人と人とを隔てる“ボーダー”は乗り越えることができるのか。あるいは、乗り越えられなくても違いを認めたまま通じ合うことはできるのか。映画ライターのよしひろまさみちが作品を通してひも解く。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年7・8月合併号掲載)
他者を理解しようとするも、理解に苦しむこと。社会に出たら誰でも一度は経験することだろう。だが、本当に他者を理解することはできるのか。そして理解しないと通じ合えないのか? 必ずしもそうではない。親子や兄弟姉妹であっても本心はよくわからない。だが、気持ちは通じている。こういうことに覚えはないだろうか。
ましてや国や地域、言語をはじめ、バックグラウンドが違う他者なら、100%わかり合おうとすること自体がナンセンスなのでは? 多様な感性で生きる人々が暮らし、相互が補完して作り上げているのが今の社会であり、それがなければ文明は発展しない。多様性・文明の象徴ともいえる世界中の映画から、それがわかりやすく学び取れる。
たとえば、目的は同じだが言語や文化の差異を超えて関係性を構築するバディ映画の最新作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』や、お互いに惹かれ合っていたものの成長した環境の違いゆえに友情ですら不和をつきつけられる『パスト ライブス/再会』など。ここ数年の新作だけでもそういったテーマを持つ作品はごまんとある。否、映画はこういったテーマをずっと追い続けている、といってもいい。そうでなければ、映画が国際的な娯楽にもなりえないのだから。
自分の都合のいいアルゴリズムの中で生きる現代人にとって、「チャッピーならわかってくれる」と問題を単純化することは簡単だが、果たしてそれが人間社会の正解か。本心を伝えられぬまま別離した亡き両親との対話が人生のステップになる『異人たち』など。理解し合えないからこそ対話を続けることで、思いもよらぬケミストリーが生まれる。
topic 1 言葉と文化は違うほどに相互補完する
言語や文化が違うから拒絶。それでは永遠に歩み寄ることはできない。言語は心を通わせるツールであり、文化の差異は相互のユニークネス。地球人と異星人が創意工夫でコミュニケートして、互いの星を救うために研究を重ねる『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、このテーマの最新傑作。

また、ろう者の親の通訳代わりで板挟みになる娘を描いた『CODA コーダ あいのうた』、米国移民一世としてカルチャーギャップに揺れる『ミナリ』は、リアルな隣人として観ることができるはず。


『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
太陽のエネルギーが奪われる異常現象が発生し、地球は滅亡の危機に。太陽と人類を救うため、宇宙に送り込まれた中学教師のグレースは、同じく母星を救おうと奮闘する異星人ロッキーと出会う。姿かたちも言葉も違う二人は、科学を共通言語に難題に立ち向かう。
監督:フィル・ロード、クリストファー・ミラー 出演:ライアン・ゴズリング、ザンドラ・ヒュラー 2026年
『CODA コーダ あいのうた』
豊かな自然に恵まれた海の町で暮らす高校生のルビー。家族の中で一人だけ耳が聞こえる彼女は“通訳”となり、家業の漁業も手伝っている。あるとき合唱部の顧問の先生に歌の才能を見いだされ、都会の名門音楽大学の受験を勧められるが、家族は戸惑いを隠せない。
監督:シアン・ヘダー 出演:エミリア・ジョーンズ、トロイ・コッツァー 2021年
『ミナリ』
1980年代、農業で成功を目指し、アメリカ・アーカンソー州の片田舎に家族と共に引っ越してきた韓国系移民のジェイコブ。妻のモニカは不安を抱くが、長女アンと弟のデビッドは、新しい土地に希望を見つけていく。農業がうまくいかず追い詰められた一家に、思いもしない事態が降りかかる。
監督:リー・アイザック・チョン 出演:スティーブン・ユァン、ハン・イェリ 2020年
topic 2 恋愛や結婚は互いに尊重し合う関係に未来が
恋愛や結婚で他者と関わることが、最も身近な「わかり合えない関係」ではないだろうか。どこまで相手を尊敬、尊重し合えるのか。
『ラ・ラ・ランド』は、男女の出会いから新たな一歩までの一年をミュージカル仕立てで描いた傑作。恋に恋している間の多幸感が好評だが、注目したいのは相互理解は不可能だが互いの未来を尊重し合う後半部。

『パスト ライブス/再会』は以心伝心だった2人でも環境の違いによって、慈愛こそあれど恋にはならないことを証明する。

『ラ・ラ・ランド』
LAの映画スタジオのカフェで働くミアは女優を目指していたが、オーディションに落ちてばかり。ある日、ミアは場末の店で、売れないピアニスト・セブ(セバスチャン)の演奏に魅せられる。やがて二人は恋に落ち、互いの夢を応援し合うが、セブの成功をきっかけにすれ違い始める。
監督:デイミアン・チャゼル 出演:ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン 2016年
『パスト ライブス/再会』
韓国・ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンは、互いに恋心を抱いていたが、ノラの移住により離れ離れに。12年後、オンラインで再会を果たすが、再びすれ違う。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラの住むNYを訪れて……。
監督:セリーヌ・ソン 出演:グレタ・リー、ユ・テオ 2023年
topic 3 “理解できない”を超えてつながる

『aftersun/アフターサン』は親の年頃に達した女性主人公が亡父との思い出を回想する物語。

『落下の解剖学』は、死んだ男が事故死か殺人かわからぬまま被疑者の妻を描く法廷劇。どちらも結末は曖昧だが、答えが明確ではないからこそ観た人に自分事として考える余白が生まれ、他者を思いやったり、思いを馳せるきっかけに。

対して『異人たち』や『グリーンブック』は答えが明確に出ているものの、主人公が理解し合う関係で終わる作品ではない。『グリーンブック』の相反する主人公2人は結果的に友情で結ばれるものの、完全に双方の立場や環境を理解したわけではない。だが、そこに誰にも超えられない厚き友情というボーダーを築き上げたことは、豊かな人生訓だ。

また、亡き両親との不思議な再会と対話はわかり合えないものの、主人公の心が満たされていく『異人たち』は、大林宣彦監督作『異人たちの夏』のリメイク。双方見比べて、わかり合えない間柄にも認め合い慈しみ合う関係があることを学んでほしい。
『aftersun/アフターサン』
11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地で親密な時間を過ごす。20年後、ソフィは、そのときの映像を振り返り、大好きだった父の当時は知らなかった一面を見いだしていく。
監督:シャーロット・ウェルズ 出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ 2022年
『落下の解剖学』
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。不審な点も多く、ベストセラー作家でもある妻・サンドラに殺人容疑が向けられる。現場に居合わせたのは、視覚障がいのある11歳の息子だけ。真相が明らかになるつれ、夫婦の秘密が露わになる。
監督:ジュスティーヌ・トリエ 出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー 2023年
『グリーンブック』
1962年、イタリア系白人のトニー・リップは、あえて差別の強い南部でのコンサートツアーを計画する黒人の天才ピアニスト、ドクター・シャーリーの運転手としてスカウトされる。黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに出発するが……。
監督:ピーター・ファレリー 出演:ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ 2018年
『異人たち』
12歳のときに交通事故で両親を亡くし、孤独な人生を歩んできた40歳の脚本家アダム。ある日、幼少期に過ごした郊外の家で、他界した父と母と不思議な再会を果たす。一方で、彼は同じマンションの住人である謎めいた青年ハリーと恋に落ちていく。
監督:アンドリュー・ヘイ 出演:アンドリュー・スコット、ポール・メスカル 2023年
Text: Masamichi Yoshihiro Photos:Aflo Edit: Mariko Kimbara


