
1743年に創立したモエ・エ・シャンドンは、最も古いシャンパンメゾンのひとつ。フラッグシップの「モエアンペリアル」は、1秒間に1本、世界のどこかで開けられているシャンパンだ。そのモエ・エ・シャンドンから最高醸造責任者のブノワ・ゴエズ氏が来日。メゾンが誇る3つのキュヴェについて語った。

シャンパン最大のメゾン、モエ・エ・シャンドン。その強みは「多様なブドウ畑にアクセスできること」とゴエズ氏はいう。
「シャンパーニュ地方には319の“クリュ”と呼ばれる村単位のブドウ畑があり、昨年はその9割に相当する282のクリュにアクセスすることができました。気候条件は毎年違い、したがって最良のクリュは年ごとに異なります。つまり、多様なクリュにアクセスできるということは、どのような年であっても必ず最良のブドウが得られることを意味するのです」

メゾンの哲学を映すアイコン「モエ アンペリアル」
メゾンのフラッグシップ「モエ アンペリアル」は、フランス皇帝ナポレオン1世の生誕100周年を祝して、1869年に登場したシャンパン。「アンペリアル」はフランス語で「皇帝の」を意味する。皇帝ナポレオンは遠征の際、モエ・エ・シャンドンのボトルを片時も放さなかったといわれている。

「モエ アンペリアルは、誰もが必ず一着はもっている、品のよいブラックスーツやリトルブラックドレスのような存在」とゴエズ氏。レオナルド・ダ・ヴィンチの格言『シンプルさは究極の洗練である』にも通じ、控えめながら、いつどこで開けても最大の悦びを享受できるシャンパンという。
150年以上の歴史を誇る「モエ アンペリアル」。果実や柑橘のアロマにブリオッシュのような香ばしいフレーバー、いつでもすぐさま悦びが得られる豊かな果実味、そして2~3年の瓶熟成がもたらすほど良い複雑みとスタイルは普遍。しかしながら、時代に合わせて細かなチューニングが施されている。その最も顕著な変化がドザージュだ。
ドザージュとは、瓶内熟成を経たシャンパンを澱抜きする際、目減り分を補填しながら加える糖分のこと。「モエ アンペリアル」の場合、30年前には13~14グラムのドザージュを施していたところ、現在は7グラムまで減らしているという。
「地球温暖化によるブドウの熟度の向上や熟成期間の延長もありますが、それよりも大きいのは消費者の嗜好の変化です」とゴエズ氏。
「昔もてはやされた重厚なワインは敬遠され、今は軽やかでフレッシュ、エレガントでフィネスの感じられるワインを人々は求めています」
フランス料理もクリームやソースを多用せず、むしろ素材の風味を生かす方向。シャンパンもドザージュでお化粧せず、むしろ素の美しさを愛でる時代のようだ。
その年だけが生み出す唯一無二の個性「グラン ヴィンテージ」
さて、「モエ アンペリアル」がブラックスーツやリトルブラックドレスなら、その年の気候条件に応じてビスポークで仕立てられるシャンパンが「グラン ヴィンテージ」。単一収穫年のブドウのみから造られたヴィンテージシャンパンで、現在、最新は2016年である。

2016年は寒すぎず、暑すぎもせず、シャンパーニュ地方らしいコンディションの1年。ところが、ブドウを育てる農家は、たいへんな苦労をした。春の遅霜に続いて、長雨の影響でブドウに病気が発生、夏になるとしばしば雷雨に見舞われ、その後は日照りでブドウが日焼けにさらされるリスクに直面したという。

「こんな困難な年でも良質のブドウを育ててくれた農家の方々に感謝の気持ちを込めて、2016年のグラン ヴィンテージを造ることにしました」とゴエズ氏は語る。難しい年ではあったものの、多様なクリュからブドウが選べるメリットを生かし、ブドウを厳選してアッサンブラージュ(ブレンド)。白ブドウのシャルドネの比率が48パーセントと高く、黒ブドウのピノ・ノワールが44パーセントに及んだ2015年とは大きく異なっている。このアッサンブラージュの自由度も、「グラン ヴィンテージ」がビスポークといわれるゆえんに違いない。
「果実とイーストの調和がとれ、砂浜に絶えず波が押し寄せるような、シームレスな流れ」と、このシャンパンを表現するゴエズ氏。困難な年を思い返し、「嵐のあとに訪れた静寂」とも形容する。
そして、これもモードの世界にならうならその頂点、オートクチュールに相当するシャンパンが「コレクション アンペリアル」である。創業から280年以上におよぶメゾンの叡智を寄せ集めた集大成。メゾンは醸造の世界における最高傑作を意味する“オートエノロジー”という言葉を生み出した。
熟成が導くラグジュアリーの頂点「コレクション アンペリアル」
「モードにおけるオートクチュールと同様、最高の素材を用い、最も洗練された技術を駆使し、創造力をふくらませ、長い時間をかけて創り上げること。それがオートエノロジーであり、コレクション アンペリアルはその最初の作品です」

素材となるのは、2013年、2012年、2010年、2008年、2006年、2004年、2000年といったいずれも優れたヴィンテージ。そしてこのシャンパンの要となるのが、3つの異なる熟成方法だ。

最も若い2013年は果実のフレッシュさを保つためステンレスタンクに入れ、2014年を除いた2012年から2000年までのワインはボディやテクスチャーを与えるためオーク樽で熟成。2014年はガラス瓶の中で澱とともに10年近く熟成させたグラン ヴィンテージそのものだ。これらのワインを絶妙な比率でアッサンブラージュのうえ瓶詰め。10年におよぶ瓶内熟成をかけて完成したのが、このコレクション アンペリアルなのである。
複雑なアッサンブラージュと長い熟成が、シャンパンに幾重にも折重なるレイアーを与えた結果、一切の糖分添加を必要とせず、メゾン始まって以来のブリュット・ナチュール(ドザージュ・ゼロ)に仕上げられた。時間とともにグラスの中から次々と新たなフレーバーが現れ、重なり合っていくさまは、まるでモーリス・ラヴェルの『ボレロ』のようだ。

もしも絶海の孤島にシャンパンを一本だけ持っていくことを許されるなら、あなたは何を選ぶだろうか。ゴエズ氏が選ぶのは「グラン ヴィンテージ」でも「コレクション アンペリアル」でもなく「モエ アンペリアル」。最もヴァーサティリティに富み、いつ、どこでも悦びを与えてくれるからだという。
Moët & Chandon
URL/https://www.moet.com/ja-jp
Interview&Text:Tadayuki Yanagi
