまで集めてきた小さなものたち。「広い」白い箱の中に、ときめいてきた世界がぎゅっと詰め込まれていた。
名久井直子
岩手県盛岡市出身。武蔵野美術大学卒業後、広告代理店を経て2005年に独立。ブックデザイナーとして装丁を中心に、紙にまつわるデザインを幅広く手がける。2014年、講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。主な仕事に『黄色い家』(川上未映子著)、『遠慮深いうたた寝』(小川洋子著)など。
YOSHIROTTENの想像を照らす『オレンジの液体エックス』

箱の中を満たすのは、暗闇の中でぼんやりと発光するオレンジ色の液体。「オレンジは僕にとって重要な色。目を閉じて空を見たとき、瞼の裏に映る色なんです」とアートディレクターのYOSHIROTTENは話す。目を閉じ、これから作るものを想像する。制作を思い描くときにも、自然と浮かんでくる色だという。オレンジの光は、近年の作品にもたびたび現れてきた。
2年前、鹿児島·霧島アートの森で発表した作品では、天窓から差し込む光によって、ある時間になると空間全体がオレンジ色に包まれた。また10月から始まる、JAXAの協力による展覧会では、ブラックホールのデータを変換し、オレンジ色の光で空間を満たす試みを行っている。「そこに通ずるものがあったので、今回はオレンジ色の光で箱の中を満たしました」。これまで「見えないものを可視化する」ことをテーマの一つとしてきたが、今回は少し異なる。「目を閉じていて見えていないけれど、そこには確かに存在しているもの」。それは太陽そのものを表しているわけではない。むしろ、見る人には正体のわからない何かとして対峙してほしいという。「なんだろう、この発光物体は?と疑問を持ってもらえたら」。
自身の表現と宇宙とのつながりを辿ると、故郷の風景にも行き着く。「僕の地元は日本で初めて人工衛星を飛ばした街で、星もすごくきれいだった。そういう環境も、自分の制作にどこか関係しているのかもしれない」。小さな白い箱に満たされた未知の光。その奥には、目を閉じた先の風景から宇宙まで、YOSHIROT TENの記憶と想像が静かに広がっている。
YOSHIROTTEN
鹿児島県鹿屋市出身。アーティスト、アートディレクター。グラフィック、映像、空間など領域を横断し、国内外で活動。光や色、自然現象などを題材に、デジタルとフィジカルを行き来する作品を発表するほか、ファッションや音楽など幅広い分野でクリエイションを手がけている。
Photos:Shota Kamei Edit & Text:Shiori Kajiyama
