踊り手を想い、美しさを紡ぐ。「BALLET TheNewClassic 2026」衣裳デザイナーインタビュー

クラシックバレエの伝統に現代のクリエイティブを融合させた「BALLET TheNewClassic 2026」が、新国立劇場にて開催された。3回目となる今回は、国内外で活躍するトップダンサー12名が集結し、全8作品を上演。ファッションやアートの感性を通して歴史あるバレエを再解釈し、その普遍的な魅力に新たな光を当てた。
衣裳はセントラル・セント・マーチンズ出身の工藤花観による「カカン(KAKAN)」と、メゾン マルタン マルジェラ出身の砂川卓也による「ミスター イット(mister it.)」が担当し、スタイリストの小嶋智子が監修。一見異なるアプローチを持つ両者だが、その根底にあったのは、纏う者の存在を何よりも大切にする姿勢だった。衣裳そのものを主役にするのではなく、ダンサーの個性や身体表現、そして作品の世界観を引き立てるという共通の視点。一人ひとりに寄り添いながら形づくられた衣裳には、優しさと確かな愛情が宿っていた。今回、その創作の背景について二人のデザイナーに話を聞いた。

第1部 KAKAN
身体に寄り添い、物語を紡ぐ

──今回の衣裳をデザインするにあたり、最初に心を動かされたものは何でしたか。
「大きく二つあります。一つは、バレエダンサー皆さんの人生でした。私はそれまでバレエとの接点がなかったので、まずは自分との共通点を見つけられたらなと思っていました。私自身、デザイナーを志したのは10代前半だったのですが、幼い頃から自然とものづくりを楽しんでいました。多くの人は10代後半から将来のキャリアを具体的に考え始めると思うのですが、バレエダンサーの皆さんは3歳や6歳という幼い頃から鏡の前で一つの道を歩み続けています。思春期もその先の人生も、表現と葛藤に向き合い続ける。その人生に私は尊敬と、少しの共感を覚えました。
早くから進む道が決まっていることは、素晴らしいことでもあり、同時に困難でもあります。自分自身と重なる部分もあったからこそ、制作を始めた頃は『どんな服なら彼ら彼女らを輝かせることができるだろう』、『どうしたら観客の皆さんの心を動かすことができるのだろう』と、ただただそんなことを考えていました」

「二つ目は、バレエについて調べるなかで出会った『バレエ・リュス』です。20世紀初頭のバレエに大きな革新をもたらした芸術集団で、踊りだけでなく、美術や音楽、ファッションといった異なる領域を融合させ、新しい総合芸術を生み出しました。そのプロデューサーであるセルゲイ・ディアギレフは、シャネルをはじめとするさまざまなクリエイターを起用し、異なる才能を掛け合わせながら新しい表現を生み出していて、その姿勢に衝撃を受けました。
『バレエ・リュス』の衣裳は、『バレエ ザ ニュー クラシック』以上に前衛的なものも多く、衣裳そのものが作品の一部として存在していました。創造性を追求し、実験を繰り返す。たとえ衣裳が動きに制約を与えても、その制約さえも踊りの表現へと昇華してしまう。その異端で勇敢な芸術性からもまた、多くのインスピレーションを受けました。そうした歴史を知ることで、『伝統とは守り抜くことだけではない。時代ごとの革新に挑戦し続けることで、長く受け継がれるものになっていくのだ』と再確認しました」

──工藤さんは、普段から服と身体の関係を大切にされている印象があります。身体そのものが表現となるバレエダンサーのための衣裳づくりは、新たな挑戦でもありましたか。
「もちろん難しさはありました。ただ、それ以上に楽しい課題でもありました。第1部では全身ストッキングのような薄い素材のボディスーツをベースにした衣裳も多く制作しています。バレエでは鍛え上げらえた身体そのものや、ボディライン、ポーズの美しさを見せることが大切だと教えていただきました。その身体を覆い隠すのではなく、美しさを活かしながら、その上にKAKANらしいニットや、『白鳥の湖』では羽の素材を重ねています。ボディコンシャスでありながらも、身体の周りに浮遊するように動きの表現を加えられたのは、KAKANならではのアプローチだったのではないかと思います」

──衣裳全体を通して、多様な素材使いや造形が印象的でした。
「“KAKAN=ニット”というイメージを持たれることが多いのですが、学生時代からニット以外の素材を使った作品もたくさん制作してきました。なので今回お話をいただいたとき、純粋に『私にしか届けられない表現を観客の皆さんに届けられるんじゃないか』と思ったんです。私はパフォーマンスアートを鑑賞したときに生まれる言葉にならない感動や感情が大好きなんです。そうした表現へのリスペクトを込めて、私も観た人の心を動かすものが作りたい。同じような体験を届けたいと思いました。それと同時に、ディレクター陣が観たい景色をどうにか実現したかった。ニットはKAKANにとってもちろん大切な要素ですが、造形的でアート性のある表現は自分の強みだと考えていたので、その部分まで形にできていたら嬉しいです」
──多彩な表現に挑戦されたなかで、改めてニットの魅力を再認識した部分もありましたか。
「ありました。KAKANのニットは、自分たちの手で糸から紡ぎ、撚りが残った状態の糸をそのまま手編みしているので、とても伸縮性があります。置いてあると小さく縮んで見えるのですが、身体が入ると体型に合わせてぐっと伸び、その人の身体に寄り添いながら自在に形が変わっていきます。バレエ衣裳なので、怪我をしないことや踊りの妨げにならないことは大前提です。そのうえで、KAKANのニットは身体の動きに合わせて、生き物のようについてくる。ダンサーと衣裳の関係性を考えたときに、とても相性の良い素材だったと改めて感じました」

「吉山シャール・ルイさんが出演された新作『Charles』では、KAKANの2026年秋冬コレクションから、原毛で作られたニットコートをご着用いただきました。シャールさんの野生的な動きと世界観と、KAKANのニットの表情がとても自然に重なっていて、衣裳が身体についていくだけではなく、まるで“一緒に踊る”ような存在になれた。シャールさんも驚くほどそのコートを飼い慣らしていて、その関係性はKAKANのニットだからこそ生まれたものだったと思います」

──制作のプロセスは、普段の服づくりと変わらなかったのでしょうか。
「学生の時からずっと続けているのが、最初にモデルを決めて、その人のために作ることです。もちろんお客さまに届けることは前提なのですが、“一人のミューズに似合うように設計すれば、その先に似合う人が必ずいる”という考えが私の中であって。いわゆるマネキンとしてではなく、人柄や佇まいで惹かれた人をモデルに選ぶことが多かったんです。今回も着用するダンサーがあらかじめ決まっていたので、その方について自分が知ることのできる限りインタビューを読んだり、YouTubeを観たりしながら、一人ひとりがすでに持っている魅力をできる限り多く見つけたいと思いました」
──“着る人を引き立てる”という考え方が、一貫しているのですね。
「そうですね。ただ、普段はKAKANというブランドの世界を見せる場ですが、今回は違います。ユミコさん(クリエイティブディレクションを務めた井上ユミコ氏)や翔平さん(プロデューサーの堀内將平氏)、小嶋さん(衣裳監修の小嶋智子氏)、三者三様に思い描く世界を受け止めながら、衣裳としてどこまで寄り添い、コミットできるかをずっと考えていました。観に来てくださった方の感想が『衣裳が良かった』では成功ではない。三人が見せたかった世界が舞台上にきちんと立ち上がり、ダンサーの皆さんの姿が本当に素晴らしかったと感じていただけたなら、衣裳はその世界を支える役割を果たせたということだと思っています」

──今回のテーマである“ニュークラシック”を、工藤さんご自身はどのように解釈されたのでしょうか。
「私にとって『バレエ ザ ニュー クラシック』とはアンチテーゼではなく、受け継がれてきた勝ちや輪郭を捉えた上で、新しさを加えていくことだと捉えています。なので衣裳においても、まずバレエという文化と、この総合芸術に関わる方への敬意を持つこと。全てを理解することは難しくても、そのうえでKAKANだからこそできる新しい表現を提案することを大切にしました」
──着る人が美しくあるために、大切にしていることは何でしょうか。
「美しさは、その風のように自然に、その人の佇まいから感じられるものが理想的だと思っています。着る人が、服に着られているようには見えてはいけない。今回それを実現するために、まずは普段からダンサーの身体をよく理解している“衣裳さん”(バレエ衣裳を専門に縫製やフィッティング、体型の変化に合わせて細かな調整を担うお針子さん)のお話を参考にしました。
『ここをこう見せると綺麗』『ここは少し隠してあげた方が美しく見える』といった細やかなことを愛情を持って教えてくださる。バレエについて分からないことばかりだった私は、デザイナーとして何ができるのか考えていました。本公演を通じて改めて実感したのは、私にとって服づくりとは、服そのものをよくデザインすることだけではないということです。服を通して、その人自身がすでに持っている美しさをどう引き出すのか。自分にはこんな魅力があったんだ、と新しい一面に出会える方法を考えること。もしかすると、それが私にとって服をつくるということなのかも知れません」
「そして今回、私がダンサーの皆さんの魅力を衣裳によって引き出したいと考えていたのと同じように、KAKANの服もまた、この舞台に立つことで新しい魅力を引き出していただいたと感じています。ダンサーの身体や動きはもちろん、振付や照明、舞台美術、音楽など、それぞれの感性と出会うことで、自分たちだけでは見ることのできなかった服の表情を見ることができました。私自身もKAKANも、この舞台でたくさんのプロフェッショナルの方々の力によって衣裳を舞台の上で生かしていただいたことに、とても感謝しています」

第2部 mister it.
一人ひとりに宿る美しさを見つめて

──ブランドの始まりは、お世話になった方々を思い浮かべながら服を制作したことだそうですね。現在も大切にされている“人のためにつくる”という姿勢は、今回のバレエ衣裳にも通じるものだったのでしょうか。
「制作のプロセスとしては、普段のコレクションと本当に変わりませんでした。いつも身近な友人や、今までお世話になった人たちの姿を思い浮かべながら服をつくっているのですが、今回も同じように、ダンサーの皆さん一人ひとりをイメージしながらデザインを考えていきました」

──“その人らしさ”を知るために、長い期間をかけて向き合われたのですか。
「実はそこまで長い期間ではなくて。国内を拠点にしているダンサーさんにはお会いできたのですが、海外で活躍されている方も多く、本格的に帰国されたのは本番の1週間くらい前だったんです。なのでスタイリストの小嶋さんと一緒にInstagramなどを拝見して、一人ひとりがどんなレッスン着を着ているのか、普段どういった雰囲気を持たれているのかを汲み取りながら、そのキャラクターに自然と寄り添う衣裳を目指しました」
──ダンサーの普段のレッスンや所作を観察するなかで、印象に残ったことはありましたか。
「面白いなと思ったのが、レッスン着の着こなし方です。例えばレッグウォーマーを片足だけにつけていたり、パンツのウエストを少しだけ折り返していたり。その理由を聞くと、単純に『その日の気分です』と答えられる方が多かったんです。レッグウォーマーを右ではなく左につける理由も聞くと、『いや本当気分なんですよ』と返ってきて(笑)。そのラフさや自由さがすごく魅力的で、その日の気分まで含めたバレエレッスンの空気を衣裳にも反映できたらいいなと思いました」

──第2部の衣裳をデザインするうえで、大切にしたことは何ですか。
「コンセプトが“バレエレッスン”だったのですが、最終的に『衣裳が良かった』という感想ではなくて、『第2部の舞台が良かった』と思っていただければいいなと思っていました。なので『普段ブランドでこういう提案をしています』と示すデザインではなく、自然にそのダンサーさんに似合うようにしたかったんです。それこそ、スタイリストの小嶋さんと一緒にヒアリングして、『このパンツだったらどのくらいの着丈が良いか』『レッグウォーマーを片足だけがいいか両足がいいか、どれくらいの長さで止めたいか』などを細かくみなさんに聞いていきました。普段のレッスン着のような感覚で最終のトータルのコーディネートを決めましたね。衣裳だけが前に出るのではなく、全体の空気をつくる存在でありたかったんです」


──今回、デニムを取り入れた発想が印象的でした。そのアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
「今回の“バレエレッスン”というテーマを考えたときに、『普通、デニムパンツでは踊らないよな』と思ったんです。でも、それを“踊れるデニムパンツ”として提案できたら面白いんじゃないかと思って、デザインを進めていきました。ブランドで継続して使っているジャージー素材があるのですが、ぱっと見はマットなのに、動くとラメ糸がさりげなく浮かび上がってくるんです。さらにジャージーなので伸縮性もしっかりあって。今回はそのブランドらしい素材を、バレエの世界に落とし込みました」
──他に取り入れた素材はありますか?
「今回は潔く、そのジャージー素材だけで構成しました。色もアイボリーとネイビーの2色だけです。第2部は12人のダンサーさんが一斉に舞台に立たれるので、お客さまが引きで見たときに、もちろん一人ひとりの個性はありながらも、全体のムードや統一感は大事にしたいと思っていました。色と素材を絞って、その中でどれだけ遊べるか。自分で作った制約をどう崩していくかというせめぎ合いが面白かったですね」
──バレエという歴史ある芸術に向き合ううえで、新しい表現を取り入れる難しさや葛藤はありましたか。
「バレエという歴史ある舞台だからこそ、モダンな要素は加えたいと思っていたんです。デニムパンツを取り入れたのも、その挑戦のひとつでした。ただ、新しさを優先するあまり、踊りにくくなったり、ダンサーの皆さんが違和感を覚えたりしてしまっては、“バレエレッスン”の魅力が損なわれてしまう。ダンスの衣裳をつくること自体が初めてだったので、まずは踊ったときに腕や脚がどこまで動くのか、可動域について一から勉強しました。舞台衣裳のプロフェッショナルである衣裳さんにも色々アイディアをいただいたり。デザインする前の段階から何度も相談を重ねながら、着心地や動きやすさとのバランスを大切にして制作しました」

──実際にダンサーの皆さんが衣裳を纏い、踊る姿をご覧になって、身体と服の関係について改めて感じたことはありましたか。
「ダンサーの皆さんの身体って、一日二日でつくられたものじゃないんですよね。幼少期から積み重ねてきたものが、身体のラインにちゃんと表れている。その美しさを生かしながら衣裳とうまくマッチさせたいと思いました。フィットさせる部分もありつつ、逆に少しラフなシルエットを取り入れたり。そのメリハリと、12人全員が並んだときに、全体として良いバランスに見えることを意識しました」


──一人ひとりを思い浮かべながら制作された衣裳だからこそ、完成したあとに特にうれしかった反応はありましたか。
「リハーサルや初日に、何人かのダンサーさんから『この衣裳、欲しいです』と言っていただけたことは、単純にすごくうれしかったですね。またそのダンサーさんをよく知る衣裳さんからも、『キャラクターにすごく合ってるね』と言っていただけて。その言葉を聞いたときに、その人にしっかりと寄り添うものをつくれたのかなと感じました」

Photos:Wacky, Yumiko Inoue, Yuki Kumagai, Fukuko Iiyama Interview & Text:Makoto Matsuoka
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